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第三部 12章

企む女とテクニシャン

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 天狐が仕事に戻り、セナはアリシアやジャレッドと過ごす日々が戻ってきた。その中に仲間入りしたのはアマメハギという妖精だ。
 妖精の二人はお世話をするセナやアリシアにも懐いていたが、特に気に入られたのはジャレッドだった。ジャレッドが部屋にいればジャレッドの近くでくつろぎ、ジャレッドが部屋から出れば部屋のドアを守っている。
 ジャレッドは、セナやアリシアの安全性が少しでも上がるのならばと、そのまま好きにさせていた。



 セナはキッチンでアリシアに焼き菓子を作ってもらい、上機嫌で温室にやってきた。
 花が咲いている暖かい温室で、おやつをつまみながら図鑑を眺めるのが、ここ最近のセナのお気に入りだ。
 しかし、今日は温室に先客がいた。先客は一人地面に座って、黙々と絵を描いている。
 セナはその人物を見つけると笑顔で駆け寄った。

「スタティ!」
「……もうそんな時間か」

 セナに呼ばれて顔を上げたのはこの国の第一王子――スタルティ。
 書庫で絵を描いていたところでセナに懐かれ、今ではセナのお茶飲み友達と化している。

 彼は今代の国王の前妻の息子であり、今年十歳になる少年。後妻である今の王妃に疎まれて邪険な扱いを受けていた。
 城で自身を取り巻く環境も相まって、十歳という若さで他者を信用できずにいたが、何も知らないセナには心を開いた。……というよりも、遭遇する度に自身が描いた絵に大げさに感動し、ニコニコと話しかけてくるセナに閉じこもっていた殻をぶち壊されたのだ。
 だが、そのおかげでジャレッドと交流を持つようになり、今はジャレッドの王宮エリアの部屋で暮らしている。

「жжжж?」
「……今日はドラゴンだ」
「жж~! жжжж……ヴッ……」

 スタルティが描いた赤いドラゴンを見て、一瞬目を輝かせたセナだったが、苦しそうに頭を押さえてしまった。

「セナ様! 大変! ポーションを持ってまいります! スタルティ様、セナ様をお願い致します!」

 アリシアはスタルティが頷くのを見ると、走り出した。

「……大丈夫か?」
「ゔぅ……」

 スタルティは自身が回復魔法を使えないことを歯がゆく思いながら、セナの背中をさする。
 そこへアリシアではないメイドが近付いてきた。

「セナ様、スタルティ様、ご機嫌麗しゅう……あぁ! なんておいたわしい……頭が痛いのですか? セナ様は獣族のしっぽがお好きと伺いました。気が紛れるかと思いますが、いかがですか?」
「……何を企んでいる……?」

 スタルティはセナを庇うように抱きしめる。
 獣族にとっておのれのしっぽは重要である。スタルティにはメイドの目的がわからなかった。

「企むなんてとんでもない。少しでもセナ様の気が楽になるようにと……」

 メイドは俯いたセナの視界に入るように自身のしっぽを動かす。
 目を開けたセナは目の前にふわふわと動く豹のしっぽに釘付けになってしまう。セナは誘われるようにそのしっぽに手を伸ばした。

「そうそう。どう……うひんっ! あぁ……そんな……これは……ぁ……」

 しっぽを掴まれたメイドは足に力が入らなくなり、地面にへたり込む。そんなメイドに追い討ちをかけるかのようにセナは撫でたり、握ったりと豹族のしっぽを堪能させてもらう。

 スタルティは目の前で繰り広げられる光景に言葉を失っていた。
 獣族が自分のしっぽを相手に差し出したことも信じられなかったが、この状況を自ら望んだことも信じられなかった。

「キャーー! セナ様!! 獣族のしっぽはダメだといつも言ってるじゃないですか! ウーヴィ様のしっぽから手を離して下さい! そんなに触りたいのならわたしのしっぽ触らせてあげますから! ね?」

 戻ってきたアリシアは家格が上のウーヴィを助けようと、自身のしっぽを犠牲にセナに差し出す。
 セナは豹族のしっぽから手を離さず、反対の手でアリシアのしっぽを撫で始めた。

「あぁ……セナ様、ウーヴィ様を解放して……ひゃっ!」
「モフモフ」

 両手のモフモフに頭痛は吹き飛び、セナは幸せそうな顔でモフモフを夢中で満喫する。

◆ ◇ ◆

 ジャレッドは従魔であるダークアイから、以前セナ付きの侍女になりたがっていたメイドがセナに接触したと報告を受けた。
 調べ物をそのままに、ジャレッドは廊下を駆け抜ける。

 温室に近付くとセナではない女の声が聞こえてきた。

「セナが何かされたわけではないのか?」

 ダークアイに聞いても「これヤバいよー」としか返ってこず、要領を得ない。
 不思議に思いつつも辿り着いたジャレッドの前には、驚きの光景が広がっていた。
 くだんの女とアリシアがセナのしっぽ責めに顔を赤くして耐えていたのだ。
 声は豹族の女から発せられるもので、と言うのには語弊があるかもしれないが……

「これはどうなっている……」

 思わず呟いたジャレッドの声で、スタルティは我に返った。

「セナ、止めてやれ……見るに耐えん」

 ジャレッドがセナの手を止めさせても、二人はまだ動けずにいた。
 スタルティのたどたどしい説明を聞き、ジャレッドはため息を吐いた。

「セナ、何回も言っているが獣族のしっぽはダメだ。このままだとアリシアを外さ……そうだな。アリシアがいなくなってしまうぞ?」
「アチャ、いない……?」
「そうだ」
「いない、ヤ!」

 この世界の言葉を覚え始めたばかりのセナに、ジャレッドはわかりやすく説く。
 セナはアリシアがいなくなるのは嫌だと座り込んだままのアリシアに抱きついた。

「なら、我慢しろ。いいな? モフモフはダメだ」
「アチャ、めんね?」
「は、はい。大丈夫ですよ。いなくなったりしませんので」

 アリシアがセナを抱きしめ返すと、セナはグリグリと頭を押しつけた。

「……もう……」
「ん?」
「もう……お嫁に行けないわぁー!」

 豹族のメイド――ウーヴィは叫びながら走り出し、二回ほど転びながら温室を出て行った。

「……うぬらも出よう。掴まれ」
「え……キャア! おおおおお降ろして下さい」
「まだ歩けんだろう。スタルティ、セナと手を繋げ」
「はい」

 お姫様抱っこをされたアリシアはアワアワと焦るが、ジャレッドは取り合わずに歩き出した。

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