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第二部 10章
マースールー迷宮たる所以【13】
しおりを挟む感傷に浸る間もなく、鳴き声が聞こえてきて下を見ると、小さな猿が私を見上げて鳴いている。シンバルや太鼓を持ったぬいぐるみのように可愛らしい。
〈なんだコイツは?〉
「グレン! 無事でよかった!」
声が聞こえてエルミスの肩口から覗くと、グレンがこちらに向かって歩いてきた。
グレンは人間の姿に戻り、ケガらしいケガもしていなさそう。私が手を広げると、グレンはエルミスから私を受け取って抱きしめてくれる。そこへクラオル達が肩を登ってきた。
「大丈夫なのか? ケガは!?」
「大丈夫! ガルドさん達は?」
「ウェヌスとルフスが回復してくれたから何ともない」
「よかった!」
走り寄ってきたガルドさん達に私が笑顔を向けると、ガルドさん達は「心配した」と代わる代わる頭を撫でてくれた。
全員無事な姿にホッと胸を撫で下ろすと、再び『ウキュ~』と鳴き声が聞こえた。
鳴き声の主の小猿は消えていなくて、見間違いじゃないみたい。
小猿はグレンに登って来ようとして〈セナに近付くな〉と軽く蹴り飛ばされた。
『キュー……』と鳴きながら頭をプルプルと振り、ジャンプしてみせた。
「この子ってさっきの大猿?」
『キュ!』
『そうらしいわ』
大きく頷いた小猿を見ながらクラオルが教えてくれた。
『キュ~。キュキュキュ、キュッキュ!』
『え? どういうこと?』
「何て言ってるの?」
『〝おめでとう。プレゼントがあるよ〟って』
「プレゼント?」
私達は意味がわからず首を傾げた。
〈信用できるか! 我が殺してやる!〉
『キュキュ』
〈無理とはどういう意味だ!〉
『キュキュキュ~』
〈はぁ!?〉
グレンと小猿の会話を聞いていても、小猿の言葉がわからない私はクラオルに通訳をお願い。
クラオルが教えてくれた内容をまとめると……あの大猿は変身した姿で、このぬいぐるみバージョンが本来の姿。ダンジョンボスだけど、ダンジョンから生まれたワケではない。命令されてここで人が来るのを待っていた。見事試練をクリアした私達にご褒美がある。とのことだった。
「ちょいちょい気になる単語が入ってるんだけど……」
ただ、嘘ではないっぽい。
小猿の言葉もクラオルの言葉もわからないガルドさん達はウェヌスが通訳してあげていた。
案内してくれるらしいので、落ちていた私の刀とドロップ品を回収して付いていく。
ガルドさん達は「何があるかわからない」と武器を構えたまま私達の後に続いた。
小猿に案内されたのはボス部屋の奥……続き部屋。通常ならばボスを倒さなければ開かないハズの扉は、小猿が手をかざしただけでゆっくりと開いた。
続き部屋は薄暗く、神秘的で厳かな雰囲気の神殿の一室のようだった。いったい幾年を経過したのか……おそらく何千年という途方もない月日。壁には蔦が這い、ホタルのような光源がポワポワと浮かんでいる。
真ん中に武器や防具が山のように置かれていて、そのど真ん中に大きな石碑が鎮座していた。
「はわぁ……」
雰囲気に呑まれ、開いた口が塞がらない。後ろから「すげぇな……」と呟くガルドさんの声が部屋に反響した。
〈最奥か……?〉
グレンが呆然としながらも確認するように呟くと、小猿が『キュッ』と答えた。
小猿はそのまま武器と防具の上を走って石碑の前に着くと、置いてある兜を踏み台にクルッと一回転。
私達を呼んでいるらしい。
誘われるまま近付き、石碑を見てみると、古代文字が彫られていた。
「まずは試練クリアおめでとう。ここにある武器と防具は、この試練に勇敢に挑みながらも残念ながら脱落してしまった者の遺品だ……」
おそらく古代文字が読めないだろうガルドさん達に聞かせるように私は文字を言葉にして読んでいく。
――ようやく戦が終わり、私は建国した。私は国土を回り、国民の様子を見て回った。国の名は決めていなかったが、いつの間にかシュグタイルハン国と呼ばれるようになってしまった。
月日が流れても世界は未だ混乱を極めていた。神殿を作り、神に平和を祈願する日々。
そんなとき、私の国からそう遠くない地域でまた争いが起きた。私の国は今のところ乱れてはいない。しかし、この国がいつ戦火に襲われるかはわからない。
他人を思いやり、助け合う……そんな優しい未来が来て欲しい。だがこの戦乱の世で他者を護るには力が必要だ。一人だけ強くてもダメだ。皆が協力し合わなければ。
私は願った。〝護れる力を育てられる場所が欲しい〟と。私の想いが通じたのか……ある日、神が現われて私の願いを聞いてくれた。
それから数日、神と話し合いの日々を送った。
その結果、この神殿に試練を設けることになった。
ただ鍛えるだけではダメだ。他人を配慮できなければ、その力を悪用されてしまう。それを防ぐため、私の従魔であるカイザーコングの子供を最後の〝見極めるための試練〟とすることにした。
その試練を仲間と助け合い、突破したキミ達を誇りに思う。
願わくば……育ったその力が悪しきことに使われないことを願っている。
シュグタイルハン・シュタイン――
全部を読み終わって「ふぅ」と息を吐いた。
わからなかったことがわかったけど、解決していないこともあるし、さらに疑問が浮かんでくる。
この話に出てくる神は多分……魔女おばあちゃん。
「神殿を試練にするにあたってダンジョン化させたってこと?」
確かパパ達は以前、勝手にできるって言ってなかったっけ?
自然発生とは別に作れるってこと? ダンジョンボスに従魔を指定とかできるもんなの?
私が首を傾げながら考えていると、小猿が鳴きながら何回もジャンプして注意を引いた。何か伝えたいことがあるらしい。
小猿は私と目が合うと、一度頷いてから部屋の奥へ向かった。振り向いては手招きして私達を呼んでいる。
付いて行くと、小猿は壁の前で止まり、壁のある一点を指さした。
指先に視線を移すと壁に魔石が埋め込まれている。魔力を込めろということらしい。
グレンに抱っこされたまま、私が魔石に魔力を流すと、魔石が淡く発光して魔法陣が壁に浮かび上がった。
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