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第二章 募る厄災

第二十九話 帰る場所

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 外はすっかり暗くなっていた。そんな夜の街を照らすよう、街灯がいとうや住宅の窓からあわい光を放っている。

「かなり遅くなっちゃったな」

 泥酔でいすい状態の女王様を寝かし付けた後、俺はセレシアに見送られながら城を後にした。テレサは起きる気配がなかったため、俺が背負って帰る羽目となったのだが……。

「はぁ、落ち着かない……」

 落とさないよう、常に支えておかなければならないうえ、背中に伝わる柔らかな感触が二つ。理性が持たん。

「ん、んん……あるじさまぁ……」

 テレサは時折、こうして寝言を呟く度にもぞもぞと動いたりを繰り返している。

 ( やめろっ、耳元でささやくな! 胸を押し付けるな!! )

「……まったく、手間のかかる」

 脳内にて一人騒ぎ続ける中、ようやくいつもの宿屋まで辿り着いた。
 レナはまだ起きてるのだろうか? そんな事を考えながら、俺はゆっくりと扉を開けつつ中の様子を確認する。付近にレナの姿は無く、フロントの裏にも居ない。となると、自分の部屋で寝ているのだろう。

「とりあえず、こいつを先に寝かせておくか」

 背中に張り付いているテレサを一瞥いちべつしつつ、俺は二階の部屋へと向かい、テレサをベッドに降ろした。今はぐっすりと眠っているが、朝になれば二日酔いでうなりながら起きてくるだろう。

 ( 魔族でも二日酔いとかになるのかな? )

 ふとした疑問を浮かべつつ、テレサに布団をかけてから部屋を出た。俺も自分の部屋に向かおうとしたが、喉の乾きを感じていたため、飲み物を求めてキッチンへと行き先を変えた。

「……あれ、レナ?」

 すると、そこには食卓用のテーブルに突っ伏しているパジャマ姿のレナが居た。声をかけても反応が無く、どうやら眠っているようだ。

「ずっと、待っててくれたのか」

 いつ寝てしまってもいいように着替えてまで、俺たちの帰りを待っててくれたのだろう。

 ( 悪いことしちゃったな…… )

 起こさないようにそっと抱き上げると、俺はレナの部屋へと向かった。勝手に人の部屋に入るのには多少抵抗があるが、さすがにあのままレナを放置しておく訳にもいかない。かと言って、俺が寝泊まりしてる部屋に連れていくのは色々とまずい。

 扉を開けて部屋に入ると、ゆっくりとベッドの上にレナを寝かせた。幸い起きることはなく、今も小さな寝息を立てて眠っている。

 ( 明日は早起きして、レナの手伝いでもしてあげよう。そうすれば時間に余裕が出来ると思うし、その後は出掛けたりするのもいいな )

 レナの寝顔を堪能たんのうしてから部屋を出ようとした時、棚の上に飾ってある写真立てが目に付いた。

「これは……家族写真か?」

 手に取って見ると、写真には若い男性と女性が写っていた。女性は腕に赤ん坊を抱いており、隣の男性と幸せそうに笑顔を浮かべている。
 レナの両親だろうか? そう言えば、母親の話はレナの口から聞いたことがなかった。

 ( ……話したくないのかもしれないな )

 写真立てを元の場所に戻し、再びレナの方へと視線を向ける。まだレナと出会って間も無い俺だが、少しでも支えになれるように努力しよう。

「いつもありがとな、レナ」

 そっとレナの頭を撫で、俺は部屋を後にした。

 部屋を出る際に見たレナの寝顔は、小さく微笑んでいるかのようにも見えた。

     ◆

 外から聞こえてくる小鳥の鳴き声に、私はゆっくりと目を開けた。身体を起こし、欠伸を零しながら伸びをする。

「あれ……?」

 そこでようやく、私は自分の部屋で寝ていたことに気が付いた。昨日は確か、ノーラさまたちが帰ってくるまで下の階で待っていたはずだが……。
 部屋に戻った記憶もなく、疑問は増えるばかりだった。

「……二人とも、帰ってきてるかな」

 結局は待ちきれずに寝てしまったため、昨日のお昼から二人の姿を見ていない。私は部屋を出ると、二人が使っている部屋へと向かった。
 今ではノーラさまがここに帰ってくる事を当たり前だと思ってしまっているが、やはり冒険者である以上、いずれ遠くへ行ってしまうのかもしれない。そう考えると、胸の辺りがチクチクと痛む。

 もし、遠くへ行ってしまっても。たまには会いに来てくれるだろうか?

 嫌な考えばかりをつのらせつつ、私はテレサさんの部屋の前で立ち止まった。耳を澄ますと、中からうめき声のようなものが聞こえてくる。

「あの……テレサさん、ですか……?」

 私は恐る恐る扉を開けつつ、隙間から中の様子を確認する。すると、ベッドの上で横になったまま唸り続けるテレサさんの姿があった。

「て、テレサさん!? 大丈夫ですか!?」

 私は慌てて中に入り、テレサさんの傍に駆け寄った。

「ぐぅぅっ……れ、レナちゃん……ごめんなさいねぇ。今はちょっと、大声はださないでほしくてぇ……」

 頭を押えながら、テレサさんは辛そうに答える。ひたいに手を当てても熱はなく、怪我も見当たらない。どうしたものかと頭を悩ませていると、テレサさんから僅かとお酒の臭いを感じ取った。

「……お酒飲みました?」

「うぅ……つい、飲みすぎちゃってぇ……いたたっ」

 お父さんが昔、お酒を飲み過ぎると次の日が辛いと言っていたのを思い出した。テレサさんは今、二日酔いで苦しんでいるのだろう。

「もう、気をつけてくださいね? 後でお水を持ってくるので、しばらくは安静にしててください」

「はぁい……ありがとねぇ、レナちゃん」

 テレサさんに布団をかけ直してから、次に私はノーラさまの部屋へと向かった。テレサさんが居たのだから、きっとノーラさまも部屋で寝ているはず。添い寝ができなかったのは少し残念だけど、私がちゃんと起こしてあげないと。

「ノーラさま。もう朝ですよ、起きてくださいっ」

 扉を数回ノックしてから声をかけてみるが、反応は返ってこない。相当疲れて眠っているのだろう、私は扉を開けて中を確認した。

「ノーラさま……?」

 しかし、部屋の中にノーラさまの姿はなく、窓から差し込む光が誰もいないベッドの上を照らしていた。

「……まだ、帰ってきてないのかな」

 肩を落としながら部屋を出た後、テレサさんのところへ水を持っていくために、私はキッチンへと向かった。
 大丈夫、きっとすぐ帰ってくる。そう自分に言い聞かせるものの、やはり心のどこかで不安を抱いてしまう。 

 しかし、そんな不安はすぐに消え去った。

「の、ノーラさま……!?」

 キッチン横のダイニングルームにて、テーブルに顔を伏せて眠るノーラさまの姿がそこにあった。さらには、テーブルにはたくさんの料理が並べられている。一人で作るには、かなり時間がかかるはずだが……。

「ノーラさまが作ってくれたのかな……」

 どれも上手に作られていて、まだ温かさも残っている。きっとまだ作って間も無いのだろう。

「……もう、ノーラさまったら。こんなところで寝ていたら、風邪をひいちゃいますよ……?」

 椅子を寄せると、私はノーラさまにくっつくようにして座る。私の体温で、少しでも暖まれるように。

「いつもありがとう、ノーラさま」

 その後もノーラさまが起きるまで寄り添って居たのだが……テレサさんに水を持っていくのは、それよりもっと後になってしまった。
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