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7章

飛んで飛んで

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「さて、今日は飛びます!」

 朝ごはんを済ませたあと、私はみんなに宣言した。

「飛ぶ……ですか?」
「あ、そっか。ジルベルト君に言ってなかったね。私、転移で長距離移動できるんだ」
「てんい……って転移!? 伝説の魔法のあの転移ですか!?」
「うん。ただ、行ったことのある場所じゃないとダメなんだけどね」

 ジルベルト君がフリーズしてしまったので、顔の前で手をヒラヒラさせて正気に戻させると、「そうですね。セナ様ですもんね」と納得のいかない納得のされ方をされてしまった。解せぬ。


「とりあえず、ピリクの街に行くよー!」

 みんなに声をかけて気合い充分に宿からタルゴー商会の近くの裏路地目指して飛んだ……ハズのに、着いた先は草原だった。まだ長距離転移に慣れていないらしい。
 再び飛ぶと、ピリクの街の近くではあるものの、また草原だった。もう一度飛んで、やっとタルゴー商会の裏路地に着けた。
 周りに誰もいないことを確認してホッと胸を撫で下ろす。飛んだ先で目撃でもされたらまた大騒ぎされちゃう。

「ん~……加減が難しいね……今回は目撃されてないからいいけど、この先のことを考えると慣れないとバレちゃいそう」
あるじだけならマントがあるが、人が多ければ負担も多い。慣れるしかないと思う》
「だよねぇ……練習しないと」
『主様の魔力は大丈夫なの?』
「今のところは大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 クラオルとグレウスを撫でながら歩いて、タルゴー商会に着いた。
 受け付けのお姉さんに聞くと、タルゴーさんは不在だけど執事のおじさんはいるらしい。
 案内してもらった応接室で待っていると慌ただしく執事のおじさん……タヴァーリさんが部屋に入ってきた。

「セナ様方はもう街を出たと聞いておりましたので、大変驚きました。奥様は本日貴族の方のドレスの打ち合わせに行っておりますので、戻るのは夕刻になると思います」
「ここに話しにきただけなので、またすぐに街を出る予定です。タヴァーリさんがいてくれて良かったです。毎度いきなりきてすみません」
「いえいえ! セナ様ならばいつでも歓迎致します。それにダーリで構いません。それでお話とは?」

 タヴァーリさん改め、ダーリさんがソファに座ったので、あのダンジョンで手に入れたスライムのドロップ品をテーブルの上に広げる。

「これはゲーノさんの鉱石を採掘する際に入ったダンジョンのスライムのドロップ品です。それで、何かに使えないかとと実験した結果、使えそうなものができたので持ってきたんです」

 一番のメインである耐油紙をダーリさんに渡すと、ダーリさんは食い入るように耐油紙を見つめながら薄さや手触りをチェックし始めた。

「油も水も弾くので、ゲーノさんの屋台で使えば手も汚れないし、食べやすいと思うんです」
「これは……素晴らしい!! こんな素晴らしいものをセナ様は発見なさったのですね! これはぜひ我が商会で取り扱いたいです!」

 “逃さない”とでもいうように、向かいに座っているダーリさんに腕を掴まれてしまい、困惑しているとグレンがダーリさんの手をペシッとはたき落とした。

〈興奮しているのはわかるが、セナに触れるな〉
「申し訳ございません。これは大変素晴らしいです! 今まで使えなかったものが使えるなんて! 世紀の大発見でございす!」

 興奮冷めやらぬダーリさんが力説していると、タルゴーさんが戻ってくる気配がした。タルゴーさんの気配はそのまま私達がいる応接室に向かってくる。
 勢いよくノック音がしたと思ったらタルゴーさんが入ってきた。

「セナ様がいらっしゃっていると聞きましたわ!」
「奥様、おかえりなさいませ。はい、いらっしゃっております。ですが、本日のお戻りは夕刻では?」
「ええ、その予定でしたけど、予感めいたものを感じましたので急いで戻ってまいりましたの」

 タルゴーさんの仕事アンテナは今日もいい仕事をしてくれたらしい。
 タルゴーさんに耐油紙を見せると、タルゴーさんまで大興奮でどれだけ素晴らしいかを語ってくれた。

「ぜひ我が商会で扱いたいですわ!」
「タルゴーさんが扱うのは構わないんですけど、私は旅をしていてコンスタントに卸せないんです。なので作ってもらえたらと思います」
「まぁ! 作り方まで教えていただけますの!? でしたら商業ギルドに登録するべきですわ!」

 タルゴーさんとダーリさんが目配せし合い、スタッフに商業ギルドのギルマスを呼ぶように指示した。
 作るのにあたって作業する人たちを新しく雇うとのことなので、なるべく貧民や孤児などを雇ってもらえないかと言ってみると、快諾してくれた。

「セナ様はお優しいのですね」
「はい。女神様のような御方です」
「ちょっとジルベルト君!」

 ずっと見守ってくれていたジルベルト君がダーリさんの言葉に反応してしまい、私はいたたまれない。
 ジルベルト君の発言を聞いて「まぁー! うふふ」とタルゴーさんに笑われてしまった。
 話題を変えなければと、タッパー・保冷剤・砂時計・乾燥剤・アクセサリーを出して「他のスライムも使えるんですよ~」と見せてみると、こちらにも食いついてくれた。アルミホイルやレインコートなど他のものは説明が面倒なので出していない。

「スライムにこんな活用方法があったなんて驚きですわ! どれも便利なものばかりですのね! このアホスライムのアクセサリーは間違いなく売れますわ!」

 やっぱりタルゴーさんは装飾品が好きらしい。アクセサリーのデザイナーと職人を雇わなければと息巻いている。

「セナ様、失礼を承知でよろしいでしょうか?」
「はい」
「クレイスライムのものだけがないようですが、クレイスライムのドロップ品はやはり役に立たないのでしょうか?」
「クレイスライムはまだ実験途中なんです。実験に付き合ってもらえる女性がいたら検証もできるんですけど……」

 食器はまだ焼いていないから渡せないけど、昨日泥をかぶった子とプルトンがなんとなくくちにした言葉で思い付いたものが確かだったら、すぐに有効活用ができるハズ。ただ、昨日の今日でまだ何もしていない。

「まぁ! それならわたくし達が協力致しますわ! 人数が必要でしたら職員もおりますし、他の女性がよければ、わたくしが声をかけますわ!」

 手で触って大丈夫だったから平気だとは思うけど、何をするかもわからないのにそんなに簡単に請け負っていいんだろうか……やる気があるのはいいと思うけど、さすがに心配になってしまう。
 聞いてみると、「そうですわね……セナ様ですので大丈夫だと思ったのですが、これからはちゃんと気をつけますわ」とわかってもらえたみたい。

 今回は前後の差がわかりやすいほうがありがたいので、接客のために身だしなみを整えているスタッフの人ではなく、貧民の人にお願いすることにした。
 タルゴーさんと貧民街へおもむき、気になった女性に声をかける。タルゴーさんと一緒にいるため、怪しまれることはなかった。
 「ちゃんと報酬を払います」と言うと、覚悟を決めたように「お願いします」と返された。命にかかわることではないと説明して、付いて来てもらう。
 被験者として協力してもらうのは二十代の女性三名。今回の実験は男子禁制のため、いつも肩に乗っているクラオルとグレウスもお留守番。

 タルゴー商会の一室を貸してもらい、三名ともクリーンをかけてからバスタオル姿になってもらった。
 被験者とタルゴーさんが見守る中、一名にベッドにうつ伏せになってもらう。

 「では、始めます」と声をかけてから、クレイスライムのドロップ品である【スライム泥】を水で薄めたものを足先から塗り込んでいく。
 最初はものすごく緊張していたものの、マッサージをしながら泥を塗っているせいか、だんだんとチカラが抜けてきているのがわかった。

 二人目は両腕の日焼けと乾燥が気になる人。仰向けでベッドに寝てもらい、指先から泥を使ってマッサージをしていく。デコルテまでやると、ほわぁっと息を吐いていた。気持ちいいらしい。

 三人目は生まれてこの方肌の手入れをしたことがないと言う人。乾燥で顔の皮膚が硬くなってしまっていて、女性としては気になると思って声をかけさせてもらった。
 少しでも改善してくれたらいいなと思いながら、泥パックマッサージをしていく。

 三名とも終わり次第クリーンをかけて、実験前の肌と比べてもらおうと思っていたんだけど、一目瞭然だった。
 一人目は体全体的に肌ツヤが良くなっていて、二人目は日焼けが落ち着いてうるツヤに、三人目が一番わかりやすく乾燥で硬くなった皮膚が元の柔らかい肌に戻っていた。
 三名とも感動してくれていたけど、効果が顕著けんちょに出た三人目の女性には泣いて喜んでもらえて、私まで嬉しくなってしまった。

 見守っていたタルゴーさんはマッサージの最中は捕食者のように目をギラギラさせていたけど、三人目の女性が涙をこぼしたのを見て落ち着いてくれた。
 被験者の三名にタルゴーさんが細かく聞いて、マッサージの技量もあるんじゃないかと女性スタッフを呼んで再び協力してもらっていた。
 私がマッサージをしていない部位を女性スタッフがマッサージして、被験者である女性三名は全身の肌の透明感が上がり、うるうる艶々つやつやボディになった。

 三名には報酬はいらないと言われたけど、実験だったことには変わらないからちゃんと報酬を渡した。
 応接室に戻ると、商業ギルドのギルマスが来てくれていた。
 挨拶もそこそこにタルゴーさんは我慢していたのか、爆発するように執事のダーリさんに泥マッサージの秀抜しゅうばつさを一時間以上に渡って語り、ギルマスはなにがなんだかわかっていなかった。
 口を挟む隙もなく語っていたタルゴーさんが落ち着くのを待って、ようやくレシピ登録の話しになる。
 ギルマスもスライムのドロップ品が使えるものだと思っていなかったらしく、汗を拭きながら「かつてないほどの大発見です!」と強い興味を示していた。

 私が作ったものは全て秘匿レシピとして商業ギルドに登録され、私が許可した人物じゃなければ製造及び販売はできないらしい。
 耐油紙などを作る際にも働く人にはスライムのドロップ品であることは公表されず、作業だけしてもらうんだそう。
 泥パックマッサージは登録なんてされないと思っていたのに、こちらも登録されるらしい。

 タルゴーさんは貴族の奥様方をターゲットに、エステのようなサービスのお店まで出すんだそう。
 私のせいであっちもこっちもと忙しくなりそうで申し訳ない。

 タッパー・保冷剤・砂時計・乾燥剤・アクセサリー・耐油紙・泥パックマッサージのレシピを登録したら、タルゴーさん達と別れた。

 お昼ご飯を食べていなかったのでおなかはペコペコ。
 宿の夜ご飯を楽しみにしながら再び転移でミカニアの街に戻った。

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