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彼と彼女の秘密
桐生的デートの約束
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初煮会に桐生は強制参加させられる。だから、その前の土曜日だけでも一緒に入れないかと、実冬に持ちかけた。
真貴に聞いて、その日が休みなのは知っている。
『無理です』
電話越しでも分かる、きっぱりとした物言い。
「そっか。金曜の夜は?」
『残業がどうなるかで分かりません』
「じゃあ、仕事が終わったら店に行ってて」
『分かりました』
時任の店ではデートにすらならないが、仕方ない。会えないよりはいいと思った。
「お母さん、どうしたんですか?」
ずっと聞き耳を立てていたであろう、母親に桐生は話しかけた。
「いいえ。今度はいつ会うのかしら?」
「さて。お母さんに話すことではないでしょう?」
変な選民意識だけを持った母親に、桐生は一瞥だけするとその場を離れた。
もしかしたら、愛に邪魔されるかな? そう思うだけで気が重かった。
時任の店に最初に来たのは、やはりというべき美冬だった。しかも真貴ともう一人の同僚連れで。
「あら、桐生はまだなの?」
「……おい」
時任としてはため息をつかざるを得ない。二人は「一応」ここでデートなわけで。
「年末に約束していたご褒美をこれ以上延ばし延ばしにするわけにいかないでしょ?」
あっさりと真貴が言う。
「ウーロン茶で」
美冬から出た言葉に、時任は驚いた。
「明日大事な用事があるので、今日は呑みません」
あいつ、リサーチしくったな。それが美冬以外の感想だった。
桐生が遅くなると美冬に言ったのか、三人で和気藹々と飲食を楽しんでいた。そうしているうちに常連が出たり入ったりをして、ほとんどが美冬に声をかけていく。
「美冬ちゃん、お酒呑まないの?」
「今日彼氏は?」
「せっかくいないんだから、一杯奢ろうかと思ったけど残念」
要約するとほとんどがこんなことを言っている。
美冬もにっこり笑ってやり過ごしながら、真貴たちと話をして食べていた。
そんな中、女性が一人入ってきたが、誰一人気にすることがなかった。
時任もただの客として扱っていた。
「ごめん。遅くなった」
「桐生さん、お待ちしていましたわ」
そう言ったのは、件の女性。真貴が凍りついたのがわかった。
「桐生、あんた別れ話のつもりで呼んだの?」
「んなわきゃない!」
その女性を無視して桐生は三人のところに向かっていく。
「あのねぇ。俺は美冬とご飯を食べたかっただけなんだけど。ここなら仕事で遅くなったとしても、やきもきさせずにすむかなって思ってるんだけどさ」
「あら、悪かったわね。で、そちらのお嬢さんは? あんたの知り合い?」
「ん。従妹」
「まぁ。それだけではなく、将来の約束もした仲です。愛と申します」
にっこり微笑んで勝手に自己紹介した女性を一瞥すると、真貴はおもむろに立ち上がった。
「気分悪。帰るわ」
「私も帰ります」
美冬までもが立ち上がった。
「ちょっ……」
「婚約者さんと仲良くなさったらいかがですか? サイッテー」
もう一人の女性も立ち上がり、三人分真貴が支払って出て行った。
慌てて追いかけようとする桐生を愛が押し留め、にっこり微笑んでいた。
「さっさと追いかけろ。阿呆」
全く。ヘタレもいいところだ。
それに倣って出て行こうとする愛を時任は呼び止めた。
「頼んだものちゃんと食べて、支払っててくれ」
「先ほどの方たちは……」
「言うまでもなく、全部綺麗に食べて出てってるよ。酒だって残していない。それが出来ないなら、二度と来るな」
「なっ!? 客に向かって何を仰りますの!?」
「客だろうが、なんだろうが、店の入り口に書いてある。残すなら入るなってな」
頼むだけ頼んで食べないのが時任から見れば、何よりも侮辱だ。
急いで食い散らかすその様は、美冬たちと比べると下品に映った。
真貴に聞いて、その日が休みなのは知っている。
『無理です』
電話越しでも分かる、きっぱりとした物言い。
「そっか。金曜の夜は?」
『残業がどうなるかで分かりません』
「じゃあ、仕事が終わったら店に行ってて」
『分かりました』
時任の店ではデートにすらならないが、仕方ない。会えないよりはいいと思った。
「お母さん、どうしたんですか?」
ずっと聞き耳を立てていたであろう、母親に桐生は話しかけた。
「いいえ。今度はいつ会うのかしら?」
「さて。お母さんに話すことではないでしょう?」
変な選民意識だけを持った母親に、桐生は一瞥だけするとその場を離れた。
もしかしたら、愛に邪魔されるかな? そう思うだけで気が重かった。
時任の店に最初に来たのは、やはりというべき美冬だった。しかも真貴ともう一人の同僚連れで。
「あら、桐生はまだなの?」
「……おい」
時任としてはため息をつかざるを得ない。二人は「一応」ここでデートなわけで。
「年末に約束していたご褒美をこれ以上延ばし延ばしにするわけにいかないでしょ?」
あっさりと真貴が言う。
「ウーロン茶で」
美冬から出た言葉に、時任は驚いた。
「明日大事な用事があるので、今日は呑みません」
あいつ、リサーチしくったな。それが美冬以外の感想だった。
桐生が遅くなると美冬に言ったのか、三人で和気藹々と飲食を楽しんでいた。そうしているうちに常連が出たり入ったりをして、ほとんどが美冬に声をかけていく。
「美冬ちゃん、お酒呑まないの?」
「今日彼氏は?」
「せっかくいないんだから、一杯奢ろうかと思ったけど残念」
要約するとほとんどがこんなことを言っている。
美冬もにっこり笑ってやり過ごしながら、真貴たちと話をして食べていた。
そんな中、女性が一人入ってきたが、誰一人気にすることがなかった。
時任もただの客として扱っていた。
「ごめん。遅くなった」
「桐生さん、お待ちしていましたわ」
そう言ったのは、件の女性。真貴が凍りついたのがわかった。
「桐生、あんた別れ話のつもりで呼んだの?」
「んなわきゃない!」
その女性を無視して桐生は三人のところに向かっていく。
「あのねぇ。俺は美冬とご飯を食べたかっただけなんだけど。ここなら仕事で遅くなったとしても、やきもきさせずにすむかなって思ってるんだけどさ」
「あら、悪かったわね。で、そちらのお嬢さんは? あんたの知り合い?」
「ん。従妹」
「まぁ。それだけではなく、将来の約束もした仲です。愛と申します」
にっこり微笑んで勝手に自己紹介した女性を一瞥すると、真貴はおもむろに立ち上がった。
「気分悪。帰るわ」
「私も帰ります」
美冬までもが立ち上がった。
「ちょっ……」
「婚約者さんと仲良くなさったらいかがですか? サイッテー」
もう一人の女性も立ち上がり、三人分真貴が支払って出て行った。
慌てて追いかけようとする桐生を愛が押し留め、にっこり微笑んでいた。
「さっさと追いかけろ。阿呆」
全く。ヘタレもいいところだ。
それに倣って出て行こうとする愛を時任は呼び止めた。
「頼んだものちゃんと食べて、支払っててくれ」
「先ほどの方たちは……」
「言うまでもなく、全部綺麗に食べて出てってるよ。酒だって残していない。それが出来ないなら、二度と来るな」
「なっ!? 客に向かって何を仰りますの!?」
「客だろうが、なんだろうが、店の入り口に書いてある。残すなら入るなってな」
頼むだけ頼んで食べないのが時任から見れば、何よりも侮辱だ。
急いで食い散らかすその様は、美冬たちと比べると下品に映った。
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