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5章

大捕物【2】

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「先程から聞いていればなんたる不敬! 平民風情が!」

 野次馬はザワザワとし始め、大声を上げた人物から距離を取る。その人物を中心に人が割れ、声の主がズンズンと歩いてきた。
 野次馬に紛れて見ていたのはわかっていたけど、まさかお供の貴族も一緒に本人のご登場とは……

「馬鹿にするとはなんたる侮辱! その借用書は本物だ! 騙そうとしても無駄だ!」

 デビト・ワーレスが声高々に言い放った。

「セナちゃん!」
「ばあちゃん! じいちゃん!」

 おばあちゃんはおじいちゃんとお店から出てきてしまい、野次馬をかきわけて一人の男性がおばあちゃんとおじいちゃんに駆け寄ってきた。
 駆け寄ってきた男性を見たことがある気がしてよく見てみると、王都のゴンドラ商会でおばあちゃんのお店を教えてくれたお兄さんだった。

「あ! 商会のお兄さん! おばあちゃんのお店教えてくれてありがとう!」
「え……あの時のお客様?」
「うん! とりあえずおばあちゃんと一緒に動かないでね」

 私が言うと、お兄さんは頷いておばあちゃんを抱きしめおじいちゃんと三人でお店の方に下がってくれた。

「貴様ァァ! どこまで愚弄ぐろうする気だァ!」
「うるさいですね。デビト・ワーレスさん」
「な、なんだと?」

 名前を呼ばれて虚をつかれたらしく目が泳ぎ始めた。ちりめん問屋の御老公みたいに「このお方は~」とでもやりたかったんだろうか。
 面倒なので話を進めちゃおう。

「まず、この借用書ですが、金額が書かれていません。これは三年前にパッタリと止まった悪徳な金貸しと同じやり方です。そしてこのサイン。こういう書類にはフルネーム書くんですよ」

 野次馬がさらにザワザワとし始めた。「三年前」や「あの事件」と聞こえてくるからやっぱり覚えているみたい。

「ちゃんと書かれているだろうが!」
「えぇ。一応書かれていますね。おばあちゃん! 孫娘さんはいつもなんて呼ばれていましたか?」
「ア、アンジーと」

 おばあちゃんはいきなり話しを振られてビックリしながらも答えてくれた。

「じゃあ、孫娘さんのフルネームは?」
「アンジェリッタだよ……」
「な、なんだと?」
「おばあちゃん、ありがとう。デビト・ワーレスさん理解できたようですね。この書類にはアンジーと書かれているので、無効です。以前のように成功しておばあちゃんを奴隷として売れるとでも思いました?」
「そんなバカな! あの男も呼んでいたし、やつらがやりとりしていた手紙にもアンジーと書かれていたぞ!」
「そりゃあ、親しい間柄なら愛称で呼ぶでしょうよ。それにしても人様の手紙を盗み見ですか?」

 お供の貴族も一緒に戸惑っている背後にブラン団長達騎士団が立ちはだかった。

「……デビト・ワーレス。我が国の恩人への不敬と詐欺及び不法取引その他諸々もろもろの罪状で連行させてもらう」

 ブラン団長がよく通る声で背後からデビト・ワーレスの肩を掴んだ。

「ご一緒にいる方もお話をお聞かせ願います」

 絶対零度の微笑みを浮かべながらフレディ副隊長がお供の貴族に話しかけた。
 貴族が連行され、お金を回収に来たお兄さんが困惑しているところに、パブロさんがニッコリしながら肩を叩く。回収のお兄さんはガックリと肩を落としながら連行されていった。

「ふはぁ……緊張した……」
「セナちゃん! 大丈夫かい!?」

 ゆっくり息を吐いていると、おばあちゃんが商会のお兄さんに支えられて寄って来てくれた。

「うん。大丈夫。心配してくれてありがとう! もう大丈夫だよ! お店続けられるよ!」
「ウチの店なんかのために……」
「なんかじゃないよ! おばあちゃんにまた作ってもらいたいもん!」

 とりあえず中で話そうと、まだザワついている野次馬を放置してお店の中に入る。

「ばあちゃんじいちゃん、どういうこと?」

 商会のお兄さんはおばあちゃんのお店の前が騒がしいと聞いて、訳もわからず駆け付けたらしい。
 商会のお兄さんに今までのことを説明していく。おばあちゃんの様子が気になって調べたことから色んな人を巻き込んだ今までのこと、ずっと続いていた事件が終わったこと。

「おばあちゃん。おじいちゃんも……ごめんなさい。おばあちゃんのお店が狙われたのは私のせいなの」
「どういうことですか?」

 商会のお兄さんに怪訝けげんそうに問われた。

「私が王都にきたのは国王に呼ばれたからなの。それで目を付けられたみたい。私がおばあちゃんのお店に何回か来て服を頼んだから、おばあちゃんはたっぷりお金をもらっているはずだと……最初は書類を偽装してお金を巻き上げるつもりだったみたい。後半はおばあちゃん達に私に助けを求めさせて、私を自分の思い通りに使うつもりだったの。この理由は一昨日やっとわかったんだけど…………巻き込んでごめんなさい!」

 申し訳なさすぎて頭を下げる。
 平民の私が自分よりも地位が高くなったことで私を逆恨み。王都で幅をきかせていた貴族が軒並み逮捕され、自分の時代がきたと勘違い。おばあちゃんを人質に私を使い、国家転覆して自分が国王になるつもりだったのが今回の真相。
 そのあたりは知らない方がいいだろうと説明を省かせてもらった。
 私のせいでおばあちゃん達が嫌な目にあってしまったので許してもらえないかもしれない。

「セナちゃん頭を上げとくれ」
「おじいちゃんも初対面なのに……本当にごめんなさい」
「ん? 国王? 呼ばれた……さっきブラン様も恩人って言っていましたけど、もしかして……噂の国の救世主の女の子ですか?」

 首を傾げながらブツブツと言っていたお兄さんが私を見て聞いてきた。

「噂?」

 噂なんて知らない。お兄さんに聞かれて首を傾げる。

「とんでもない魔獣を倒して、国の貴族のせいで起こりそうになった戦争を回避し、女神の如き光りを持つ心優しい救世主の幼い女の子という噂です」
「えーっと……」
〈セナだな〉
「ちょっとグレン!」
〈事実だろ? シュグタイルハンの王にも気に入られたではないか〉
「でも光ってないし、優しくなんかしてない!」
〈光りは報奨のメダルの魔力登録の時の光りじゃないか? 優しさは……魔道具の信憑性の時に許してやったからだろ〉
「あれは確かにちょっと光ったけど……貴族はどうでもよかっただけなのに……」
「「救世主……」」

 おばあちゃんとおじいちゃんが声を揃えた。

「違う違う! 私そんなにすごくない!……またおばあちゃんに私の下手くそなデザイン画から理想の服を作ってもらいたかっただけ。ブラックマンティス渡した時、おばあちゃんがすごく嬉しそうだったから、服を作るの好きなんだなって思ったの……私のせいで巻き込んじゃったから、私の服とかもう作りたくないかもしれないけど……」

 言い訳をしながら口ごもってしまう。

「ふふふ。セナちゃん。巻き込まれたなんて思っていないよ。前に借用書見た時に気付かなかったこっちの落ち度さね。助けてくれてありがとうねぇ」
「嫌な思いさせてごめんなさい」
「何言ってるの。セナちゃんがあの子の無念を晴らしてくれたんだよ。あの日からずっと調べてくれていたなんて感謝しかないよ。ねぇ? あなた」

 おばあちゃんが旦那さんに同意を求めると旦那さんはうんうんと頷いてくれた。本当に優しい人達だ。

「あのね、もう狙われたりしないようにプレゼントがあるの」
「「「プレゼント?」」」
「これなの」

 木彫りの招きクラオルとグレウスを出してテーブルの上に乗せる。

「これはセナちゃんの従魔かい? 可愛らしい木彫りの像だねぇ。もらっちゃっていいのかい?」
「うん。このお店のお守りに作ったの。あと、旦那さんにはおばあちゃんとお揃いのネックレスかイヤーカフス」
「ワシもか?」
「うん。どっちがいいかわからなくて二種類作ったの。選んでくれると嬉しいな」
「これはセナちゃんのじゃないのかい?」

 おばあちゃんが私がかけたネックレスを示しながら聞いてきた。

「それはおばあちゃん用に作ったやつだから、おばあちゃんのだよ」
「「こんなにもらっちゃっていいのかい?」」

 おばあちゃんとおじいちゃんは息ピッタリだ。

「うん。もらって付けてくれると嬉しいし、これは置いてくれると嬉しい」

 おじいちゃんはネックレスを選んで付けてくれ、おばあちゃんとネックレスを見せ合って微笑んでくれている。

「お兄さんはイヤーカフスでいい?」
「え……自分もですか?」
「うん。お兄さんもこのお店の関係者だから」
「あ、ありがとうございます」

 お兄さんはビックリしつつも受け取ると、すぐに耳に付けてくれた。

「ありがとうねぇ。この像も早速飾らないとねぇ」

 おばあちゃんは商会のお兄さんに頼んで、カウンターの後ろの棚に飾ってくれた。

「セナちゃん。本当にありがとうねぇ。ブラックマンティスを持ってたし、陛下のパーティーなんてすごい子だと思っていたけど、救世主なんてねぇ。ウチの服じゃ申し訳ないくらいだよ。セナ様って呼んだ方がいいかねぇ」
「おばあちゃん……私全然すごくないから今まで通りがいい……そしておばあちゃんの服は最高だよ」
「セナちゃんは優しいねぇ。ありがとう。じゃあ遠慮なく今まで通りにさせてもらうよ」
「良かった……」

 ホッと息を吐くとおばあちゃんにふふふっと笑われた。

「あんたもあんまりベラベラ喋るもんじゃないよ?」

 商会のお兄さんがおばあちゃんに念を押されてコクコクと頷いた。
 おばあちゃんは金貸しの乱入が来る前に言っていた通り、頼んでいた服を直してくれるとのことで、また明日の朝お店にお邪魔することに決まった。
 お店を出るとさすがに野次馬はほとんどいなくなっていた。

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