日本酒でカクテルを

神月 一乃

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日本酒でカクテルを

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 月曜から土曜まで営業中の居酒屋「ときとう」。

 知る人ぞ知る隠れた名店でもある。

 この店においてあるのは、日本酒や焼酎といった者が主体。
 それを知ってこの店にやってくる客はやはり中高年が多いが、最近は女性客も増えた。

 理由は、日本酒ベースのカクテルなども出したことだ。

 だがあくまで「居酒屋」。
 それゆえ頼まれでもしない限り、店主はカクテルを出さない。

 そんな居酒屋に一風変わった客がやって来たのは、金曜から土曜に変わる時間帯だった。

「泡!! 泡のお酒頂戴!! 出来ればシャンパーニュのどれか!!」

 開口一番にこれだったため、店主の時任ときとうはかなり呆れた。
「お客さん、うちはバーじゃありません。おいてませんよ」
「何それ!! じゃあ、泡の酒っ! ビール以外で!!」
 なんかあったかな。注文を受けた時任が思ったのはそれだった。
 泡の酒ね。……先日発注した発泡日本酒は常連の女の子がほとんど飲みつくして行った後である。
 仕方がない。酒のカクテルを作るか。奈良の酒蔵で作られた「春鹿はるしか」をベースにトニックとソーダを入れていく。「サキ・ニック」と呼ばれるかなり一般的な日本酒のカクテルである。
「お待たせしました」
「ありがとー」
 そう言って女性が一口飲むと、少しだけ嫌そうな顔をした。
「これって……」
「ベースが日本酒です。当店は居酒屋で、日本酒と焼酎がメインの店ですので」
 入るところを間違えたなら、とっとと帰れ。そういったくなるのを、時任は堪えた。
「それは失礼しました。だったら尚更意外です。どうしてカクテルを出すんですか?」
「酒が苦手でも少しは飲みたいと仰る方がいるので、研究しました」
「そうですか。これ、もう一杯ください」
 言われるがままもう一つ作り、女性の前に出す。

 女性は気に入ったようで、何度もそればかりをおかわりしていた。

「本当は発泡日本酒というのもあるんですがね。シャンパーニュに近いものもあるんですが」
「それ、出してください」
「本日は品切れなんですよ。かなり飲む方が夕方から夜にかけていらしたので」
「……そうですか」
 やや不貞腐れたように女性が言う。そして、女性の前に肴を出した。
「これ……」
「本日、発泡日本酒が切れていたお詫びということで」
「……そう」
 本日一押しの煮物だ。
「……美味しい……」
「それは何より」
「こんなに美味しい煮付け食べたの、初めてかも」
 食べた時に綻ぶ顔は、見ていて好ましいと思う。
「この煮付けに合う、日本酒を頂戴」
「炭酸系はありませんが……」
「いいの。なんだか日本酒が飲みたい気分」
「どんな味がお好み……」
「初めて飲むの。だから飲みやすいやつで」
「かしこまりました」
 だったら、「|上善水如じょうぜんみずのごとし」か「白川郷」か。二つの酒をガラス製の徳利に入れ、出す。
「え?」
「色を楽しむのも一つの手です」
「……ありがとう」
 飲んだあとに、ふわりと微笑む。
「美味しい……」
「どちらの方が好みですか?」
「『白川郷』かな?」
 やはり甘いほうが好きか。そんなことを思いながら、とっておきの酒を出す。
「同じ『白川郷』ですが、こちらは生酒を冷凍したものです」
 一緒に味わってもらうため、少しばかり濃い味付けの肴も出す。
「いいんですか?」
「えぇ。構いません。これから一眠りする前に飲もうと思って出しておいたやつですから」
 友人が「土産」と称し、数本置いていったものだ。


「今日、私、誕生日だったんです」
 長年付き合っていた男にプロポーズをほのめかされていたはずが、一転。いきなり別れ話をされたのだ。
「そうでしたか……」
「『お前の誕生日には毎回シャンパーニュでお祝いだよ』って言ってくれてたんですけど……」
 どこぞの御曹司で、酒に詳しいらしい。そんな男に女は酒を教えてもらったという。
「どうしてって聞こうと思ったら、既にいなくて……色んな店に行ってもカップルばっかり。くすくす笑う声が聞こえて、そしたら彼が別の女性と一緒に店にいたんです」
 先に入っていたのが男だったため、一杯だけ飲んで逃げてきたという。そして、この店にたどり着いたというわけだ。
「まぁ、居酒屋ですからね。ピークの時間は早めですし」
「……助かりました」
「いえいえ……美味しく飲み食いする姿を見たくて仕事をしてますので」
「日本酒でもこんなに美味しいお酒があったって初めて知りました」
「……今出したのは有名どころだけですが、日本全国津々浦々日本酒の酒蔵があります。土地土地で味が違うので楽しいんですがね」
「初めて知りました。ずっと、苦くて癖の強いのばかりだと思ってましたから」
「飲みやすいお酒も全国に散らばってます。まぁ、男もそれくらいいるんだと思ってください。ちなみに、カクテルで使った酒は奈良県で造られたもの、そのあと徳利に入れて出した酒が新潟と岐阜です」
 酒蔵の位置を言えば、女性はまた笑った。
「一週間の有給ありますから、少し酒蔵めぐりでもしようかな」
「いいかもしれませんね。都内にも酒蔵はあります。明治期に創業した『小山酒造』さんは二十三区内にある唯一の酒蔵ですから、のぞいてみてはいかがですか?」
 要予約ですけどね。時任はそう言って笑う。
「ですが、その前にこれ飲干しましょう」
「え゛!?」
「一度解凍してしまうと、一ヶ月以内に飲むのが美味しいと書かれてましたから。どうせです。解凍した日に飲んでしまいましょう」
「い……いいんですか?」
「どうせですから、自棄酒に付き合いますよ」
 恐縮する女性を宥め、暖簾を外して一緒に飲んだ。


「う゛~~。頭いちゃい……」
 気がつけば加納 朱里かのう あかりは家にいた。
 記憶があるのは、彼に振られて、彼が勧めてくれたバーをはしごして……そこで彼と新しい彼女さんと会って……逃げるようにそこを出て、適当なバーらしきところに入った。
 そこはバーではなく、居酒屋で、店主と色々飲んで……その後の記憶がない。
「やっちゃった……」
 まずい。かなりまずい。
 貞操も財布もやばい。そんなことを思ってしまった。

 慌ててバッグをのぞいてみると、きちんと財布はあり、そして財布近くにメモ用紙があった。

――加納さんへ
 これを読んでいる頃にはおそらくご自宅で目を覚ましたあとだと思われます。
 途中から記憶があやふやそうですのでこれを書いておきます。
 当店で酒を飲み、タクシーを呼んだところで、あなたの自称「元彼」と会いました。あなたをふしだらだと仰っていたので、そういった事柄は一切ないと伝えてあります。実際にありませんのでご安心を。
 結局とある人に頼んで送ってもらったので、タクシー代はかかっていません。
 そして酒代ですが、ツケにしましたので、後日お支払いに来ていただければと思います。
 料金は○円です。
                          居酒屋 ときとう店主――

 用件のみが書かれた紙を朱里は食い入るように見た。

 あの店主らしい几帳面な字だ。

 あの店に再度行く用事が出来たことを喜ぶ朱里だった。
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