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第三部 12章
堕ちた変態
しおりを挟む届いていた手紙はほとんどが「心配していた」「記憶を取り戻せてよかった」「会って無事を確かめたい」ってことだったんだけど……アーロンさんからは「マッスル粉がなくなりそうだ!」とプロテインの催促、タルゴーさんからはレシピ関係の分厚い書類が混ざっていた。
一番少ないのでも十枚以上の便箋に綴られた手紙は読むのにめっちゃ時間がかかる。
その手紙の返信を便箋一枚で済ませるのもどうかと、悩むハメになった。
〝コピペしたい!〟と思いつつ、返事を書き終えた頃には既に寝る時間だった。
◇ ◆ ◇
それから数日後、ジィジに頼まれてやって来たのは地下牢。
心配するアチャに「大丈夫だよ」と伝え、部屋で待っていてもらっているからには何事もなく終わりたい。
地下帝国のさらに下にある地下牢は警備がものすごく厳重だった。
ジィジが一緒だからか身体検査はされることがなかったけど、警備の人が守る扉を何回も通ることになった。
「ここは大罪人を収容している。犯罪の中でも王家に仇なしたヤツらはこの先だ」
「ねぇ、ジィジ……ここ地下何階?」
「ん? 五階か?」
まだ五階だったのか……そしてまだ下るのね……
地下でも空気が薄いとか気圧とか特に感じないけど、この世界の建築はどうなってるのか……掘ったの? ねぇ、この深さ掘ったの!?
最後に一際頑丈そうな扉の前で念の為と軽い身体検査があった。
ここから先は囚人以外はジィジの私兵しかいないそう。
この扉を守っているのは、一族でジィジに仕えている土竜族と鼠族の男性二人。庭師のおじいさんとは違って、ガタイがよく、目付きが鋭い。
声の低さや地下牢の暗さも相まって怖そうな人だと思ったら、無表情のままワシャワシャと頭を撫でられた。子供好きらしい……
身体検査も私達を疑ってるわけじゃなくて、私達の持ち物を囚人に奪われないようにってことだそう。ジルがマジックバッグの位置を「体の前にお願いします」と注意されていた。
海外旅行のスリ対策かな?
気を取り直して扉を開けてもらった瞬間、何かブツブツと呟く声が聞こえてきた。
扉は防音が施されているらしい。
「何かお経みたいな声が響いてるけど……」
「あの女共だ」
「えぇ!?」
これ会話じゃないよね? ここに入れられて精神おかしくなっちゃった感じ? 話せないとかないよね?
「アレらは奥にいる」
「はーい」
――ガシャーン!! バチバチッ!
「うひっ!」
「ヴッ! 貴様……貴様のせいで!!」
前を通りかかったら、いきなり横の牢で激しい音がして、飛び上がってしまった。
中の人物が牢の格子に体当たりしたらしい。しかもそういう行動への措置なのか格子に触れた瞬間、バチバチと電流に阻まれた。
この世界は電気がないから違う言い方があるかもしれないけど、そんな感じ。
ジィジが看守に「黙らせろ」と命令すると、どうやったのか静かになった。
バクバクの心臓を落ち着かせながら進み、目的の人物達が収監されている牢の前へ歩みを進める。
その人物達は牢の奥の壁の近くで床を見つめながら、「セナ様……あぁ、セナ様……会いたい……」とひたすら私の名前を呼んでいた。
「不気味すぎるんだけど……」
「! セナ様! お会いしとうございました!」
私の呟きにバッ! と顔を上げ、ポッと頬を染める王妃の妹であるメイドに顔が引き攣ってしまう。
「セナ様、会いに来てくれたんですね……」
「違うわ! セナ様はわたくしに会いに来て下さったのですわ!」
固まっていると、隣りの独房から王妃の声が聞こえてきた。
「お姉様、何を言ってるんですか? 現にセナ様は私の前におられるのですよ」
「違いますよね? わたくしに〝いい子〟って仰っておりましたものね?」
「セナ様は若いしっぽの方が好きに決まってます! あの温室で夢中で触られましたもの……」
「何ですって!? 掃除婦をしていたあんたよりわたくしの方が毛並みがキレイに決まってるわ! そうですよね?」
「好きで掃除婦をしていたんじゃありません! 流血王に近付くために仕方なくやっていたんです!」
「オーホッホ! 負け犬ならぬ負け豹の遠吠えは惨めですわよ!」
姉妹の怒涛の応酬に、口を挟む隙がない。
「「セナ様はどっちを選びますの!?」」
「いや、どっちも選ばないよ……」
「え……なら、わたくしが妹が犯してきた罪をお話致しますわ! それなら撫でてくださいますわよね?」
「なっ……! それなら私はお姉様の犯罪を喋ります!」
(えぇ……しっぽって触っちゃダメなんじゃないの? アチャも天狐も嫌がるのに、何でこの二人は触られたがるの? ……変態?)
ジィジがこの二人と私を会わせたのは喋らせろってことだよね。
お互いがお互いを蹴落とそうとしてるこの状況を利用できないかな?
「う~ん……私は全部知りたいんだよね」
「それならわたくしが!」
「私が!」
「じゃあ、ジィジやここの看守さんにもちゃんと全部赤裸々に話してくれる?」
「全部話したら……撫でてくださりますの?」
心配そうな声色で王妃に聞かれ、少し考えた後、私は答える。
「……私が望むカタチならね」
「「わかりました」」
「ちゃんと質問に答え、役に立つって神に誓える?」
「「誓いますわ!」」
「心配だから宣言してもらってもいい?」
私が聞くと、悩む素振りもなく二人は「質問に答え、人の役に立つと神に誓います」と宣誓した。
「うん。ありがとう。嬉しいよ」
私がニッコリと笑ってみせると、二人は嬉しそうにフニャと笑った。
誘導尋問みたいだけど、これで言質は取れた。
「セナ様も約束を忘れないで下さいませ」
「うん、もちろん。人の役に立って、私の可愛いクラオルみたいにモフモフに生まれ変わったら撫でてあげる」
「え? ……えぇー!? 話が違いますわ!」
「私の望むカタチって言ったでしょ? 小さくて、モフモフで、可愛くて、人に優しい子だったら……一晩でも二晩でも全身撫で回しちゃうよ」
「一晩……」
「全身……」
二人は夢見るようにうっとりとした表情を浮かべた。
「私のクラオル達家族、仲間や友達に何かしたら二度と撫でたりしないから気を付けてね?」
私が真顔で断言すると、二人は顔を青くして息を呑んだ。
(どんだけ撫でられたいのよ……)
私が変態にさせたのか、元々その気質があったのか……後者だと思いたい……
ジィジへの執着を変態的というのなら、一族全員、もれなく変態だ。間違いない。
◇
フロアの外、階段まで戻ったとき、天狐が「ブハッ」と吹き出した。
「アハハハハハ! んもう、おっかしー!」
肩を震わせ、おなかを抱えて笑う天狐にそんなに面白かったかな? と首を捻る。
「ふふふふ。〝モフモフに生まれ変わったら〟なんて、笑いを堪えるの大変だったのよ?」
「だが、セナが神に誓わせたおかげで何とかなりそうだ」
「ふふふふふ。そうね、それは間違いないわ。でも……ふふふふふ」
「何かまずかった?」
笑いが止まらない天狐に聞くと、ジィジが「文句のつけようがない」と頭を撫でてくれた。
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