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11章

収穫祭

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 ルシールさんとのお食事会を終えた翌日、レシピ登録を済ませた。
 匂い鉱石を使ったレシピの登録自体はすぐ済んだけど、燻製品を作るのにあたって工房の建築やその他諸々が大変だった。

 アーロンさん、クエバさん、シューネさんたっての希望で大量生産しなくちゃいけない。
 匂い鉱石は日本のウッドチップ同様に下から熱さないと、長時間の燻製はできない。そうなると、火の番をしなくて済むホットプレートが一番楽。

 王都の職人にホットプレートを作ってもらい、それを私が転移で取りに行く。
 工房ができるのを待っている間に、フィメィ村で鉱石の採掘。
 工房が完成したら、その工房でホットプレートを使って私が実験。その後販売者に説明。

 正直、こんなに面倒なことになるなんて思ってなかった。おそらく、この街にタルゴー商会があったらもっと楽だったと思う。
 それでも、タルゴー商会はサフロムの街から他の街への輸出を担うことになり、工房の図面製作や建築材の提供など協力してくれている。

 販売者に教えたのは、チーズ、卵、ベーコン、ソーセージの四種のみ。生ハムも教えようかと思ったんだけど、ただの燻製とは違うことと、販売者が覚えきれないため断念。私も連日の実験で疲れてたから異論はない。

 結局、レシピ関係のことで二十日以上もかかってしまった……



 燻製工房の一連の作業も終わり、疲れた私はクラオルファミリーに会いに行ったり、キヒターの教会に遊びに行ったりとのんびりした数日をすごした。
 その間ガルドさん達はギルドの依頼をこなしてくれていた。

 ルシールさんとの晩餐から一ヶ月。
 今日は待ちに待った食材確保の日!

「セナっち準備できたー?」
「バッチリだよ!」

 まだ日も昇っていない朝早い時間、テンション高く宿の部屋に迎えにジュードさんが訪れた。

「オレっち、楽しみで昨日なかなか寝付けなかったよー」
「ふふっ。ソワソワしてたもんね~」

 ジュードさんと一緒に一階に降りると、ガルドさん達が待っていてくれた。事前にルシールさんから渡されていたシンプルなエプロンを着用していて、彼らも準備万端みたい。
(イケメンのエプロン姿……眼福だわ。ご馳走様です!)
 挨拶した私達を見て、ガルドさんは「セナ達はまだ着てねぇじゃねぇか……」とジュードさんを睨んだ。

「似合ってるよ?」
「宿の支配人にすげぇ見られたんだぞ……」
「早く行こうよー」

 ガルドさんは慣れなさすぎて落ち着かないみたい。
 睨まれたジュードさんは、気にもせずにみんなを急かす。無視されたガルドさんをコルトさんがドンマイとでも言うように肩を叩いた。

 宿に迎えに来てくれた馬車に乗り込む。以前キアーロ国で乗った、辻馬車みたいな馬車。屋根はないけど十人ほど乗れるため、今回はガルドさん達も私達と同じ馬車。

 あのお食事会のとき、私が欲しがった食材が一ヶ月後に収穫の最盛期を迎えると教えてもらったんだよね。
 どうせなら新鮮な食材の方がいい。ルシールさんに伝えると、自分達が欲しい分は収穫させてもらえることになった。
 あのときは、まさかレシピ使用の件でこんなに時間がかかると思ってなかったから、どう時間を潰そうかと思ってたんだけど……結果は杞憂で終わったよね……
 ……まぁ、過ぎたことはいい。そんなことより今日はいっぱい収穫しないと!

 ルシールさん宅を経由して、待っていたルシールさん達が乗っている馬車の後ろに続いて、街の外へ。

「セナ様、お体が冷えてしまいます。こちらをお飲み下さい」
〈ジルベルト、われにも〉
「はい、ただ今」

 ジルが渡してくれたのはジンジャーティー。蜂蜜が入れてあって、生姜のピリッとくる刺激がマイルドになっていた。
 紅茶を飲んでいると、日が昇り始め、辺りが明るくなってきた。

「わぁ! キレイ……」
『あら、本当ね』

 暗いうちは気が付かなかったけど、周囲はすでにサフロームの花畑だった。
 花びらに付いている夜露が朝日をキラキラと反射している。
 隣りから「可憐な花畑にセナ様……まるで舞い降りた天使……」なんてジルの呟きが聞こえてきたけど、スルーだ。スルー。私なんかより花畑を見て!

 馬車は一定のスピードで進み、花畑の奥には畑が広がっていた。
 畑エリアに差し掛かると、ジュードさんは「あれはポテ芋かなー? あっちはキャロ?」と植えてある野菜を予想し始めた。そんなジュードさんに、それまでずっと黙っていた御者のおじさんが笑いながら「当たりです」と反応した。おじさんに「やっぱり!? あの奥に見えてる大きな葉っぱは何!?」と話しかけるジュードさんに、ガルドさんは苦笑い。

 私達が止まった馬車から降りると、ルシールさんが寄ってきた。
 畑仕事だからか、今日はがっちり割烹着にほっかむり姿をしている。

「お好きな物をお好きなだけ収穫して下さい。この畑の周囲には魔物避けが施してありますので、魔物に襲われる心配はありませんわ」
「はーい。ありがとうございます!」

 ジュードさんはすぐに畑に向かって行った。
 私達もエプロンを着て、いざ! 収穫!

 グレウスに頼んで地面を波打たせてもらう。根っこからキレイに抜けて倒れた物を集めて鞘を確保。
 これは私が欲しかったそら豆。この世界ではヴィキファーヴァなんて長い名前だけど、日本のそら豆との違いは色だけで姿形は同じ。鮮やかな蛍光黄緑色の鞘に蛍光緑色の豆が入っている。
 枝豆と同様に根っこから抜いて大丈夫なのが楽チンだ。確か日本では鞘だけ収穫だったと思うけど……育てていたワケじゃないから、自信はない。

 そら豆を大量に確保したら、次はスナップエンドウとサヤエンドウ。これは大ミド豆と太ミド豆。名前が違うだけで、色も形も同じ。これも根っこから抜いた後、摘み取る。

 大量の豆と格闘しているとお昼になってしまった。
 朝早くからの作業をしていたから、おなかはペコペコ。
 ラグを敷いて、昨日作っておいたサンドイッチとコロッケパン。私的にはおにぎりのお弁当にしたかったんだけど……ルシールさんが一緒なことを考えて、パンになった。

 お昼ご飯を食べ終わった後は、最後の農作業が待っている。
 これは私が一番感動したフキ。北海道で採れる、日本最大のフキ! しかも名前も同じ!
 北海道に旅行に行ったときに、ホテルの朝食バイキングで食べたフキの煮物が超美味しかったんだよ!
 ルシールさんの晩餐で出てきたのは、輪切りステーキだったんだけど……鑑定した瞬間、思わず声を上げちゃってみんなに驚かれた。

「思ってたより大きいねぇ」
「そうですね……ここまで大きいとは思っていませんでした」
〈セナが作ったパラソルみたいだな〉

 この世界のこのフキの高さは五メートルくらい、太さは十五センチほどもあった。
 気合いを入れて、根元を風魔法でカット。グレンとジルに協力してもらって、さらに扱いやすい長さにカットしたものをクラオルとポラルにまとめてもらう。

 夕方まで刈り取り作業をして、私は大満足。
 ジュードさんも満足したみたいで帰りの馬車もテンションが高かった。

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