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第三部 12章

女神との軋轢

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「何があった!?」
「スタルティ様と一緒に魔物図鑑を見ていたら、急に倒れてしまったんです!」

 ジャレッドは走りながら、なんでこうもセナは次から次へとトラブルを起こすのかと頭痛を起こしそうだった。

 セナはベッドに寝かされていたが、頭を抱えて唸っている。
 そんなセナを心配そうにスタルティは見つめていた。

「何だこれは……」

 ジャレッドはセナの体を中心に、周りにまで溢れた魔力が蠢いているのがわかり、息を呑んだ。

「セナ様、ジャレッド様が戻られましたよ」
「ジィジ……」

 セナに呼ばれ近付いたジャレッドにセナは首を傾げた。
 手を伸ばされ、ジャレッドがしゃがむとセナは「いたい?」と心配そうにジャレッドの頭を撫でる。
 ジャレッドが虚を突かれると、セナはニッコリと微笑んで目を閉じた。

「セナ様!?」
「大丈夫。眠っただけだ……」

 ジャレッドの言葉にアリシアは胸を撫で下ろす。

「天狐さんからいただいたポーションも効かなくて……昨日のこともそうですが、セナ様はいったいどうしてしまったのでしょうか……」
「わからん。様子を見るしかあるまい」

 数十分後、駆け付けた天狐が調べてもセナが倒れた原因はわからず、三人はセナがいつ目覚めても大丈夫なように交代で見ることにした。



 夜、天狐にセナを任せ、ジャレッドは一人あの日から厭悪えんおしていた城の教会を訪れた。
 この教会はジャレッドが城の中に造らせたもの。あの日……別れの日までは、妻のアマンダと一緒によくお祈りしていたのだ。
 あれ以来この場所は立ち入り禁止にしている。
 王族用の教会は新しく城外に造らせ、ジャレッドは近付くこともしなかった。

「……アマンダとの約束とは何だ? セナのあれは〝人と関わりを持つな〟とうぬへの嫌がらせか? うぬを忌み嫌うのなら、なぜうぬにしない……!」

 ジャレッドは創世の女神像を睨みつける。
 答えが返って来ないことはわかっていても、ジャレッドは問いたださずにはいられなかった。
 ふと、笑い声が聞こえた気がしてジャレッドは辺りを見回す。
 すると突然、女神像から光りが発せられ、ジャレッドは眩しさに目を閉じた。

「ヒャーヒャッヒャ。久しいのぅ。あろうことか教会に来るとは思うとらんかった」

 ヴィエルディーオの声に目を開けたジャレッドはヴィエルディーオの空間に招致されていた。教会とは違う場所にいることも気にせず、ジャレッドは眉を吊り上げた。

「……よくそのような態度を取れるもんだな! アマンダとの約束とは何だ!? ヴィー! 答えろ!」
「それは……言えぬ。そういう約束じゃ……」

 昔と同じように愛称で呼ぶジャレッドにヴィエルディーオは首を振る。

「ヴィエルディーオ様、もうよろしいんじゃないですか? あれから何千年も経っていますし、セナ様のおかげで脅威もほとんどなくなったじゃないですか」
「お前は誰だ……」
「イーヒッヒ。初めまして。ヴィエルディーオ様の神使をしているインプです。以後お見知り置きを」
「セナを知っているのか……」
「イーヒッヒ! もちろんですよ。ヴィエルディーオ様のお孫様ですから」
「孫……」
「イーヒッヒ! 正確には違いますがね。セナ様のご両親はおろか、祖父母もおられません。そうですね……生きておられるのは遠い親戚くらいでしょうか? イッヒッヒ。混乱しておられますねぇ」
「インプ、今は遊ぶでない」

 ヴィエルディーオに窘められ、インプは「すみませんねぇ」と謝った。

「セナについては他の者も呼んでからにしようかの。お主は……本当にアマンダの真実が知りたいかい? 例えそれが残酷なことであってもかい?」
「当たり前だ」

 ジャレッドが頷くのを見て、ヴィエルディーオは当時のことを話し始めた。

「お主に初めて会うたのは戦場じゃったな……鎧を血に染め、ケガをした仲間を護ろうとしておった……」

 ――ヴィエルディーオは創った世界で人の争いが広がっていくのに頭を悩ませていた。そんな折に現れたのがジャレッドだった。
 ジャレッドの優しい心……人を護りたいという心を気に入り、ヴィエルディーオはジャレッドに加護を与える。
 ジャレッドもヴィエルディーオに感謝を示すため、当時は教会を頻繁に訪れていた。ヴィエルディーオはジャレッドと話すようになり、お互いを愛称で呼ぶようになる。
 そのうち、ジャレッドには恋人ができた。ジャレッドはアマンダに夢中だったが……同じ時期、ヴィエルディーオの加護を得たジャレッドを狙う魔女が現れた。ジャレッドの力を奪い取り、おのれの力としようとしたのだ。
 ジャレッドに相手にされなかった魔女は、恋人であるアマンダを亡き者にしようと付け狙う。
 戦争を治め、ジャレッドが建国した後もそれは続いた――

「あの女か……」
「そうじゃ。アマンダはジャルのことを案じておった。それで約束したんじゃ。ジャルを護るとな……」

 ヴィエルディーオは目を細め、ジャレッドのことを当時と同じ愛称で呼んだ。

「あの日、あの女は神界へ干渉してきた。たくさんの生きとし生けるものを犠牲にしての。その隙にアマンダの体が乗っ取られてしまったんじゃ……そしてあの事件が起きた……」

 ヴィエルディーオはそこで痛みを耐えるように目を伏せた。
 そんなヴィエルディーオに代わってインプが口を開く。

「神界は殺された者の負の感情で溢れ返りました。その混乱に乗じて、あの女はあろうことかヴィエルディーオ様をも殺そうとしたんです。深手を負わされたヴィエルディーオ様は、あなたを護るという約束のため、アマンダさんのあなたを想う気持ちの力を借り、神力を使いました。しかし、それはヤツの〝女神を利用して、あなたを殺そう〟とする思惑だったのです。ヤツの〝呪い殺してやる〟という思いと、アマンダさんの〝死なないで欲しい〟という相反する想いの相乗効果であなたはとなってしまったんですよ」

 ジャレッドは真相を聞いて目を伏せた。
 ヴィエルディーオから嫌われ、死なない呪いをかけられただけだと思っていたのだ。自身のせいで神界が大変だったことも、ヴィエルディーオが大ケガを負ったことも……何も知らなかった。

うぬは知ろうともせず、ヴィーのせいだと決めつけ、勝手に恨んでいたのか……すまない……」

 ジャレッドは真相を聞き、何千年と続いたおのれの過ちを知った。
 謝って済む問題ではないと思いつつも、謝罪の言葉が口をつく。

「いや、結果的にジャルが呪いに侵されたことは変えようもない事実じゃ。ちゃんと護れず、面目ない……」
「ヴィーは約束を守っただけだろう? ……もうケガは大丈夫なのか?」
「ヒャッヒャッヒャ。あれから何年経ったと思っている?」
「そうか……そうだな……」

 ジャレッドは情けなさそうに眉尻を下げた。
 そんなジャレッドにヴィエルディーオは微笑んだ後、表情を引き締める。

「セナのおかげでその体の呪いも解けかけておる。ジャルが望むのならば、解放できるが……どうするかの?」
「解いたらどうなる? うぬは死ぬのか?」
「それは……わからぬのが本音じゃ。解いた瞬間のか、だんだんと歳をとるのか……」
「……うぬはこのままでいい」

 ジャレッドはスタルティやセナの成長を生きて見守りたかった。

「そうか……なら、本題のセナを治してやらねばの」

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