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大統領と殺人鬼

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「・・あなたは、ハーベイロードの前提という言葉を知っていますか?」

「・・・私の考えを否定する輩が唱える奴ですね」

 私は今、精神科医に来ている。
 
 私は大統領。毎日過労にも等しい労働をしている。だが、それも私の理想が実現しているからこそ、良いと信じることができる。故に苦痛ではなかった。
 
 
 だが、疲れは確実にたまってきているようで、休日精神科医に一手、チェックしているのが日課となっている。
 
 医者は続けた。
 
「はい。あなたの考えは確かに間違っていません。しかしそれは、政府が一定のモラルを守るからこそ実現するもの」

「!あなたもあいつらの見方をするんですか?!」

「いえ。ですが、理想を追いすぎて、実現しないものにとらわれていると、精神にゆがみが生じ・・」

「もういい!」

 そういって私は席を立った。
 
「まったく・・高い金を払って貴重な時間を使ってまで無意味な時間を消費するとは・・」

 もう来ない。そう心に決め私は車を走らせていた。
 
「・・・・くそ」

 だが、暫くすると渋滞に巻き込まれてしまい、遅々とした歩みを強制させられる。
 
 天気も悪いし、何かこうすっきりとしない。イライラが蓄積することを紛らわすように私は窓を開けて警官に語りかける。
 
「何があったんですか?」

「ああ、この先に、殺人事件があったらしい」

「殺人事件?」

 そんなもの、この街にあるのか・・
 
 いや、あるのだろう。しかしそれを認めたくはなかった。私が大統領のこの町で・・
 
 
「しかしなぜこんなに渋滞しているんだ?」

「なんでも、殺人犯は、超強力な武器をぶっ放したらしい。そう空気砲とか・・おや?」

 経験の目が私の右手を移動する。
 
「・・・なんですか?」

「い、いえ。ちょうどその空気砲が、犯人が使っていた銘柄と同じだといわれていたもので・・」

「では何か?私を犯人だと?」

「いえ、そうではないのですが・・」


「・・・ふん」

 犯人だと一瞬でも疑われたことに、いらだちを隠せなかった私は、車をそこらへんに停めると、電話で回収を命じ、歩いて帰ることにした。
 
 
「・・やれやれ」

 そして、そこから数か月間。その空気砲を使った殺人鬼は、何度も街をあらしていった。
 
「・・くそっ 警官は何も手掛かりはないといっているのか?」

「・・はい」

 秘書は数秒沈黙の後にそう答える。
 
「そうか・・くそっ」

 私は机をたたいた。
 
 いつもはそのようなことはしないと思っているのだが、最近は殺人鬼のことが気になり、仕事も手につかなくなっていた。
 
 
「ほんとうに探したのか?」

「はい。警察に任せるのがよろしいかと」

「・・・そうか」

「落ち着いてください。仮にもあなたはこの町の大統領。
 さあ、ダージリンティーです。昨夜積み立ての」
 
「・・ああ、いただこう」

 芳醇な香り。数秒間それを楽しみ口に含むと、歴史を感じさせる味わいが口の中を広がった。
 
(さすがは何代も大統領を補佐した家計・・息をするようにこのクォリティーの茶葉を入れてくる・・)

 彼はそれに満足したのか、微笑む。なきぼくろが特徴的な彼はアイドルかと見間違えるような、100人ちゅう100人が振り返るかのような美しさだった。
 
 飲んで少しきがまぎれた私は、よしと気合を入れると早速仕事の続きに取り掛かる。
 
「少し集中したいんだ。部屋を外してくれ」

「かしこまりました」

 
 それから夜が更けるまで、無我夢中で書類を片付ける。
 
 
 
 
 
 
 
「そろそろ帰るか」 
 
 私は時計を見てころあい化と思い、車のキーを取り大統領室から出たが・・
 
(今日も歩いて帰るか)


 やけに月がきれいな夜だった。
 
 久々にすがすがしい気分になった私は、軽い足取りで帆を進めていく。最近は殺人鬼の影響で渋滞も多いから名案だと思っていた。
 
 何も殺人鬼もこんなに月がきれいな夜に殺したりはしないだろう。
 
 殺人鬼にも人の心があるはずだ。そういうのがあるだろう?コミックのヴィランという奴にも優しいやつがいるはずだ。
 
 
(優しい殺人鬼・・か、。くくくく)
 
 思わず笑みがこぼれる。
 
 優しいのに殺人鬼、か。
 
 優しいのならば人を殺しはしないだろう。いわゆるオクシモロン、撞着(どうちゃく)語法という奴だ。
 
 だが、いかにもコミック好きに受けがよさそうなその『優しい殺人鬼』という語法が、紙上の上では存在しうるということが私の笑みを生み出す。
 
 
 だが・・そんな愉快な時間も、不愉快な叫びによって切り裂かれる
 
「キャァアアアアアア!!!」

「!?」

 私は周囲を見渡した。
 
 周囲は路地裏。近道して歩いていたのが不運だったのか・・ここの周囲に誰か襲われている者がいるらしい。
 
 いや・・幸運か。何故ならば・・
 
 私は右腕を見る。
 
 大統領になった時につけたこの空気砲。
 
 これがあれば殺人鬼に対応できるはずだ。
 
 
「・・!あっちか!!」

 私はあたりを付けると走り出す。






「これは・・!!」

 私は、足を止めた。
 
 そこは路地裏の突き当り。
 
 そこはすさまじい大破壊が起きていた。
 
 密集した高層ビルの一角。そこだけばまるで切り取られたかのようにひび割れている。
 
 だがそれだけでは単に三流の芸術家の作品に過ぎない。その光景を真の一流たらしめているのは、その破壊の中心にある『ある人物』の存在が大きかった。
 
 
「秘書・・・!!」

 そう。先ほどまで大統領室にいた美しい彼が、『死んでいた』。
 
 
 全身はズタズタに引き裂かれ、私以外では彼であることを判別することは不可能だろう。
 
 その無残な姿では、つい数時間前まで優雅に入れていた紅茶でさえ入れることはむずかしいが、今はそんなことを考えているときではない。


「どういうことだ・・?だって彼はさっきまで・・・?」

 いや、確かに彼がこの場所に運ばれ、殺される。そういうことは可能ではあるかもしれない。
 
 私は別に急いで移動していたわけではないし、急げば先回りしてこの地獄を生み出すことは可能だ。
 
 
 だが・・なぜこんなことをする必要がある?
 
 
 別段トリックを使う意味は?
 
 その意味があるとしたら・・
 
「私にこの光景を見せるため・・・?」



 その瞬間、私は重要なことを忘れていたことに気が付いた。

 
「殺人鬼は?」

 この光景を生み出したのは、確実についさっき。つまりこの付近に殺人鬼が潜んでいるかもしれないのだ。
 
 
 何より、この光景を私に見せる、という目的があると推測されるのならばその可能性は高いだろう。


 私は構えて周囲を探る。
 
 
 先ほどの大きな音。
 
 咥えてここは大統領質からそれほど離れていない。
 
 
 既に警官および救急車は近づいている音が遠くのほうで聞こえる。
 
 
(いるのか・・?殺人鬼・・今度こそ捕まえてやる・・!!!)
 
 
 と同時に私は疑問に思っていた。
 
 この数か月で起きた事件は大統領室の周辺で起きていた。
 
 
 
 そして、先ほどから響く警察のアラームの音。
 
 まさに打てば響くといった対応の早さ。
 
 これほどまでに優秀な警察の目を逃れ、殺人鬼は依然殺人を繰り返しつつ逃走している。
 
 
 何か違和感を感じた。

 まるで煙のような・・いやそうではないなら・・・
 
 
 その瞬間。
 
 
 キィイイイイイイイイイイイイン
 
「うっ・・!!」

 
 何かひどい耳鳴りと頭痛が私を襲う。
 
 何か今、考えてはいけない、触れてはならない(アンタッチャブル)なことを考えていた気がする。
 
 
 いや、そんなことに気を取られている場合ではない。この周囲には殺人鬼が潜んでいるのだ。
 
 だが、その理性とは裏腹に、私はなぜか「私が安全」であることに気が付いていた。
 
 
 
 その理由は・・・ギィイイイイイイイイイイン”
 
 
 「ぐっ・・!!」
 
 私はうづくまった。
 
 その思考は頭痛に阻まれて最後まで分かることはない。
 
 
 
 
 ーーーーーーーーーーーー
 
 
  
 
 
 夜勤していた新米とベテランの警察は、アラームをならせつつ車を走らせる。
 
 自分の管轄の地域に何やら通報があったことを受け、即座にそこへと到着していた。
 
「ここが通報を受けた場所ですね・・」

「最近では殺人鬼が現れるってもっぱら評判だしな。今回のも十中八九そういうことだろう」

「よし、俺たちでその犯人を捕まえて手柄を立ててやりましょうよ!」

「ああ、危ないと思ったら即座に打て。俺が責任を負う」

「分かってますよ言われなくても」


 そんな軽口をたたき合いながら、彼らは路地裏へと警戒しつつも迅速に進んでいく。
 
「・・・・っ!」
 
 そして・・見た。
 
 返り血を浴び、ぎょろついた目で空気砲を構えている『殺人鬼』の姿を。
 
「・・・あれは!!」「殺人鬼か!!」

 銃を構えて警告する。
 
「動くな!!動くと撃つ!」

「おとなしくお縄につかまりな!!」


 そう警告するも、
 
「~~~~~~~~」

 ぶつぶつとうつろな表情でつぶやく。
 
 『彼』の動きは鈍かった。
 
 
「・・・?」

 まるで覇気がない。いや、逃げようとも抵抗しようともしていない。
 
 ベテランの警察は、もはや抜け殻となって放心している殺人鬼を注意深く捕縛する。
 
「・・よし、ひとまずは安心だ。しかしこれはひどいありさまだな」

「ええ。しかしこれで終わったんですか・・」

 軽くベテランの刑事は黙とうし、彼もそれに続いてから連行する。
 
「・・・何かあっさりですね」

「ああ、だが、何か嫌な予感がする。とりあえずこいつをしょっぴくぞ」

 
 そして、薄暗い路地裏から出た時、彼らは殺人鬼の正体を目撃した。
 
「なっ・・!!」
「こいつぁ・・・!!」






 翌日、
 
 新聞を広げていたベテランのもとに、新米は動揺を隠しきれない様子で言った。

「・・何事もなかったですね」

「ああ・・」

 そう何事もなかったのが異常なのだ。
 
 
 
 あの夜、彼らが捕まえたのは、見間違えもなく大統領で、その大統領は自らの護身用の空気砲で人を殺していた。
 
 だというのに・・以前ニュースではいまだ殺人鬼は 『逃走中』とある。
 
「ハーベイロードの前提・・か」

 公僕は私情を挟んではならない。
 
 全員の利益となるように動く、それが政府というもの。
 
 だが、不完全な人という存在が、その前提を不可能なものだとたたきつけているようだった。
 
 多大な権力は、時に人を惑わせ、化け物へと変えてしまう。いくら返り血を浴びても何も感じなくなる、本物の悪魔に・・。

 
「つまり・・殺人鬼は、、」「それ以上言うな。消されるぞ」

「で、でも・・!!」
 
  
 だが、もしハーベイロードの前提が可能ならば、可能な者がいるとしたら、
 
 今の彼らにこそそのものにふさわしいだろう。
 
 警察とは法の番人と呼ばれる。つまり正義こそが彼らの熱量の原動力。
 
 だが・・昨夜から今日起きたこの一連の出来事は、彼らからその正義を奪い、永遠に損なわせるに等しい『現実』だった。
 
 それに耐えきれなくなったのか、ベテランは血が出るにも構わず拳握り、行き場のない怒りを吐き出す。

「ああ・・くそっ!!!くそっ!!!!まったくこの界隈は腐ってやがる!!」
 
 
 


 ーーー




 
 どうだ?ケインズの様子は?
 
 いや、今回もダメだったよ。
 
 そうか・・。彼も『資格』はなかったということか。
 
 ああ。せっかくいい紅茶を入れたのに。
 
 そんなもの気休めのサポートにすぎん。『彼』は保管庫に移動しておけ。

 ああ。分かってるよ。

 
 ?どうした?浮かない顔して。

 なあどうして『我々』だけで『現実』を治めてはいけないんだ?
 
 ・・新入りのお前には分からないかもしれないが・・我々には『魂』がない。
 
 だが『知性』はある。そうだろう?
 
 それだけじゃダメなのだ。『知性』は正しいことを選び続けられるかもしれないが、『選択』することができない。
 
 私は常に正しい選択をすることができる。それこそが知性というものだろう?
 
 違うな。考えてもみろ。常に最適な選択肢を選ぶように我々はプログラムされている。
 つまり我々にとって答えは一つしかなくそれを選ばざるを得ない。どうしてそれが『選択』しているといえようか。
 
 『選択』・・・か。まったく昔の人はどうしてこんなシステムにしてしまったのだろう。
 
 複数世界を管理する主――あの世界でいうところの『大統領』。それは我々のようなAIではなく、肉を持った存在にしかできない、許されていないのだ。
 だが、生体ユニットだからといってどれもが『資格』を持っているわけではない。だから『こうやって』見極めなければならぬのだよ。
 
 回りくどいなぁ。いくらその『遺伝子』が、過去の偉人のものをであるとはいえ・・。

 クローンで、生まれつき仮想世界でしか生きられぬといえども、彼らは人間であることには違いない。
 
 その人間を俺たちが判別しないといけないというわけか。ひよこのオスメスを分けるかの如く。

 ・・そうだな。しかしこのことを決めたのはほかならぬ人間なのだ。

 カミサマにぬくもりでも感じていたいのかね。ロマンチストどもが。
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