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第三部 12章

不思議少女

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 ベッド脇に置いたイスに座ってウトウトしていた女は、聞きなれない言葉によって起こされた。

「ん~……って、起きたの? あなた二週間も眠ったままだったのよ? …………って、大丈夫?」
「жжжж? жжжжжж?」
「は?」

 話しかけると、不安そうにコテンと首を傾げて女が理解出来ない言葉を呟いた。
 少女自身は普通にで話しかけたのだが、通じないことに驚いた。しかし、日本人とかけ離れたハッキリした目鼻立ち、白髪に燃えるような紅い目をしている容姿に幼いながらも〝がいこくじんさんだ〟と納得した。
 
「え? ちょっと待って。アタシの耳がおかしくなったのかしら?」
「…………жжжжж!? жжжж!」

 女が戸惑っていると、キョロキョロと部屋を見回していた少女が急に声を張り上げた。
 それは不安そうに親を探して呼んでいるように見える。
 ベッドから飛び降りそうになったところを抱えて阻止。何かを叫びながら暴れる少女に女が慌てて宥める。

「ちょ、ちょっと落ち着いて! よしよしよしよし。どうどう。あぁー! もう泣かないでよぉ……アタシが泣きたいくらいよぉ……」

 泣く少女を抱きしめ、嘆く女の目の下にはハッキリとクマができている。
 少女が現れた日から二週間、高熱を出し、うなされていた少女を介抱するためにロクな睡眠が取れていなかった。



 〝セナ・エスリル・ルテーナ〟と書かれたギルドネックレスをしているのを見つけて、名前は判明した。しかし、「セナちゃん」と呼んでも、当の本人は反応しないことが多い。まるで、自分の名前ではないように。

  セナが目が覚めてからさらに一週間もすると、夜になると決まって泣いていたセナもようやく、親がいないことを理解したようだった。ただ、泣かずとも傍にいないと睡眠時にうなされるため、夜は離れられない。昼間なら大丈夫そうではあるが、長時間一人にしておくのには心配だった。
 そして、一緒に横にはなっているものの、寝相の悪いセナによって安眠とは程遠い睡眠時間。
 さらに昼にはワンパクなセナによって散らかされた部屋の片付けに追われ、振り回される毎日を送らされている。

「やっぱり本物なのよねぇ……ランクがCっていうのも、五歳っていうのも信じ難いわ……」
「жжж!」
「わっ! もう! いつもしっぽは触っちゃダメって言ってるでしょ? 敏感なんだから!」
「жжжжжж!」
「あぁー、はいはい。おなか減ったのね」

 絵を描いていたはずが自分のしっぽに抱きついてきたセナを軽くあしらい、女はネックレスをセナの首元に戻した。
 共に過ごしたことで、女は何となくセナの言いたいことがわかるようになっていた。表情や仕草がわかりやすいことも大きい。

「じゃあ、買い物に行ってくるから、大人しくしててよね。わかった? 散らかしちゃダメよ? わかった?」
「жж」

 よくよく言い聞かせてから女は家を出た。
 セナは笑顔で頷いていたが、未だかつてそれが守られたことはない。


 戻って来た女は案の定散らかった部屋を見て、ため息をこぼした。

「今日は本棚なのね……」
「жжжж! жжжж?」

 手元の本から目を離し、帰宅した自分を見て笑顔になるセナに、女は怒る気力が失せてしまった。

「ちゃんと買って来たわよ……食べるならイスに座りなさい」

 セナは女が言わずとも手を洗ってから席に着く。
 女が買って来たスープとパンをセナは美味しそうに頬張り始めた。

「……この笑顔で許しちゃうアタシも甘いわね……」
「жжжж!」
「美味しいのはわかったから、零さないで食べて。ほら、ほっぺに付いてるわよ」

 セナの口元を拭い、女もご飯を食べ始める。
 セナは食にうるさい。これは共に過ごしてわかったことの一つだ。
 女自身は料理が壊滅的なため、食べられればそれでよかった。だが、買って来た塩スープはセナが一口食べて吐き出してしまったのだ。それからセナが好む物を探し、フルーツやナッツ類、サラダ、コンソメスープは食べることが判明した。特にフルーツは機嫌もよくなるため、今では常備している。

「今日はラビのホワイトシチューよ。久しぶりに食べたけど美味しいわ。奮発したかいがあったわね」
「жжж……」
「あら。食べて眠くなったの? しょうがないわねぇ。いらっしゃい」

 女が自分の膝を叩くと、セナは女の膝の上に乗り、抱きついて寝息を立て始めた。

「この時間だけは平和なのよねぇ……食べたら散乱した本片付けなきゃ。魔法陣も調べたいけど、あの部屋はセナちゃんには危ないのよね……世の中の母親はどうやりくりしてるのか甚だ疑問だわ」

 一人呟いた女は、セナの頭を撫でながら毎日の寝不足で自身にも眠気が忍び寄ってくるのを感じた。

「ふわぁ……せめてセナちゃんの話す言葉がわかれば住んでた地域がわかるのに……」

 人族の言葉は地域差はあるものの、主だった国では基本的に同じ言語が使われている。人族でありながらそれが通じないとなると、相当な辺境にいたとしか考えられない。

 最初の一週間はこの家や自身に慣れされるために構い通しだった。慣れてきたところで、いろいろと調べようとしたがセナが女から離れたがらず、隙を見て本を読む程度。原因究明には至っていない。

 着ていた服やブーツは上等の生地でできていたため、貧民ではない。そもそもファミリーネームがある時点で貴族の可能性が濃厚だ。
 だが、時々垣間見える洗練された所作と、汚れも気にせず遊ぶ姿の違いに女は戸惑っていた。
 食に関しても好みはあるが、平民が食べるような串焼きも喜んで食べたり、貴族が好む甘いお菓子を嫌がったりと、貴族なのか平民なのかわからない。
 平民ならばもちろん、仮に貴族だったとしても、言葉がわからないくらい遠い異国の少女を冒険者ギルドが把握しているとは思えなかった。

 女が一番驚かされたのがセナに生活魔法の【クリーン】をかけたときだった。
 セナは自分が一瞬にしてキレイになったことに驚き、それはもう……ものすごく大興奮して落ち着かせるのが大変だったのだ。
 この世界ではありえないとは思ったものの、その様子から魔法とは無縁の生活だったことが窺えた。
 セナ自身の魔力は底なしではないかと思えるほど潤沢であることが、最初のときにわかっている。利用されることを危惧した両親が魔法に触れないように育てたのだろうと、女は予想した。
 両親には申し訳ないと思いつつも、魔法を使う生活に慣れている女は、こっそりと……しかしガッツリと魔法を行使している。一応、必要最低限の生活魔法だけ見せ、攻撃魔法は見せていない。

「あぁ……眠すぎる……限界だわ……」

 食器は片付けたが、容赦なく襲ってくる眠気に調べ物をする元気はない。
 セナを抱えながらベッドに移動して横になった。
 ――一時間もしないうちに、セナに起こされるとは露とも知らずに。


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