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8章
カレー臭の城と心の叫び
しおりを挟む昨日のぼせたせいでグレンとジルの過保護具合が増して、リシクさんのお迎えの馬車ではグレンの膝の上に座らされた。
「そんな心配しなくてももう大丈夫だよ? エルミスが氷タオルで頭冷やしてくれてたし。グレンは今日もお出かけの予定だったんでしょ?」
〈セナの方が大事だ〉
「今日は匂いが染み付かないようにもう結界張ったから大丈夫だよ」
「具合が悪いのですか?」
私達のやり取りを聞いてリシクさんにまで心配されてしまった。
大丈夫だと説明すると、納得はしていなさそうだけど「無理はしないでくださいね」と一言添えて引き下がってくれた。
◇
お城に入ると既にカレー臭が漂っていた。
「まだ廊下なのに、もうほのかにカレーの香りがするね」
「昨日からずっとですね。城全体に香りが漂っています。今日もセナ様に少しでも追いつこうと既に作り始めています。朝食もドライカレーでした」
「そうなんだ……」
飽きないのかな? でも練習しないと上達しないのか……カレー粉をイチから作るワケじゃないから、まだ簡単だと思うんだけど……しかも私が細かい調味料の量も決めたし。
カレー臭のお城とか、みんなの服とか部屋の調度品とか大丈夫なのかな?
厨房に着くと、カレー屋さんかと思うくらいカレーの匂いが充満していた。
これは昨日より確実に匂いが染み込むね……
グレンは私を厨房まで送ってくれ、〈絶対に無理をするな〉と念押ししてから街に戻っていった。
「おはようございまーす」
「おっ! 先生! 早速味見してくれ!」
「はーい」
料理長に言われて味見をすると、昨日よりはちょびっとだけマシになっていた。
料理長からの味見を頼まれると、すぐに違うグループからも味見を頼まれた。直すところを伝えて再び作ってもらう。
作り終わった練習のカレー鍋は味の調整をしてお昼ご飯のストックにしておく。
作っているところを見ていてわかったけど、どうも味の微調整が苦手らしい。毎回調味料を入れる順番やタイミングもバラバラで、鬼姑のように注意して回ることになった。
調理の練習をすること二日、やっと人様に提供できるカレーが作れるようになった。まぁ、日本の家庭で作った程度で、プロや本場の人が作るものとは違うんだけど……その辺は教えてる私が一般人だからご愛嬌ってことで。
甘口・ノーマル・辛口・激辛と辛さのバリエーションもできた。
私が「大丈夫」だと伝えると、厨房では歓声が上がり、中には泣き出す人まで現れた。
「先生の教えを忘れないように週に一度、光の日をドライカレーの日とすることにした!」
「マジか……」
「先生が前に言ってただろ? それで陛下から許可をもらった」
言った。確かにちょろっと海軍の週一カレーの話しをした。まさか採用されるとは……まぁ、兵士の人が納得してるならいいのかな?
「お? なんだなんだ?」
「陛下! ついに……ついに先生に認めてもらったんだ!」
「おぉー! そりゃめでたいな!」
厨房に現れたアーロンさんは「これからも精進してくれ」と料理長の肩を叩いていた。
◇
アーロンさんに連れられて執務室に着くと、ギルマス二人とリシータさんが待っていた。
「どうしたの?」
「セナにこれを確認してもらいたいんだ」
アーロンさんがテーブルの上に乗せたのは、私がゲーノさんに作ってもらったものより大きなたこ焼き器だった。
「タルゴー商会のレシピで職人に作らせたものだ。試してくれ。オレはアレが食いたい」
「なるほど。食べたいから作れってことね」
「そうとも言うな」
希望通りにベビーカステラを作ってみると、ちゃんと焼けたので問題はないと思う。
「ムホォォォ! コレも素晴らしい味ですナ!」
「美味い……」
「おっ、美味しいですっ!」
ギルマス達とリシータさんも気に入ってくれたらしい。
ドライカレーとベビーカステラとすき焼きのレシピを登録して、ひと段落。
三つともお城の食堂メニューになるのが既に決定しているらしい。
タルゴー商会の全面的なバックアップの下、ドライカレーとベビーカステラは街の屋台でも売り出すんだそう。その人達のレッスンもしなきゃいけなくなってしまった。
「なぁ、城でベビーカステラを作るとしたら誰が適任だと思う?」
「うーん。赤茶色の髪の毛の見習いの子かな? 器用そうだったし、口頭で伝えてた注意もちゃんとメモ取ってたのはあの子だけだから」
「赤茶色の見習いだな。わかった」
「あ! そうだ! あのオジサン!」
「オジサン?」
あの美味しいオリジナル果実水のお店のオジサンなら、お店の料理として出すのもウェルカムだ。まぁ、希望してくれたら……なんだけど。
「信用できる人だと思うんだよね。連日お城に来てるから一回しか食べに行けてないんだけど」
「うっ、すまん。だが、本当に信用できるのか?」
「うんとね、わかんない。ただの勘。でも嫌な感じはしないの。初日に案内してくた兵士さんが穴場だよって教えてくれたんだよね。それに、あのオジサンのオリジナル果実水はめっちゃ美味しいんだよ~。まとめ買い用にリシータさんに樽頼んだんだ~」
「そんなに美味いのか……」
ボンヘドさんいわく、オジサンはあまり人付き合いをするタイプではないらしく、ボンヘドさんも詳しくは知らない人物らしい。
私が教えたことで、ボンヘドさんがあのオジサンにも声をかけてくれることになった。
「前に便利道具も登録すると言っていたと思うんだが……それはダンジョンに関係があるのか?」
「うーん……関係はあると思う。ここらへんのダンジョンにも出るんじゃないかな? とりあえずこれだよ」
グティーさんに聞かれて、ガイ兄が推していた中敷きを無限収納から取り出すと、執務室は沈黙に支配されてしまった。
「……セナ、これはなんだ?」
「ブーツとかに入れる中敷きだよ」
「なるほど。だが、中敷きなら既に存在しているぞ」
「これは吸水性があるからブーツとかでも中が蒸れなくなるんだよ」
「「なんだと!?」」
「ひぇっ!」
ガタンと音を立ててソファから立ち上がったアーロンさんとグティーさんに驚いて、思わずジルに抱きついてしまった。
「んもう、ビックリさせないでよ」
「それは本当なのか!?」
「蒸れないってことなら本当だよー。サラサラで快適になると思う」
「本当なら世紀の大発明だぞ!?」
「そんな大げさな……」
「いえいえ。大げさではないんですヨ。冒険者も兵士も住民も、ブーツを履く者は皆足のかゆみには悩まされていマス。本当ならば世界中で愛用されるコト間違いなしデス」
そんなにか……でも微妙に信用されてないっぽいね。ボンヘドさんの表情と言葉にトゲがある気がする。
「信じないなら信じないで別にいいんだけど……」
「わっ、わたくしは信じますっ! ぜひタルゴー商会で取り扱いたいです!」
「わぁー! ありがとうございます!」
「俺も……俺も信用するから売ってくれっ!」
いつの間にか近付いてきていたグティーさんにガシッと腕を掴まれた。
捕食者のように瞳をギラギラさせて、私の腕を掴んでいる力が段々強くなっている。
目が怖いよ! 本気だよ!
「セナ様にお手を触れないようにお願い致します」
私の腕を掴んでいるグティーさんの腕をジルが掴んで、離させようとするけど離してくれない。
「離さないのならば腕を切り落としましょうか?」
「ジル!? その発言物騒だから! ナイフしまって! 穏便に、穏便にいこ?」
「ですが」
「俺は……」
「「え?」」
「俺は…………俺は足がかゆいんだ!」
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