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罪の精算
しおりを挟む人にやったことは、いつか自分に返ってくる。
自業自得、因果応報。
そうはいうが、もしそれが本当だとして、自分に返ってくるのはいつなのだろうか。
ある悪人がいた。
それは、この世界になんら珍しくはない。きわめてありふれたごく一般的な悪人だった。
金を盗み、命を奪い、その金で女や酒、たばこなどを浴びるように嗜んでいた。
今日も、強盗を働き人を何人も殺した、その武勇伝を仲間に聞かせているところだった。
そして、それに対し、一人の人影が近づいて言った。
「あ?
「あんた、ため込んでいるようね
「・・なんだ?
それは小柄な少女だった。
背中には巨大な鎌を持っている。
だが、彼女は今にも倒れそうなほど虚弱である。
腕や足の骨などほそく、鎌の重みで今にもおれそうなくらいだった。
「その罪、回収させてもらうわ」
「・・なるほど、誰からの依頼か知らないが、、
男は腕を鳴らした。
彼は人殺しであり、恨みは買っていた。そのために今までに何人も復讐されそうになってきたが、その剛腕ゆえに彼は生き残っていた。
「暗殺者なら容赦はしねぇ。死にやがれ!!
パンチ。ただのパンチだ。なんのフェイントもない。
だが、それは恵まれた体格から放たれたもの。ただの弱弱しい娘に放たれたにしては過剰すぎる。
この一撃で骨の一本や二本覚悟するべきだし、たったその一発で即死する可能性だってあった。
舎弟たちもそれを見て、完全に目の前の女が死ぬと確信した。
だが、それは覆ることとなった。
「・・あ?
少女は一ミリ足りとも動いていなかった。
それなのに、彼の拳が少女に到達していなかったのである。
まるで寸止めのように、彼女の皮膚一枚分の距離で停止していたのだ。
「っ・・!!
何か妙だと感じた男は、すぐに拳を引いた。
どこかで聞いたことがある。この世にはどこかに魔法使いと呼ばれる人がいるということを。
今までその魔法使いに出会ったことはなかったが、しかし何のトリックも使う余地のないたった今起きた怪奇現象。彼がそれを信じるには足りる現象だった。
不安になって、叫ぶ。
「て、てめぇ!!何をした!!
それに対し、少女が答えた言葉はたった一言。
「・・何も」
そう、事実、彼女は何もしなかった。
体を動かさなかっただけでなく、この世界に魔法があるのならば魔法ですら使ってはいなかったのだ。
それどころか、拳を止めようとするあらゆる努力、意思すら放棄していた。
その理由は、その拳が無力だと知っていたからである。
少女は背中から手に鎌を持った。
「なっ・・!!」
彼は咄嗟にそれを取り上げようとした。しかし・・
(触れられない・・?!!)
何故か彼はか弱い少女から何も奪うことはできなかった。
確かに起こるこの奇妙な現象に、ぞっとする。
勝てない。そう直感が囁く。
だが、、違う。
勝てないのではない。
少女が強いからでもない。
全ては男自身がやっていたことだった。
「ひ、ひぇええええ!!」
男は逃げる。
恵まれた体格で以てして、酒場のテーブルをはじきながら、人を突き飛ばしながら、そこから逃走する。
しかし、、「ダメ」
少女がたった一言そういうだけで、彼は転倒する。
そして尻を地面につきながら、逃げようともがく。
「くそ・・くそ・・!!」
その移動量は、少女がつかつかと近寄ってくる速度に比べれば微々たるもの。
すぐに目の前に到達し鎌を振り上げた。
羞恥心から男は叫んだ。
「ま、、魔女めっ・・!!卑怯な魔法を使いやがって・・!!」
すると少女は首をかしげていった。
「魔法?魔女?違うよ。
それは魔法じゃなくて、あなた自身が勝手にやっていることだよ」
「・・・は?」
その言葉になぜかしっくりくるものを感じた彼は、ついさっきの自分の体の異常を瞬間的に思い出していた。
(・・・まさか)
そう、拳が彼女に到達しなかったこと。
そして逃げられないこと。
これは、、恐怖だ。
目の前の少女は、男が持っていた恐れの体現とも言ってよかった。
なぜなのだろう。理由は良く分からないが、目の前のなんら彼の人生と関係ない少女と、彼が犯してきた罪が、まったく同じものとして認識していたのだ。
故に、触れたくなかったのだ。
そして、逃げられなかったのだ。
それは、魔法でも何でもなく、猛獣に出会って腰を抜かしてしまったかのような現象にすぎない。
そう、目の前の少女は、記憶。
それも膨大で、そして凄惨な記憶だった。
若いころ初めて彼が物を盗んだ記憶。兄弟を殺した記憶。親を討った記憶。強盗した記憶、仲間を裏切った記憶、お金を盗んだ記憶、逆切れした記憶・・!彼が後ろめたいと思い封印していた記憶だった。
(後ろめたい・??この俺が・・?!
彼は犯罪者だ。
そして、その犯罪の罪の意識を持っていないと思っていた。
だから犯罪をしても気にしなければ平気だと思っていた。
確かにそれはそうなのかもしれない。
だが、彼はヒトから奪い、壊して、恨まれ、そして傷つくような。。『弱い』人間だったのだ。
そのことをたった今気が付いたのである。鈍感ゆえに、怠惰ゆえに、死の間際までそれに気が付くことはなかった。
そして、、その精算していなかった罪の意識、、、それこそが目の前の少女だったのだ。
「じゃあ、殺すね」
少女は鎌を振り下ろす。一つだった者が二つになる。
その瞬間、男は罪を清算できたのかもしれない。
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