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第1話 ゼロ
しおりを挟む口から垂れた唾液が手にじんわりと触れた。
ポケットからハンカチを取り出して、すぐにそれを拭い、誰もみていない事を確認後、再度眠りについた。
「おい、起きろよ。リュウ」
細いと言われる目はさらにぼんやりとしていた。
横を見ると、ケイが立っていた。
手には雑誌のようなものが一冊。
「なんだ?漫画の新刊?後で読むから置いといて」
「なんだよ、漫画じゃないけど太々しい態度だな。折角面白いもの見つけたというのに」
「面白い?」
ケイの顔は見なくとも嫌らしい笑みを浮かべているに違いない。
それを見せつけられるのは自分的に面白くない。
「幽体離脱」
突発的な単語を発したケイに対して、ハテナマークが脳を埋め尽くした。
「幽体離脱?芸人のネタ?」
「違うわ!昨日買ったムーっていう雑誌に載ってたんだけどさ、実際に体験した人が何人もいるらしい。気になってYUTOBEで調べてみたら、透明なのが抜けてるの」
まるで10歳くらい歳が下がったくらい興奮して話すケイに少しニヤけた。
「幽体離脱できたら何したい?」
気づくと眠気は何処かに行き、どうケイを弄ぶかを考えていた。
「とりあえず、テストをカンニングし放題だろ。あとは‥」
「あぁ、分かった。分かった。出来たらの話だからね」
「冷めるなー。お前はどうなんだよ、リュウ」
数秒くらい黙った。
実際に考えてみると予想外に面白い。
「いや、思いつかないわ」
ケイが反論しようとしたタイミングで担任が入ってきた。
ケイはムーを持ち、自分の席に颯爽と戻っていった。
再度机に伏せて眠りについた。
休み時間になると生徒たちの声が教室中に密集し始める。
「髪切った?」
「うん、切った切った。分かる」
聞き覚えのある声。
一際、クラスの雑踏の中でも掻き分けるように聴こえてくる声。
伏せている状態から少しその声の源へと目線を向ける。
レイが立っていたことをすぐに確認できた。
髪を切っている。
なんであんなに女の子の髪の毛って綺麗で柔らかそうなのだろう。
なんであんなに華奢なのだろう。
すぐに折れてしまいそう。
かよわい存在に思えてならない。
考えるだけで広角が上がってしまう。
自分の変態的な面が出てしまう。
そんな日常が自分は好きだった。
レイとは時々話すような仲でしかない。
クラスでもカーストの下の方に位置する自分は話す機会も少ない。
明るい性格の彼女はクラスの中でも人気者だった。
「寝てないだろ、お前」
ケイの声が邪魔をする。
「寝てる寝てる。寝てるから邪魔すんな」
「今日カラオケいく?駅前に新しくできたカラオケ、名前忘れたけど超安いから」
外は雨が燦々と降り、教室の窓辺に位置する自分の席は少しジメジメした。
「やめとくわ、家で寝たいし」
「ならばテルと行くからいいや、また今度にしよ」
聞こえるか聞こえないか程度の声で返事をした。
時間は刻々と過ぎ、下校時刻になったが、外の雨はまだ降り続けていた。
雨で少し濡れた昇降口に立った時、フワッとした香りが頭を突き刺した。
「あぁ、降ってる。雨って嫌いだなー、だよね?」
恐る恐る隣をみるとレイがこちらの表情を覗いていた。
「うわぁ。う、うんうん」
「いや、驚き過ぎだよ。じゃあね」
突然の出来事に声帯に力が入らない。
だが雨は好きだ。
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