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第三話 『犠牲』と『狼』

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 買い物当日。

 朝六時くらいだろうか。いつもより早く起きてドタバタと自室で何を着て行こうか、あれでもないこれでもないと持ちうるすべての服をタンスから引っ張り出し、鏡に映る自分に照らし合わせては、投げ、また照らし合わせては投げと、ベッドの上が服でいっぱいになるほど悩んでいるのは、舞花である。

 「悩んじゃうな………どれを着て行けば龍華に喜んでもらえるのかなぁ……」

 舞花は、ため息混じりにベッドの上に山盛りになった服を見つめながら一人の自室で呟いた。

 「あー、早く決めないと時間なくなっちゃうよぉ。まだ、お化粧とかぁ、お昼のお弁当とかあるのにぃ……」

 これが男の子と買い物をする乙女おとめの努力なのだ。

 刻、一刻と迫る集合時間に不安と焦りを感じ始めた舞花をよそに、龍華は、と言うと。

 「クソ、全然眠れなかった」

 昨日、祝勝会が終わり舞花と別れた後から龍華は、舞花同様ドキドキと心臓を脈打たせていたのだ。

 身体は火照ほてり、覚醒状態。

 好きな女の子との買い物に寝坊しまいと、いつもより早く就寝したのだが案の定眠れなかったらしい。

 よく遠足の前の日は楽しみすぎて眠れなかったぜと聞いたことがあるのだが、
龍華は馬鹿らしいと思っていた。しかし、まさかそれが自分の身に起こるとは、驚きを隠せない様子。

 「まだ六時じゃねぇかよ………」

 眠たそうに枕元にあるデジタル式の置き時計を確認して一人布団の中で呟く。
そして、天井を呆然と見つめながら

「……………暇だな」

 恋する男の子は、悲しい者なのだ。

 時は流れ集合時間十時の駅前。
先についているのは舞花だ。

 縦線の白い首元まで覆おおうボーダーニットにピンク色のワンピースを合わせ茶色のブーツのコーディネートでお弁当が入った手提げカバンを前に持ち立っていた。

 「派手じゃないかな………?」

 いささかこのコーディネートに不安がある様子の舞花は、周りの目を気にしていた。

 「おう、待たせたな」

 そう言って五分ほど遅れて、ファッションのかけらもない上下黒地に赤のラインが入ったジャージを着た龍華がやってきた。

 その格好を見た舞花は、幻滅すると思われたが、華ちゃんらしいと微笑んだ。

 「五分も遅刻だよぉ? 普通こう言うのは男の子が待つ者なんだよ?」

 龍華に向かって挨拶がわりの駄目出しを放つ舞花。

 「すまんすまん。でも最初、見たときにお前ってわからなかったんだ。今日のお前、全然違うけど。どうしたんだ?」

 「うん? 別にー? ………やった!」

 そんな龍華を上の空を見せて小さくガッツポーズを決める舞花。掴みはバッチリだったようだ。

 「じゃ、行こうぜ」

 「うん」

 龍華の言葉にコクリと頷うなずいて舞花は、歩き出した。

 とりあえず、駅からさほど遠くない商店街へと足を進めた二人。

 そして、商店街で買い物の後。映画を見たり。ゲームセンターに行ったり。舞花の手作り弁当を食べたり。と充実した一日を過ごした二人は、大きな噴水がある真ん中にある公園のベンチに腰を掛け今日一日の出来事を思い返すように言葉を交わしていた。

 辺りは夕暮れ時だ。その公園には、二人以外誰もいない。

 「楽しかったねぇ。でも、足が疲れちゃったよぉ。」

 舞花は、脚を地面に突き刺すように伸ばしながら言った。

 「俺も疲れちまった。早く帰ろうぜ」

 龍華は、舞花に同意して提案する。

 「そだねぇ。もう暗くなって来たしね」

 「おう」

 そう言って二人が立ち上がろうとした時だった。

 突然、何かが壊れる大きな音が聞こえた。

 「え?」

 「あ?」

 二人は、その驚きした音のした方へと視線を向けると、そこにあったはずの噴水は、囲いが砕けて水が溢れ出し土煙と蒸気で覆われていた。

 「…………何あれ?」

 しばらく壊れた噴水を眺めていた舞花は、壊れた噴水を覆い尽くしていた蒸気の中から出て来た物に声を上げる。

 狼のような形をしていて青い毛を纏い。背中にあたる部分から翼が生え、牙は口元からは鋭く剥き出し。爪は鋭い。そして何より三メートルはあるかという巨体。

 「なんだよ…あれ………」

 舞花は、ベンチに座ったまま。
龍華は、立ち上がりながら、その異形のものに目を奪われていた。

 その瞬間。二人にある感情は、一致していた。

 それは、恐怖。見ているだけで謎の恐怖心が溢れ出す。

 「は、華ちゃん………」

 声を震わせ、瞳に涙を浮かべ立っている龍華のジャージの裾を持ちながら龍華の名前を呼ぶ。

 「舞花…。と、とりあえずここから離れるぞ。あいつに気付かれないように」

 「う、うん。」

 そう言って、龍華は、座っている舞花にゆっくりと手を差し伸べ、舞花は、その恐怖で震えた龍華の手を握り立ち上がった。

 その時だった。

 翼が生えた狼は、夕暮れ時の天に向かって凄まじい音量で遠吠えをした。

 その遠吠えの衝撃は、狼を中心として波状の衝撃波となって公園を襲う。

 地面をえぐり。地面は振動して次第に龍華達にその衝撃は、近付いてくる。
そして、

 「ぐわぁ!」

 「きゃぁっ!!」

 衝撃波によって後方へ飛ばされベンチと共に地面に叩きつけられる二人。

 「ぐっ……!舞花!」

 「うぅ……。華…ちゃん……」

 遠吠えを終えた、狼は、二人の存在に気付き、赤く鋭い眼光を向ける。

 狼は、餌を吟味するように見比べ、
舞花に狙いをつけ、鋭く尖った爪で地面を引き裂きながら突進してくる。

 「舞花! 逃げろ!」

 舞花に決死の声で叫ぶが

 「む、無理だよぉ……足が………」

 舞花の足は、吹き飛ばされた時に強く地面に打ったのか、赤く腫れ上がり立ち上がることができなくなっていた。

 しかし、そんなの御構い無しにさらに加速して接近し舞花を手中に捉えた狼は、鋭く尖った爪を振り上げこの世のものとは思えない雄叫びを上げて舞花の首元を目掛け振り下ろす。

 「ッ……!!」

 来たるべき激痛に二度と開かないであろう目を瞑る。

 「舞花ぁっ!!!」

 そして、振り下ろされた爪は、血飛沫を散らせ龍華の肉を引き裂いた。

 「え……? 華ちゃん?」

 そう、龍華は、爪が振り下ろされる直前、痛む身体に鞭打って舞花を庇おうと狼に背を向ける形で飛び込んだのだ。

 「よかっ……た………」

 龍華は、言葉を発するのもやっとな声音で呟き、膝から崩れ落ちた。

 「華ちゃぁぁあああああん!!!」

 背中を引き裂かれ傷口からは多量の血が流れている龍華を見て叫ぶ舞花。

 だがその声は、届かず、龍華は、ピクリとも動かない。

 「やだよ……ねぇ…華ちゃん…起きてよぉ……」

 大粒の涙を流し顔をぐちゃぐちゃにしながら動かなくなった龍華を見つめる舞花。

 しかし、無情にも標的を誤った狼は、さらなる一撃を本来狙うはずだった舞花に向かって繰り出した。

 「『翼狼ウィングウルフ』君? ちょっとお痛が過ぎるかな? そんな君に罰を与えよう『ゴッドジャッジメントき』」

 どこからともなく聞こえた、静かに落ち着いた声によって『翼狼ウィングウルフ』と呼ばれた狼は、天から降り注ぐ光の柱によって跡形もなく消え去った。
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