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第一章 急接近

2.寄り道

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 それからは下足室に着くまで無言が続いた。
 変化があったのは、校門を出て少ししたところだった。

「やっとだ、息苦しかったー!」

 開放された喜びに声を上げる。

「な、なんだ?」

 戸惑いながら見つめていると鷹也はニヤニヤしながらこっちを見てきた。

「俺、学校では爽やかスタイルだけど、外出たら雰囲気変えてんの。どこかで女子とバッタリ会って絡まれるの面倒だしな」

 カバンからヘアワックスを取り出し、髪を上げ、爽やかなストレートヘアからワイルドな見た目に変わる。アクセサリーケースもカバンから出てき、中からピアスを一つ一つ、耳の空いた穴に通していく。全て付け終わるとドヤ顔でこちらを見てくるのがおかしかった。

「似合ってる」
「だろ」

 オシャレは分からないが、彼に似合ってるのは分かる。爽やかな鷹也も、チャラついた鷹也も、やっぱり眩しく見えた。

「なぁ、和美!寄り道しようぜ!」

 帰って、勉強が…!断ろうと思ったのに、腕を取られ、繁華街の方へと方向を変えてしまい、タイミングを逃した。
 こうなれば、諦めて鷹也に付き合うしかない。

「どこへ行くんだ」
「んー、ゲーセン!和美ちゃんが経験無さそうなところ行く」

 ゲーセンとはゲームセンターのことか。たしかに、知らないな。何があるのか、どう遊ぶのかもよく知らない。だが、見ているだけがオチの気がするけどな。

「当たっているが、そんなところ行って何をするんだ。すぐ終わるのか」
「おいおい、和美ちゃんそんな野暮なこと言うなよ、楽しませるからさ」

 言ううちに目的の場所まで来たようだ。
 制服を来た学生と私服を来た若い男女がそれぞれ機械に向かい楽しんでいる。
 スロットゲームから出る音、カードゲーム台が発するキャラクターの声…それらが合わさりゲームセンター特有の騒がしさが耳を刺激する。
 自分がそれらの中に行くのは場違いですぐに引け目を感じた。

「か、帰る…」
「えぇ?待って待って。せっかくだから、これ。欲しいの無い?俺、得意だから取れるよ」

 クレーンゲームだ。欲しいのと言われても知ってるキャラクターなんて…と、数あるクレーンゲームを見回す。

「…あれ、とか」

 指を指して示す。少し大きめのクマのぬいぐるみだった。いい歳して、クマのぬいぐるみなんて恥ずかしかった。だけど、そのクマがマヌケで愛着が沸いた。鷹也に少し似ていると思った。
「へぇ、意外。いいよ、見てて」

 たぶん、言われたくても見てただろう。機械の前に立ち、中身を真剣に見ながらボタンを押していくのをボンヤリ眺めた。真剣なその横顔に見入ってしまう。有言実行、クマは取れた。俺に差し出してきた。

「ほら。やる」
「…ありがとう…」 

 受け取り抱きしめるようにかかえる。
 ふわふわだな。小さい頃からオモチャや人形に縁が無かったからこれは新鮮だな。小さい頃何で遊んでいたか?遊ぶ暇などなく英才教育をさせられていたに決まっているだろう。おかげで苦手なものは運動くらいか。

「ふっ…何か、違和感やべぇな、ぶはぁっ」
「失礼な奴だな、笑いすぎた」

 初めてだな。声を出して笑ってるとこを見るのは。

「や、悪い…はーっ笑った…大事にしてもらえよ」

 クマのぬいぐるみの頭部をさわさわと撫でた。

「うっ…」
「ど、どうした?」
「何でもない。次は何するんだ」

 おかしい…鷹也の顔が直視できなくなってしまった。あんな顔をするから…。
 愛おしい物を見るような優しい顔でクマを撫でる鷹也に心臓が大きく揺れて痛くなった。
 俺にはこの感覚を説明できる知識はまだなかった。

「じゃあさ、アレやろう。女子が好きなやつ」
「どれだ?」
「プリクラ。知ってる?」
「…!そ、それくらい分かる…だが、あれは…男二人で出来るものなのか?…女性なら分かるが男で撮るというのは…」
「あー、男だけだと出来ないところもあるらしいけど、前行った時は注意されなかったし、今日も大丈夫だろ?」

 前…。友達同士だろうか?

「…鷹也さんに羞恥は無いんですか」
「はぁ?照れたら負けだろ、こんなんノリだって。てか、日常会話で羞恥とか初めて聞いたわ」

 バカにされているのだろうか。

「そうですか。鷹也さんは国語の勉強をもっとされては」
「いや、俺、いっつも1位なの知ってるだろ」
「皮肉ですよ」
「…あ、さっきの気にした?だからって別に責めてるとかじゃないからな。だって俺、和美の言葉好きだし」
「…そう、ですか」

 素直な人なんだ。こっちがどう受け取ればいいのか分からないような言葉を平然と口にする。俺だけが気にして恥ずかしい。好き、なんて言葉どう受け取ればいいのか分からない。家族からも言われたことないのに。

「…そろそろいたたまれなくなってきたので帰りたいんですが。撮るなら早くしませんか」
「あ、うん。じゃ、最近の流行りは…あ、アレにしよう」

 流行りも何も全部同じに見える。同じ機械なのに、性能に違いがあるのか。女性のグループがたくさん機械に群がり、男子グループなど1人もいない。
 ヤケになって急かしたが、帰るのを優先するべきだったか。か、帰りたい…。
 慣れた手つきで画面を操作し、カーテンを開いて鷹也が中に入っていく。

「撮るよ、早く」
「え、あぁ、もうか?」

 腕を引っ張られ、つまずき、鷹也めがけて倒れ込む。その時、「パシャ」と音が鳴った。
 ハッとして画面を見ると抱きつく写真が写っていた。

「わ、悪い…」
「いいから!ほら、次くるから」

 見よう見まねで、ぎごちないポーズを取って全部の撮影が終わった。どっと疲れた。プリクラってこんなに頭を使うのか?ポーズを考える暇もなく次の撮影がきて混乱してしまった。
 鷹也は慣れたもので、「次、このポーズな」と指示してくれて助かった。
 勝手の分からない俺はペンを持つだけで、ラクガキやスタンプなどは鷹也がしてくれた。
 プリントされた写真シールをハサミで切った鷹也は半分を俺に渡してきた。

「はい、こっちは和美ちゃんの分。…俺さ、事故だったけど、コレが一番好きだわ」

 そう言って、抱きつく写真を示した鷹也を俺は写真と交互に二度見してしまった。
 それは、いったい…どういう意味なんだ?
 不思議と動悸がして、治まらなかった。

「も、もう、帰るぞ。充分だろう」
「うん。あ、待って、和美ちゃん!すぐ済むからここで待ってて!絶対だからな!勝手に帰るなよ!!…帰るなよ!!」

 2回言った…。どれだけ信用ないのか。帰りたがってるから言い聞かせるのも道理か。勉強以外に用事はなかった。ボンヤリ待つこと2分ほどだった。

「和美ちゃん、はい、どーぞ」

 若い子たちがよく片手に歩きながら飲んでるジュースだ。底に黒い玉のような食べ物か沈んでいる。

「あ、ありがとう…お金」
「いいから。今日のお礼だと思って。強引に連れ回して悪かったな。断ろうとしてただろ」
「まぁ…だが、悪くは、なかった」
「ん。なら良かった。俺もすげぇ楽しんだ。たまにはこういうのもいいだろ。じゃ、また学校でな!!」

 手を振る鷹也をただ見つめて見送ることしか出来なかった。片手にクマのぬいぐるみを抱えて立つ俺は他人から見れば、どんなにシュールだっただろうか。
 俺はメガネを押し上げ、背を向けて歩き出した。


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