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第二部 10章
マースールー迷宮たる所以【1】
しおりを挟むギギギギギィィーと、軋む音を響かせながら扉が開いた。
扉の先には……二足歩行の大きな馬がボディビルダーのようにポーズをとっていた。
「「「「「「……」」」」」」
威嚇するでもなく、襲いかかってくるわけでもなく、『ヒンッ』と鳴いてはポージングを変える、海パンみたいなブーメランパンツを穿いた……マッチョな馬。
予想外のボス部屋の主に、私達は開いた口が塞がらない。
〈なんだアレは……〉
『う、馬よね? なんでポーズ取ってるの……』
グレンもクラオルも動揺しているのが伝わってくる。
私には某有名RPGの敵キャラにしか見えない馬は、呆然とする私達を一瞥して、再びポーズを取った。
「いやいや! キリがないから!」
思わず私がつっこむと、人の言葉がわかるのか、不機嫌そうに『ヒヒン!』と鳴いた。
「言葉がわかるのでしょうか?」
〈わかったところで邪魔なだけだ。我が力の差を見せてやろう〉
グレンがカッ! と目を開いて威圧をかけると、マッチョ馬は地面に膝を付いた。付いたけど……ちょっと嬉しそうなのは気のせいだろうか?
グレンがそのマッチョ馬を殴り飛ばすと、マッチョ馬は勢いよく壁にぶつかって床に落ちた。
顔を上げたマッチョ馬は鼻血を出しながら、瞳をキラキラさせている。
「え、なんか気持ち悪いんだけど……」
「セナ様、見てはなりません。グレン様に任せましょう」
『ネラース達もよ。教育に悪いわ。プルトン』
《はーい!》
ジルに手で目隠しをされ、クラオルがプルトンを呼ぶとプルトンが魔法を使ったのがわかった。
目隠しを外されると、黒い壁に囲まれていた。マッチョ馬が見えないように、プルトンが黒い結界を張ったらしい。
ガルドさん達にも姿を見せながら結界を張ったらしく、ガルドさん達は特に混乱していなかった。
「お、おい。任せて大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思う。私達は休憩してよ?」
さっき休憩したばかりだけど、私が敷き布を出すと困惑しながらも、ガルドさん達も座ってくれた。
ドン! バコン! と激しい音を立てているけど、私達がいる結界から離れたところで戦ってくれてるみたい。
何回殴っても立ち向かってくるのか、グレンが〈あ゛ぁー! 気持ち悪い顔を向けるな!〉と叫んだのが聞こえた。
続けて、プルトンが結界を張っているのに熱波が私達にも襲いかかり、エルミスとアクランが魔法で防いでくれた。グレンが怒りに任せて炎をぶつけたみたい。
〈セナ、終わったぞ!〉
「はーい!」
グレンの声でプルトンが結界を解除すると、壁や地面が丸焦げで炎の威力を物語っている。それを見たガルドさん達の顔が引きつった。
ドロップ品は馬肉ブロック。鑑定して生でも食べられることを確認。これには、馬刺しが食べられると私は大喜び!
意気揚々と七層に降りた。
七層は普通に魔物が現れたんだけど……
「なんで、出てくる魔物全部ブーメランパンツ姿でマッチョポーズしてくるの?」
オークみたいなのも、熊も、ウルフも、鹿も、遭遇する魔物は全てマッチョ体型で、ボディビルダーみたいなポージングをとる。
『知らないわ! ネラース達! 主様の視界に入れないようにさっさと倒しなさい! 全く、主様のおめめが腐るじゃないの……』
さっきはネラース達にも見せないようにしてたのに……
クラオルが命令すると、ネラース達は元気に返事をしながら魔物に向かって行く。
ネラース達の勢いにガルドさん達は驚いていた。
ネラース達が狩ってくれた魔物のドロップ品は小ビンに入った粉。しかも赤色・黄色・灰色・紫色・蛍光黄色・オレンジ色……と色とりどり。
鑑定してみると【マッスル粉(微々)】という粉で〝強くなれる粉〟らしい。注意事項には〝水に溶かして飲みましょう〟と書かれていた。
まさかと思って粉を少量舐めてみると…………そのまさかだった。
「プロテインかよっ!」
ダンジョンの洞窟内に私の声が響き渡った。
〈なんだ? 美味いのか?〉
「味は付いてるけど、美味しくはないよ……簡単に言えば筋肉増強剤。水に溶かして飲むと、筋肉を付きやすくして……あーやって、マッチョになれるんだよ……」
私が指さした先にいた魔物は、アクランによって氷漬けにされた。
「なんで入った人が、見た目が変わったとか、強くなったとか言われてたのか理由がわかったね……」
「これ飲んだってことー?」
「飲むだけであんなになるのか?」
「運動の前後に飲むんだったかな? 後だけだっけ? ちょっと忘れちゃったけど、運動が必要だよ。でもダンジョンだと魔物と戦えばいいだけだから……」
質問されたジュードさんとガルドさんに説明すると、納得してくれたみたい。
多分、プロテインダイエットとかあったくらいだから、満腹中枢刺激するんだよね? 食料なくなって飲んだとかだろうな……
「なるほど。ある意味効率がいいですね。魔物を倒せば粉と力が手に入るわけですから、飲んで倒してと繰り返したのでしょう」
「なるほどねー。オレっち飲んでみたい!」
「えぇ!? ホントに?」
「ダメー?」
「いや、ダメじゃないんだけど……」
モルトさんの推測を聞いて、ジュードさんがキラキラとした瞳を向けてきた。多分、味が気になるんだと思う。
ただ、ハマって飲みまくって、ボディビルダーみたいなマッチョにはなって欲しくない。
グレンもジルも試してみたいらしいので、全員で試すことになった。
コップに水を入れて、各々好きな色の粉を溶かす。マドラーで混ぜると、粉はすぐに溶けて水に色が付いた。
『ほのかに甘いけど、あんまり美味しくないわ……』
『はい……ボク、主のおやつの方がいいです』
クラオルとグレウスはお気に召さなかったみたい。
よかった! 可愛い可愛い私の癒しがマッチョになるとかショックすぎるもん!
精霊達も試したけど、一口飲んだ後コップを逆さまにして中身を捨てていて、ネラース達も『美味しくない』とエルミスに口直しの水を頼んでいる。
「あまり美味しくはありませんが、強くなれるなら僕は飲んだ方が……」
「ジル! 私は普段のカッコイイ、ジルがいいよ! ゴリゴリ・ゴリマッチョは嫌! そのままでも充分強いから!」
「ですが……」
「お願い!」
ちゃんと計算して飲めばいい感じの筋肉が付くとは思う。でも私は最適な用法用量を知らないし、この世界の大食い加減を考えたらグビグビ飲まれそう。
既に子供とは思えないくらい筋肉で引き締まった体つきなのに、ボディビルダーみたいになって欲しくなくて私は必死だ。
私が頼み込むと、ジルは「セナ様がそう仰るのでしたら」と諦めてくれた。あまりの嬉しさに、抱きついちゃったのは許してもらいたい。
残るグレンも、ガルドさん達も好みの味じゃなかったらしい。
私は一人でホッと息を吐いた。
「なんか口の中がモアモアするねー」
「昔なら飲めただろうが、今はセナとジュードの飯食ってるからな……」
「ジル君、自分とコルトに紅茶いただけませんか?」
「あっ! ずるいー! オレっちも!」
「俺も頼む」
眉間にシワを寄せてジュードさんとガルドさんが話していたけど、モルトさんの要望に便乗した。
七層の魔物は襲いかかってこず、筋肉を見せようと必ずポージングを取る。その間にネラース達に狩られちゃうんだけど……
ネラース達に再び狩りを任せ、私達はジルの紅茶を飲んで喉を潤した。
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