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第二部 10章

勘違い男と非常識女

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 アーロンさん達と話していると、誰かが私達のいる執務室に近付いて来る気配がする。
 ドナルドさんも「ん?」と顔を上げ、ドアを注視。

「なんだ? どうした?」
「誰か来たよ」

 私が言った瞬間、ノックもしないでドアがバタン! と勢いよく開け放たれた。
 入って来たのはジルと同じくらいの年齢の少年。
 少年を見た瞬間、グレン、ジル、精霊達が揃って私を庇うように立ちはだかった。
 チラッとしか見えなかったけど……なんか見たことあるような、ないような……

「叔父上!」
「なんだ騒々しい! お前はノックもできないのか?」
「ここへあの少女が来ていると聞きました!」

 入ってきた少年はアーロンさんが冷たく注意しても聞く気がないらしい。
 少女って私だよね? っていうか誰だよ……

《((セナちゃん。あの子、セナちゃんのストーカー。ニャーベルの魔物大量発生スタンピードのダンジョンに入ってった子よ))》
「((え!? マジ!? アーロンさんが罰を与えるって言ってなかった??))」

 プルトンが念話で教えてくれたけど……ぶっちゃけあの少年の顔、覚えてないんだよね。街で見かけたときもみんなに言われてすぐ離れちゃったし……
 それにしても「叔父上」って呼ばれてるのにアーロンさんの声がめちゃくちゃ低いんだけど……私との初対面のときより冷えっ冷えだよ!

「だったらなんだ? お前には関係ない。井戸掃除をしろと言っておいたはずだ。さっさと戻れ」
「なぜ王族であるボクが毎日毎日、井戸掃除など!」
「国の恩人を付け回し、立ち入り禁止エリアに侵入。実力もないのにダンジョンに無断で入り、そのことで冒険者ギルドに多大な迷惑をかけた。大罪だろうが! 処刑されないだけありがたいと思え」

 あぁ……なるほど。処罰は任せて欲しいってそういうことか。
 アーロンさんのこの底冷えしそうなくらい怒りが滲んだ声から、アーロンさん的にはもっと重い罰を下したかったことが窺える。
 多分、王族だから許されたけど、プライドをへし折るように井戸掃除に従事させた感じ? この様子じゃ折られてなさそうだけど……一応街に貢献できるし、井戸の中なら人に迷惑かけなくて済むもんね。

「大体、このエリアには入るなと命じていたはずだ。さっさと戻れ!」

 アーロンさんが怒鳴り声を上げると、もう一人誰かが執務室に飛び込んできた。

「ハァハァ……も、申し訳ございません……ちょっと目を離した隙に……」

 ゼェゼェと息を切らせて、謝る声が聞こえてきた。
 グレンの背中から覗いてみると、執事服を着ている青年が肩で息をしている。この子と一緒にいた執事君かな?
 少年の方をチラッと窺うとバチッと目が合ってしまった。

「やっぱりそうなんだな! お前ボクに惚れてるんだろう!?」
「「「「はあ?」」」」

 執務室にいる全員の声が揃った。
 え? この子何言っちゃってるの?? どこをどうとって私が惚れてるなんて勘違いをしたワケ?

――ボンッ

 私が呆気にとられている間に、少年の顔のすぐ横を火の玉が通って壁にぶち当たった。

「えぇ!? ちょっとグレン!」
〈なぜ止める! このバカに立場をわからせてやる! まさか惚れてるとか言わないだろ?〉
「顔すらまともに見たの初めてなのに? なんにしても、ここはアーロンさんの執務室だから魔法はダメだよ。高そうな調度品が壊れちゃうでしょ?」
〈だが!〉
「落ち着いて? ジルも」
「ですが!」
「よし、じゃあ拘束しよう! それならいいでしょ? クラオルお願い」
『ギッチギチにやってやるわ!』
「え……」

 私が止める前に、フンス! フンス! と鼻息を荒くして、クラオルが少年を拘束してしまった。猿ぐつわまでキッチリと施してから私の頬にスリスリしてくる。
 まぁ、アーロンさんが何も言ってないかいいかな?

 アーロンさんに向き直ると、「すまん」と頭を下げられた。

「えっと……状況がよくわからないんだけど……」
「こいつは俺の姉の子供で、俺の甥にあたる。王族だから簡単に処罰できなくてな……セナへの付き纏いやその他のことから、継承権を剥奪し、王都に着いたその日から罰として井戸掃除をさせていた。期間は王都中の井戸掃除を終えるまで」
「なるほど……」

 予想は当たってたのね。でもなんで惚れたなんて言われるのかがわからない。
 私が首を捻っていると、また違う気配がここに向かってきた。
 開けっ放しのドアから姿を現したのは、今の私よりも少し年上くらいの少女。

「お兄、ざまぁないわ! 噂の子はわたしの侍女になるんだから!」

 少女が腰に手を当てて、フンッと言い切った。
 アーロンさんは重いため息吐き、「本当にすまん。アレも拘束してくれ」と少女を指さした。
 クラオルがつるを伸ばすと、「なんでわたしまで!」と抵抗してきたので、グレンに威圧してもらう。白目剥いてピクピクしてるけど、国王の命令だから無問題モウマンタイ

〈アーロン、われらにケンカを売るか? 買うぞ?〉
「すまない。売ってないし、買わんでくれ。とりあえず邪魔だから運ばせよう。ドナルド」

 アーロンさんに声をかけられたドナルドさんは無言で首肯した後、少年少女に手の平を向けて何か呟いた。
 ドナルドさんから魔力が発せられると、唸っていた少年少女はカックリと首を折って目を閉じた。眠らせたらしい。
 その少年少女を両手に抱えて、ドナルドさんはどこかに連れて行った。執事君は申し訳なさそうに頭を下げてドナルドさんに続いた。

「はあ……重ねてすまん……」

 このよくわからない一悶着でアーロンさんは十歳くらい老けて見える。

 どういうことか聞いてみると、あの山越えの野営地で私がスープを売ったことが好き好きアピールだと思われたらしい。
 少女に至っては、王城で食べたカレーとベビーカステラにハマり、自分の侍女になれば他の料理も作ってもらえると考えていたらしい。
 二人共アーロンさんが「ありえない」と否定しても聞く耳を持たなかったから、私に会わせないようにしてくれていたんだそう。

「姉上が全てちからで解決するタイプで、あの二人もそうだ。確かにこの国は強い者が王になるが……さすがにそれだけじゃない。ただ、同年代では負けなしでな……正直、俺も手を焼いている」
「なるほど」

 脳筋タイプか……そして調子に乗ってると。
 アーロンさんがこんなにくたびれた感じになってるのは、何回も言い聞かせたけど聞かなかった感じだろうな……アーロンさん王様なのに威厳がないじゃん。
 アーロンさん本人が一般人と近い分、あの子達の感覚も緩そう。その辺りもお国柄かな?

「罪の重さ的に処刑は無理だが、何か希望の処罰があれば聞く」
〈今後一切われらに近付かせるな〉
「それはもちろん。セナの希望はあるか?」
「うーん……」

 果たして、アーロンさんが言っていうことを聞くかどうか……多分だけど、納得しなきゃ聞かないと思うんだよね。

「あ! いいこと思いついた!」
「ん? なんだ?」
「あのね……」

 私が思いついたアイディアを説明すると、グレンが〈それは面白い〉と膝を叩いた。
 アーロンさんには「本当にいいのか?」と確認され、ガルドさん達は「危なくないか?」って言われたけど、クラオルからはOKが出た。
 ただ、ジルだけはちょっとご機嫌ナナメになっちゃったから、後でおやつを出して許してもらおう。

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