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11章

土砂降り【1】

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 おばあちゃんのお店からの帰りに買い物を済ませ、宿に戻ってからいろいろと製作して準備はバッチリ。
 おばあちゃんが言う雨の日限定の魔魚を釣るために、宿に繋がる廃倉庫の入り口に立った私達を迎えたのはバケツをひっくり返したような土砂降りだった。

「うわぁ……雨は雨でもこれは予想外だよ……」
「すげぇな……辞めておくか?」
〈美味い食材のためだ。行くだろう?〉

 おばあちゃんは食べられるとは言ってたけど、美味しいなんて一言も言ってなかったのに、グレンの中では〝美味しい食材〟になっているらしい。

「濡れる対策でみんな防水ズボンとマウンテンパーカー着てるからね。行ってみよう」

 風は強くないし、全員分の大きめなビニール傘も作ってあるからビショビショにはならないハズ。
 もし美味しくない魔魚だったらすぐに宿に戻って来ちゃえばいい。おばあちゃんがオススメするくらいだから、そうならなさそうではあるけど……

 傘をさして街に出ると、雨で霞みがかっていて視界が悪い。通りを歩く人もおらず、ほとんどのお店は閉まっていた。
 人がいないので傘をさしてはいるものの、プルトンに頼んで雨避けの結界を張ってもらう。

「冒険者ギルドは開いてるみたいだね」
「そうだねー。でもさすがにこの天気だと暇そうだよねー」
「だな。俺達も何もなかったら宿で寝てただろうからな」
「付き合わせちゃってごめんね」
「そういう意味じゃねぇ。誤解すんな」

 謝ると、ガルドさんにガシガシと頭を撫でられた。

「そうだよー。雨の日にしか現れない魔物はいるけど、魔魚もなんだねー。そうなると植物とかもありそうだよねー」
《ふむ。あるな》
「やっぱり! もしかしたら美味しいかもしれない! 知ってたら雨の日も外に出たのにー」
「限定モンを見つけてもセナみたいに美味い料理を作れるかは別だろ」
「セナっちと会うまで取っておけばいいんだよー!」
「マジックバッグの容量考えてから言え」

 ジュードさんは過去を悔やんでいるらしい。ガルドさんに冷静に返されてくちを尖らせるジュードさんが可愛い。
 過去に戻ってもまた私と会いたいと思ってくれてるのかな? なんて都合のいい解釈をしてしまったことは言わないでおこう。



 貴族エリアに入り、サーカスがやっていた広場とは別の広場に到着。池の縁でそれぞれ釣り糸を垂らした。
 私は下手っぴなのと危険だと言われてみんなから少し離れ、大きなパラソルの下、イスに座って見守っている。

〈セナ! われが一番釣ったら、われだけに特別なおやつだからな!〉
「それは魅力的な案ですね」
「……負けない」

 グレンの要望にモルトさんとコルトさんまで乗り、またもや釣り大会が始まってしまった。
 特別なおやつ……どうしよう……

「おっ! かかった!」

 私が悩みながらレシピアプリとにらめっこをしていると、ガルドさんの竿に当たりがかかった。
 引きは強いものの、前に格闘したデカいオタマジャクシほどではないらしく、ガルドさん一人でリールを巻いていく。

「セナ! 上がるぞ! 網!」
「はーい!」

 ワクワクしながらタモ網でキャッチした魚をみんなで覗き込むと……

「おぉぉ! セミエビだ! あれ? ウチワエビだっけ?」
われの鑑定では【ミンミンエビ】になっているぞ?〉
「じゃあやっぱりセミエビだ!」

 普通のエビは魚型なのに、セミエビは日本と同じく甲殻型。これは殻からいい出汁が出そう。
 海じゃなくて池でセミエビが釣れるなんて、さすが異世界!
 鑑定した結果、魔魚であることから、おばあちゃんが言っていたのはこのセミエビのことだったことがわかった。

「なんか虫みてぇだな……これ、食うのか?」
「美味しいハズだよ!」
「いっぱい釣らないとー! ほら、みんな散らばって!」

 ガルドさんは見た目に忌避感があるみたいだけど、私の発言を聞いたジュードさんはやる気をさらに上げたみたい。
 ジュードさんの指示通りに散らばって、再び釣り糸を垂らすと、すぐにみんなにも当たりが。
 最初の方は釣り上げる度に呼ばれて私がタモ網で掬っていたけど、そのうち慣れたのか自分達で掬い始めた。
 おばあちゃんがよく釣れると言っていた通り、完全に入れ食い状態。

〈むむっ。引きが強い! 大物か!? む!? うおっ!〉

 大当たりと格闘していたグレンが尻もちをついた。ラインが切れたらしい。買ったときに店主は「頑丈でそうそう切れないぞ!」なんて言ってたのに……

「大丈夫?」
〈クソ。セナ、糸の予備はないのか?〉
「あぁー! オレっちのも切られたよ!」
「切れないって言ってたから、この太さのは買ってないよ。あるのはもっと細いやつ。買いに行く?」
〈なら仕方ない。ポラル! 糸を出せ〉
「オレっちのもお願いー!」

 すぐにでも釣りたいのか、グレンはポラルの糸を使うことに決めたらしい。ジュードさんにも頼まれて、ポラルはフリフリと糸を出し始めた。

 落ち着いたところで、私がレシピアプリでみんなのおやつを検索し始めると、どこからか視線を感じた。
 視線のぬしをキョロキョロと探ると、高そうな服を着た貴族と思わしき少年が一人、私達を見つめている。雨にうたれてびしょ濡れだ。

「ねぇ、大丈夫?」
「!」

 近付いて声をかけると、予想外に驚かれた。ボーッとしていて気付いていなかったらしい。

「一人?」
「何をしているんだ?」
「釣りだよ」
「こんな天気にか?」
「こんな天気だからだよ。雨で誰にも邪魔されないでしょ?」
「そんなモノか……(楽しそうだな……)」

 少年は視界が悪い中、眩しいものを見るようにグレン達を見つめた。

「それより風邪引いちゃうよ?」
「ふっ。心配してくれたのか。お前は……なぜ濡れていない?」
「傘さしてるからね。うーん……そうだ。ちょっとこれ持ってて」
「え? あ、おい! 何する!」
「拭いてるんだよ」

 少年の手を取って傘を持たせ、勝手にタオルで濡れた髪の毛を拭いていく。
 最後にタオルの上からバサりとカウチュフロッグの革で作ったシートを被せてあげる。

「これは?」
「雨避け。あげるから使って」

 これは実験で作ったやつ。プラプラスライムのレインコートの生地とどっちがいいかと比べてみたところ、満場一致で選ばれなかったんだよね。だからあげても大丈夫。
 どこからか「お坊ちゃまー」と呼ぶ声が近付いてきている。
 私は私でジルが私を探している念話と声が届いた。

「呼んでるのキミのことじゃない?」
「あぁ……じいやの声だ」
「風邪引いちゃうから早く行った方がいいよ。私も呼ばれてるから戻らないと」

 戻ろうと後ろを振り向くと、少年に腕を取られた。

「待て! これやる。いいから受け取れ!」
「えっと、ありがとう?」
「じゃあな!」

 私に紺色の何かを無理矢理押し付けると、少年は走り去ってしまった。

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