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第三部 12章

ギルマスは諦めない

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 ダンジョンから戻ってきた翌日、私達はいつもお世話になっているお城のキッチンへお邪魔した。
 一角を貸してもらい、実際に作って何を登録するのかジィジ達に選んでもらうつもり。
 グレンにはちょっとお使いを頼んだから、プルトンと一緒に今は街でを利かせているハズ。

 ジルやクラオル達にも手伝ってもらっていろいろと作っていると、いつの間にか料理人さん達から注目を集めていた。
 何だろうと首を傾げると、顔馴染みのおじさんが話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、美味そうな匂いがしているが……それは何だ?」
「これはロールケーキで、隣りのはマフィンだよ。食べてみる?」
「セナ様よろしいのですか?」
「うん。この人は大丈夫」

 私が言うと、ジルがロールケーキをカットしておじさんに渡してくれた。
 このおじさんは私が記憶喪失だったときも、アチャに付いて回っていた私を邪険にあしらうわけでもなく、よくフルーツや焼き菓子を食べさせてくれていた。
 ここの料理人さんの中で一番好きなおじさんだ。

「うまい……甘すぎないから食べやすいし、柔らかい。これなら歯がない老人でも食えるな。前からやたら料理に詳しいと思っていたが……」

 おじさんの〝歯がない老人〟発言に笑ってしまう。
 ちょうどそこへジィジと天狐がやってきた。
 迎えにきてくれたらしい。
 パンが焼けるのを待って移動する。
 いつもならジィジの部屋だけど、後ほど商業ギルドのギルマスが来るそうで、応接室に向かうことになった。

 アチャとスタルティとグレンも集合した応接室で、私は先ほどキッチンで作ったものをテーブルの上に広げる。

「ロールケーキ、マフィン、ホイップタルト、フルーツサンド、クッキー、生地にホイップクリームを練りこんだパンだよ」
「これは?」
「それはウィンナーコーヒー。苦い飲み物ね。一応全員分作ってあるんだけど、ジィジなら飲めそうだなって思って。レシピ登録できないやつだから、オマケみたいな感じ」
われはミルク入りなら飲む〉

 グレンは甘~いコーヒー牛乳じゃないと飲みたくないらしく、即答だった。
 まずウィンナーコーヒーに口を付けたみんなの反応は真っ二つに割れた。
 ジィジと天狐は「苦味が美味しい」とおかわり。アチャとスタルティは一口飲んで無理だった。
 ジィジが「上の泡もいらん」とブラックで飲む姿を見て、スタルティは「大人になったら飲めるのでしょうか……」と呟いていた。
 コーヒーがダメな二人にグレンと同じコーヒー牛乳を出してあげたんだけど、「これなら飲める」って言われたから、好きではないみたい。

 気を取り直して作ったスイーツを実食。
 ジィジはコーヒーがあれば甘い物も平気みたい。
 どれも大好評だったけど、アチャから「どれも工程が難しそうなのですが……」という意見が出て、料理人を呼ぶことになった。
 アチャに連れてこられたのはさっき話していたおじさん。
 ちょっと緊張気味の面持ちだけど、ジィジの質問に答えていく。

「……というわけで、私共には難しいと思います」
「簡単なやつにしたのに……」
「「え……」」

 思わず私の口から出た言葉におじさんとジルの反応が被った。

「セナ様……本当にそう思っていらっしゃるのですか?」
「え? うん。ロールケーキが難しいのはまだわかるけど、ホイップタルトはタルト生地に砂糖を混ぜたホイップクリーム乗せて表面炙っただけだし、クッキーなんか小麦粉と砂糖と混ぜて焼いただけだよ? 超簡単じゃん」
「お嬢ちゃんにとっては簡単なのか……」

 何故か全員に信じられないものを見るような目を向けられた。解せぬ。
 私としては前にやった料理教室みたいに教えてもよかったんだけど、ジィジには何か考えがあるらしい。

 結局、生地に練りこんだパン、ただの白パンにホイップクリームを挟むだけのホイップパン、それにフルーツを入れたフルーツサンドパンに決まった。
 せっかくちょっとやる気を出したのに、残念……この世界の人はジャム作りも難しいんだもんねと無理矢理自分を納得させる。



 午後イチで商業ギルドのギルマスが訪ねてきた。
 二十代だと思われるギルマスは天狐を見るなり、ササッと素早く目の前に移動して片膝を着く。

「あぁ……天狐さん。お会いできて光栄です」
「相変わらず気持ち悪いわね」

 うっとりと天狐を見上げるギルマスに天狐は無表情で冷たく言い放った。
 そんな天狐に「ぜひともお食事に」とギルマスは引き下がる気配がない。

「その話は後にしてくれ」
「そうですね。後ほどゆっくりと……」
「そんなヒマないわ。ちゃっちゃと仕事してさっさと帰ってちょうだい」

 完全にあしらわれてるのに、ギルマスは天狐にニッコリと微笑んでいる。
(メンタル強すぎでしょ……)

 ソファに座ってもギルマスは天狐に熱い視線を送っているのに、天狐は私を膝に乗せ、私の髪の毛を指に巻き付けて遊んでいて、ギルマスを見ようともしていない。
 天狐に小声でギルマスのことを聞くと、「好みじゃないのよね」と返ってきた。
 若いし、パッと見は爽やか系イケメンだと思うけど、天狐のお眼鏡にはかなわないらしい。
 ただ、嫌がることはしてこないし、使から放置しているんだそう。

「……というわけで、レシピ登録をしたい」
「はい。かしこまりました。名義はそちらのお嬢様でございますね。しかしながら、天狐さんの膝の上に乗るなんて羨ましい状況のお嬢様と天狐さんのご関係をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 天狐に夢中だと思っていたのに、ジィジの話はちゃんと聞いていたらしい。

「アタシの娘よ。可愛いでしょ?」
「……む、娘…………て、天狐さん。いつご婚姻を……? まさか……」
「やめろ。うぬではない」

 サァーッと青ざめたギルマスの視線を受け、ジィジが心外だと否定した。

「では、東の雪族ですか? それともあの武器屋の息子? 南の狼族!?」

 取り乱すギルマスに「そんなこともあったわね」と天狐は話を流す。そんな天狐を見て、ギルマスがさらに慌てふためく。

「はぁ……セナと天狐は血が繋がっておらん」
「え…………あ、そうなのですね。よかったです」

 ため息を吐いたジィジの言葉にギルマスはスッと普通に戻った。
(立ち直り早すぎでしょ……)

「血が繋がってなくても娘に変わりはないわ。アタシの娘のために頑張るわよね? 変な職人紹介したら許さないわよ?」
「はい。もちろんです! よりすぐりの料理人を紹介致します」

 パァッと顔を輝かせたギルマスは、多分天狐の言葉を〝アタシのために頑張ってくれる?〟に脳内変換しているんだと思う。
 天狐の〝使える〟発言は、おそらくこういうところだろう。

「私としては平民がいい」
「おや……真意を伺っても?」

 ギルマスは私をまっすぐ見つめ、問いかけてきた。
 先ほどまで取り乱していた人物とは思えない。

「貴族御用達のお店じゃみんなが食べられない。今日は疲れたから甘いものが食べたいとか、家族に買って帰ろうとか、平民が気軽に食べられるお店や屋台がいい」
「なるほど……天狐さんに似てお優しいのですね」
「天狐は優しくないだろう……この間も……」
「お任せ下さい! ピッタリの人物を紹介するとお約束します!」

 ジィジが話している途中でギルマスはソファから立ち上がり、握りこぶしを作って天狐に宣言。
 ジィジの話を聞くつもりはないらしい。ジィジはそんなギルマスにジト目を送り、ため息を吐いていた。

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