日本酒でカクテルを

神月 一乃

文字の大きさ
上 下
1 / 1

日本酒でカクテルを

しおりを挟む
 月曜から土曜まで営業中の居酒屋「ときとう」。

 知る人ぞ知る隠れた名店でもある。

 この店においてあるのは、日本酒や焼酎といった者が主体。
 それを知ってこの店にやってくる客はやはり中高年が多いが、最近は女性客も増えた。

 理由は、日本酒ベースのカクテルなども出したことだ。

 だがあくまで「居酒屋」。
 それゆえ頼まれでもしない限り、店主はカクテルを出さない。

 そんな居酒屋に一風変わった客がやって来たのは、金曜から土曜に変わる時間帯だった。

「泡!! 泡のお酒頂戴!! 出来ればシャンパーニュのどれか!!」

 開口一番にこれだったため、店主の時任ときとうはかなり呆れた。
「お客さん、うちはバーじゃありません。おいてませんよ」
「何それ!! じゃあ、泡の酒っ! ビール以外で!!」
 なんかあったかな。注文を受けた時任が思ったのはそれだった。
 泡の酒ね。……先日発注した発泡日本酒は常連の女の子がほとんど飲みつくして行った後である。
 仕方がない。酒のカクテルを作るか。奈良の酒蔵で作られた「春鹿はるしか」をベースにトニックとソーダを入れていく。「サキ・ニック」と呼ばれるかなり一般的な日本酒のカクテルである。
「お待たせしました」
「ありがとー」
 そう言って女性が一口飲むと、少しだけ嫌そうな顔をした。
「これって……」
「ベースが日本酒です。当店は居酒屋で、日本酒と焼酎がメインの店ですので」
 入るところを間違えたなら、とっとと帰れ。そういったくなるのを、時任は堪えた。
「それは失礼しました。だったら尚更意外です。どうしてカクテルを出すんですか?」
「酒が苦手でも少しは飲みたいと仰る方がいるので、研究しました」
「そうですか。これ、もう一杯ください」
 言われるがままもう一つ作り、女性の前に出す。

 女性は気に入ったようで、何度もそればかりをおかわりしていた。

「本当は発泡日本酒というのもあるんですがね。シャンパーニュに近いものもあるんですが」
「それ、出してください」
「本日は品切れなんですよ。かなり飲む方が夕方から夜にかけていらしたので」
「……そうですか」
 やや不貞腐れたように女性が言う。そして、女性の前に肴を出した。
「これ……」
「本日、発泡日本酒が切れていたお詫びということで」
「……そう」
 本日一押しの煮物だ。
「……美味しい……」
「それは何より」
「こんなに美味しい煮付け食べたの、初めてかも」
 食べた時に綻ぶ顔は、見ていて好ましいと思う。
「この煮付けに合う、日本酒を頂戴」
「炭酸系はありませんが……」
「いいの。なんだか日本酒が飲みたい気分」
「どんな味がお好み……」
「初めて飲むの。だから飲みやすいやつで」
「かしこまりました」
 だったら、「|上善水如じょうぜんみずのごとし」か「白川郷」か。二つの酒をガラス製の徳利に入れ、出す。
「え?」
「色を楽しむのも一つの手です」
「……ありがとう」
 飲んだあとに、ふわりと微笑む。
「美味しい……」
「どちらの方が好みですか?」
「『白川郷』かな?」
 やはり甘いほうが好きか。そんなことを思いながら、とっておきの酒を出す。
「同じ『白川郷』ですが、こちらは生酒を冷凍したものです」
 一緒に味わってもらうため、少しばかり濃い味付けの肴も出す。
「いいんですか?」
「えぇ。構いません。これから一眠りする前に飲もうと思って出しておいたやつですから」
 友人が「土産」と称し、数本置いていったものだ。


「今日、私、誕生日だったんです」
 長年付き合っていた男にプロポーズをほのめかされていたはずが、一転。いきなり別れ話をされたのだ。
「そうでしたか……」
「『お前の誕生日には毎回シャンパーニュでお祝いだよ』って言ってくれてたんですけど……」
 どこぞの御曹司で、酒に詳しいらしい。そんな男に女は酒を教えてもらったという。
「どうしてって聞こうと思ったら、既にいなくて……色んな店に行ってもカップルばっかり。くすくす笑う声が聞こえて、そしたら彼が別の女性と一緒に店にいたんです」
 先に入っていたのが男だったため、一杯だけ飲んで逃げてきたという。そして、この店にたどり着いたというわけだ。
「まぁ、居酒屋ですからね。ピークの時間は早めですし」
「……助かりました」
「いえいえ……美味しく飲み食いする姿を見たくて仕事をしてますので」
「日本酒でもこんなに美味しいお酒があったって初めて知りました」
「……今出したのは有名どころだけですが、日本全国津々浦々日本酒の酒蔵があります。土地土地で味が違うので楽しいんですがね」
「初めて知りました。ずっと、苦くて癖の強いのばかりだと思ってましたから」
「飲みやすいお酒も全国に散らばってます。まぁ、男もそれくらいいるんだと思ってください。ちなみに、カクテルで使った酒は奈良県で造られたもの、そのあと徳利に入れて出した酒が新潟と岐阜です」
 酒蔵の位置を言えば、女性はまた笑った。
「一週間の有給ありますから、少し酒蔵めぐりでもしようかな」
「いいかもしれませんね。都内にも酒蔵はあります。明治期に創業した『小山酒造』さんは二十三区内にある唯一の酒蔵ですから、のぞいてみてはいかがですか?」
 要予約ですけどね。時任はそう言って笑う。
「ですが、その前にこれ飲干しましょう」
「え゛!?」
「一度解凍してしまうと、一ヶ月以内に飲むのが美味しいと書かれてましたから。どうせです。解凍した日に飲んでしまいましょう」
「い……いいんですか?」
「どうせですから、自棄酒に付き合いますよ」
 恐縮する女性を宥め、暖簾を外して一緒に飲んだ。


「う゛~~。頭いちゃい……」
 気がつけば加納 朱里かのう あかりは家にいた。
 記憶があるのは、彼に振られて、彼が勧めてくれたバーをはしごして……そこで彼と新しい彼女さんと会って……逃げるようにそこを出て、適当なバーらしきところに入った。
 そこはバーではなく、居酒屋で、店主と色々飲んで……その後の記憶がない。
「やっちゃった……」
 まずい。かなりまずい。
 貞操も財布もやばい。そんなことを思ってしまった。

 慌ててバッグをのぞいてみると、きちんと財布はあり、そして財布近くにメモ用紙があった。

――加納さんへ
 これを読んでいる頃にはおそらくご自宅で目を覚ましたあとだと思われます。
 途中から記憶があやふやそうですのでこれを書いておきます。
 当店で酒を飲み、タクシーを呼んだところで、あなたの自称「元彼」と会いました。あなたをふしだらだと仰っていたので、そういった事柄は一切ないと伝えてあります。実際にありませんのでご安心を。
 結局とある人に頼んで送ってもらったので、タクシー代はかかっていません。
 そして酒代ですが、ツケにしましたので、後日お支払いに来ていただければと思います。
 料金は○円です。
                          居酒屋 ときとう店主――

 用件のみが書かれた紙を朱里は食い入るように見た。

 あの店主らしい几帳面な字だ。

 あの店に再度行く用事が出来たことを喜ぶ朱里だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

処理中です...