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第三部 12章

女の正体

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「……おはよう、セナちゃん。今日は村に行かなきゃいけないから留守番してて欲しいんだけど」

 朝、セナが起きるのを待っていた女は眠気を堪えて開口一番にそう告げた。
 目を擦り、女のしっぽに手を伸ばしていたセナはいつもと違う女の様子に何かを感じ、女に抱きついた。

「こういうときは可愛いのよね……ご飯の催促とか、しっぽに抱きつくとか、眠いとき以外は勝手に遊んでるのに……連れて行ってもいいけど、大人しくしてなきゃダメよ?」
「жжжжж」
「わかってるんだか、わかってないんだか……多分わかってないわよね……とりあえず着替えるわよ」

 抱きついたセナを引き剥がし、洗濯しておいた服を渡すと、セナは自分で着替え始めた。

「貴族だったら自分で着替えられないのに、この子は着替えるのよね……本当に謎だわ……」

 女は着替えの終わったセナにコートやマフラーを着させる。

「外は寒いんだから嫌がらないで着なさい。風邪引くでしょ!」

 モコモコに着膨れしたセナを抱っこして自宅を出た。
 女の自宅は人里から離れた山の中腹ほどにある森の中。人の煩わしさと、魔法を試すのにはちょうどいい。ここにはさらに目くらましの魔法がかけられていて、魔法に長けた者でなければ発見できないようにしている。
 結界の外に出てから近くの村まで転移魔法を使う。
 大昔に魔法を辿って自宅まで押しかけて来たストーカーがいたことから、家の中から飛ぶことはしていない。

 一瞬にして変わった景色を見て、セナは驚き、興奮した。
 村は背の高い雪に囲われ、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。村の中だけは地面に数センチ雪が積もっている程度だ。

「жжж!」
「ちょ! わかったから暴れないで」

 バンバンと女の肩を叩いては、あっちこっちに腕を伸ばしている。

「おや、天狐さん。今日はエラいべっぴんさんを連れてるね」
「そうなのよ。ちょっとワケありでね」
「жжжжж? жжжж!」

 四十代と思わしき村人に話しかけられた女が答えると、セナは首を傾げた後頭を振った。

「違うわ。セナちゃんのことじゃなくてアタシのことよ」
「жжжж?」
「そうよ。アタシの種族が天狐。種族って言ってもアタシしかいないけどね」
「……жжコ?」
「惜しいわね。天狐よ。て・ん・こ」
「ティжコ? ティッコ? ティンコ!」
「ちょっと違うけど、まぁいいわ。よくできました」
「おお、エラいぞー」

 天狐と村人に頭を撫でられ、セナは「えへへ」と満足そうに笑っている。

「この子、喋れねぇのかい?」
「喋れるんだけど、そもそもの言語が違うみたいなのよ」
「古代語かねぇ?」
「調べたいんだけど、なかなか難しくて」
「ハッハッハ。ヤンチャそうだもんな! この村ん中なら遊ばせても大丈夫だ。ジジババ共が喜ぶさ。な?」

 村人が再びセナの頭を撫でると目を細めて享受していた。
 村人と別れ、天狐は村長宅へ向かう。今にも雪遊びを始めそうなセナは天狐に抱きかかえられたままだ。

 村長宅で温かい薬草茶を飲みながら、セナは興味深そうにキョロキョロと部屋を見ている。

「可愛らしい子供だねぇ。それで……今回はちと厄介だよ」
「やっぱり? 村に来たときにやたら雪が多かったから、ちょっと思ったのよね……セナちゃんを連れて行こうかと思ったんだけど、ちょっと無理そうね」
「毎度村のために悪いねぇ」
「いいのよ。その代わり貴重な霊草もらってるし。雪崩が起きそうな場所は?」

 天狐が聞くと、村長の老婆は周辺の地図を出して指さしていく。

「え? ほとんどじゃない!」
「そうなんだよ。一ヶ月も経たないうちに一気に降ったのさ。今までこんなことはなかったからね……『天界で何かあったんじゃないか』、『神が怒っている』などと噂する者まで現れる始末。ただ、村の中はお前さんの護符のおかげで何ともないのが救いだね」

 心配そうに見上げてくるセナを撫でながら、天狐は思考を巡らす。
 通常であればこの時期にここまで雪は降らない。これからの雪を考えて雪崩対策をすればいいハズだった。
 魔力を多量に含む霊草はいくつも種類があるが、どれも貴重な素材で、市場ではかなり高額で取り引きされている。
 天狐は他の村でも自然現象の緩和をしてあげる代わりに、霊草や薬草をもらっていた。それを素材とした霊薬や化粧水は街の貴族に大人気だ。
 ここの村人がお礼に渡してくれる〝雪中花〟は他では手に入らないほど良質なため、村を無くすことは惜しい。

「今日は忙しくなりそうね……」
「すまないねぇ」
「とりあえず、新しい護符を渡しておくわ」
「助かるよ」

 天狐は不思議な文様が描かれた長方形の紙を老婆に渡した。それは日本では陰陽師が描く護符とよく似通っていた。

「セナちゃん、聞いて。お仕事してくるからここで待っててくれる?」
「жжжж?」
「そんな顔しないで。絶対戻ってくるわ」

 セナは言葉こそわからなかったが、天狐の真剣な様子に渋々頷き、天狐の右手の小指と自分のそれを絡めた。

「жжжж、жжжжжж~♪」

 セナは何か呪文のような歌を歌い、小指を離した。

「おまじないかしら? 不思議な歌ね。頑張ってくるからいい子で待っててちょうだいね」

 天狐はセナの額に口付けしてから立ち上がった。
 セナは村長と手を繋いでいたが、不安そうな顔をして天狐を見送る。



 しばらくドアの前から動かなかったセナは肩を落として、老婆に家の中に入るように促した。

「そんなしょげて……大丈夫だよ。天狐は強いからね。しかし、困ったねぇ……この村には子供が喜びそうなものは何もないんだよ。って言っても言葉が通じないんじゃわからないね」

 首を傾げるセナに老婆は苦笑いをこぼす。

「とりあえず狭いけど家の中を案内しよう。おいで」

 老婆はセナの手を取り、トイレや寝室に連れて行った。
 薬草スープを食べさせた後、好きに過ごせと言ったものの、セナは天狐が置いていった紙にペンで絵を描き、大人しく暇を潰している。
 そこへ先ほど天狐に声をかけた村人が訪ねてきた。

「お嬢ちゃんヒマだろ? 一緒に採取に行かないか?」
「?」
「外だよ、外。天狐さんが喜ぶぞ」
「! ティンコ!」
「ハッハッハ! そう天狐さんな。この薬草渡せばニッコリ笑ってくれるぞ」

 天狐に反応したセナに薬草を見せ、両手で口角を上げる仕草をする。

「外に探しに行くか?」
「жж!」

 村人が外を指さして聞くと、セナは元気よく返事をした。

「よしよし。んじゃ、あのマフラーとコートと帽子着なきゃな」

 しっかりと防寒具を着たセナを連れて村人は村の外に連れて行く。

「ж! жжж!」

 歩いて三十分ほどの森に入ると、セナは村人に繋がれた手を引っ張った。

「んん? あっちに何かあるのか? ってこれ、ホカホカ草じゃねぇか」
「жжжж!」
「んあ? こっちはヒエ草とサム草……ハッハッハ! お嬢ちゃんすげぇな!」

 セナは天狐の家で薬草の図鑑をよく読んでいた。書いてある文字はわからなかったが、見たことのない植物の挿絵を眺めているだけで面白かったのだ。
 ゆえに特徴は何となく覚えている。

 天狐が図鑑にメモしていた物を中心に見つけていく。見つける度に村人はセナの頭を撫で、しっかりと褒めてくれる。それによってセナのやる気はどんどん上がっていった。


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