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9章

一人の理由

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 ガルドさんの腕がゆるまって、膝立ち状態のガルドさんと正面から向き合った。

「みんな心配していたんだぞ」
「勝手にいなくなってごめんなさい」
「俺達を助けるためだろ? ケガは?」
「ケガは大丈夫。ごめんなさい……」
「お前さんが無事ならいい」

 ガルドさんは再び私をギュッと抱きしめた後、頭を撫でてくれた。
 懐かしい感触に本当に会えたんだと実感が湧いてくる。

〈セナ〉
「セナ様……」

 グレンとジルに呼ばれて振り返ると、グレンはしかめっ面でジルは心配そうな顔をしていた。

「紹介するね。私を助けてくれたガルドさん。ガルドさん、大きい方がグレンでもう一人がジルベルトのジルだよ。他の子は後で紹介するね」
「お、おぉ。とりあえずグレンとジルベルトだな。よろしく頼む」
〈フンッ〉
「ちょっと、グレン!」
「よろしくお願い致します。セナ様、往来ですので場所を移してはいかがでしょうか?」
「そうだね。ガルドさんは大丈夫?」
「あ、あぁ。そうしよう」

 そっぽを向くグレンにガルドさんは苦笑いして、場所を移動することを了承してくれた。

『主様、その前に兵士とギルドに会えたことを伝えた方がいいと思うわよ?』
「あ、そうだね。お願いしてたから、たぶん私達のこと探してくれてるだろうし」
「なんだ?」

 不思議そうに聞いてくるガルドさんに説明すると、一緒に行ってくれることになった。


 兵士さんは私が泊まっている宿に一度報告に走ってくれたらしく、手間を取らせた謝罪とお礼を言うと「お気になさらず! 会えて良かったです!」と言ってくれた。
 手を繋いでギルドに着くと、ネルピオじいが微笑ましく迎えてくれ、応接室を貸してくれることになった。

 応接室のソファに座り、ジルが淹れてくれた紅茶をセットしてから本題へ。

「さっき呼ばれてたのが名前か?」
「うん。思い出したの。私の名前はセナ。セナ・エスリル・ルテーナ」
「そうか……良かった。セナか……いい名だ。…………他の子ってのはそのヴァインタミアか? 金色の方は前もいたよな?」
「うん。クラオルだよ。コッチの薄い灰色の子がグレウスで、蜘蛛のポラル」
「うおっ! 蜘蛛もいたのか……クラオル? 前は違う名で呼んでなかったか?」
「あの時は契約してなかったの」
「契約してねぇのにあんなにくっ付いてたのか……」

 なぜかガルドさんは疲れたように呟いた。
 そんな疲れさせちゃうようなこと言ったかな?

「大丈夫?」
「あぁ……大丈夫だ。それで、俺達と離れた後どうしてたんだ?」

 仕切り直すようにガルドさんに聞かれて、キアーロ国でのことを簡単に話していると途中で「ちょっと待て」と止められた。

「ちょ、ちょっと待て。グレンは従魔なのか?」
「うん。そうだよ。赤いドラゴン」
〈セナ、われ古代龍エンシェントドラゴンだ。その辺のドラゴンと一緒にするな〉
「ありゃ。ごめんね?」

 グレンはガルドさんと会ったときからちょっとご機嫌ナナメだ。雰囲気がピリピリしてる。
 落ち着いてもらおうと、ラスクを出すと、ボリボリと食べ始めた。

古代龍エンシェントドラゴン……」
「普段は人型になってもらってるの。優しいし強いんだよ」
〈ふむ!〉

 私が褒めるとちょっと機嫌が良くなって、ラスクを食べるスピードがゆるくなった。

「いや……強いのはわかる。まさか……」
「ん? あぁ! ジルはエルフだよ。ジルは紅茶を淹れるのが上手だよ。今までで一番美味しいの!」
「そうか……」

 ガルドさんはソファの背もたれに体を預け、こめかみを押さえた。
 え? 私何か変なこと言った?

「大丈夫? 頭痛いの?」
「んあぁ、大丈夫だ……」

 大丈夫そうには見えなくて、こっそりヒールをかけてあげると驚かれた。バレないようにやったのに!

「お前なぁ……はあ。回復もできんのかよ……まぁ、おいおいと聞いていこう」
「ねぇ、ガルドさん。他の三人は? ケンカしたの?」
「あぁ……それは……いや。あいつらも会いたがってるしな……それに見た方が早いよな……だが……」

 よくわからないことを呟いて、ガルドさんは私に「会わせられない」と言った。

「なんで!? みんな私のこと嫌い? ……もう会いたくない?」
〈貴様……さっきの言葉は嘘だったのか?〉

 みるみるうちに私の目に涙が溜まっていくと、グレンが魔力をまといながらグルグルとノドを鳴らした。
 ジルまで目を鋭く細めて今にも攻撃しそう。

「違う! 違う……そうじゃねぇ! ああー! 泣くな。あの村は今ヤバいんだよ……」

 グレンに抱きついて頭を撫でられている私が、否定したガルドさんを見上げると、ガルドさんは泣きそうなくらい悲痛な面持ちだった。

「ぐずっ……ヤバい? どういうこと?」
「あいつらは今眠ってるんだよ……眠ったまま起きないんだ……」
「え? 起きない?」
「俺達の話をしよう……」

 ガルドさんが語ったのは、私と離れた後の話。
 私のことを心配していたこと。あの一件を報告したことでギルドランクが上がったこと。ランクアップしたせいで指名依頼が増えたこと。私を探す旅をしていたこと。そして――国境を越えている最中にコルトさんが大怪我をしたこと。持っていた薬草を全て使って、なんとか一命を取り留めたこと。コルトさんを一番近い村に運ぶと「受け入れられない」と言われたこと……

理由ワケを聞いたら村人が何人も眠ったまま起きないと言われた。だが、コルトを休ませないとヤバかった。だから無理言って泊めてもらった。村のポーションを譲ってもらってコルトのケガは治ったが、起きなかった……コルトが起きなきゃ移動できない。眠ったままのコルトにポーションを飲ませ続けること数日、今度はジュードが起きなくなった。その数日後にはモルトまで。俺は三人に飲ませるポーションを買うためにこの街まで出てきた」
「そんな……」
「俺は簡単な依頼を受けて、ポーションや村人に配る食材を買って村に戻るのを繰り返している。あの村は今じゃ半数以上が眠ったままだ。そんなところに連れていけない」
「……眠ったままってなんで? 大丈夫なの?」

 あまりの内容に質問する声が震えてしまった。私がのんびり旅をしていた間にそんなことになってただなんて……
 グレンも怒りが霧散したらしく、先程のピリピリ感はなくなっていた。
 ガルドさんは悲しそうに目を伏せて「俺が聞きてぇよ。三人とも痩せちまってるからな……最後にお前さんに会わせてやりたかったが……」とだんだん声が小さくなっていった。

「そんな話この街で聞いてない! 話題になりそうな内容なのに!」
「特効薬がないか聞いたときに伝えたが信じてくれなかったんだよ……道具屋に聞いてもそんなもんねぇって相手にされなかったしな」
「そんな……」
「俺だけ無事でもな……代わってやれるなら代わってやりてぇんだがな……」

 嫌だ。ガルドさんもジュードさんもモルトさんもコルトさんも私にとっては大切な人だもん! 誰がいなくなってもイヤ!
 グレンやエルミス達に聞いてもそんな症状は聞いたことがないらしく、首を傾げていた。

「行く。どこの村?」
「は? 話しただろ? 会わせられねぇ」
「ヤダ! みんなに会いたいもん!」
「ダメだ!」
「ヤダヤダ! ヤーダー!」

 ガルドさんは駄々をこねる私を見て目を丸くしながらも、再び「ダメだ」と拒否した。
 でも私は折れるつもりはない。鑑定すれば何かわかるかもしれないし、みすみす見殺しなんか納得できない。なんとかするために足掻あがいて足掻あがいて足掻あがきまくりたい。何もしないで後悔なんてしたくない。

「むぅ……わかった。いいもん。調べるもん」
「なっ! はあ……わかった。そ・の・か・わ・り! 大人しくしてろよ?」
「ありがとう!」

 いろいろ調べたいし、大人しくはできないと思う。
 ニコニコと笑顔で乗り切ろうとすると、諦めたように大きなため息をつかれた。

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