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希臘(ぎりしゃ)にて
しおりを挟む着物姿で動くりのは、良くも悪くも人を釘付けにした。一応、洋装も持ってきている。問題は、釦が多いことだ。釦で四苦八苦するくらいなら、慣れた着物が楽だ。
「女学校時代の袴でも持って来ればよかったかしら」
船旅とは退屈ではあるが、危険もある。まず、女性一人での旅ということで、目を付けられやすい。時折娼婦やどこかの愛人に間違われることすらある。女に飢えた男からしたら、一人でいるりのは、格好の餌食だ。
そんな男どもから自身を守るためには護衛術も必須なわけで、毎日薙刀の稽古に勤しんでいる。
「八重様のように砲術も学んでおけばよかったかしら?」
女学校では習わないが、両親のところにいた頃なら何とか学べたかもしれない。そんな事すら思ってしまう。自衛は大事なのだ。
船で数か月。
やっと目的地である希臘が近づいてきた。退屈な船旅も終わりとなり、一つ目的が達成される。
領事館に行けば、やはり夫の遺体は荼毘して送った後だという。
「……やはり、ですか」
「そのように指示がありましたので。あと、『佐川』りの様宛に電報が届いております」
そこに書かれていたのは「二度と烏谷の名前を使わないこと。りのが嫁ぎ先に置いてきた荷物はすべて売ったこと」などが書かれていた。
「この際、帰国はどうなるのでしょう?」
「本国に問い合わせてみます」
「ありがとうございます」
旧姓宛で電報が届いているあたり、悪辣だ。
「行くあてはございますか?」
そう、りのの手持ちは心許ない。元々夫の遺体を引き取りすぐ帰国するという計算しかしていないのだ。
「差し支えなければ、当家で借りている別荘をお使いください」
大使の温かい心遣いに、りのは感謝した。
この時既に八月。日本を発って三か月以上経過していた。
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八重様……某大河ドラマ「八重の桜」の主人公、新島八重(旧姓:山本)のこと。りのは八重と同じ会津若松出身。お父上は会津藩砲術師範。鶴ヶ城籠城戦では刀とスペンサー銃を持って奮戦したと言われている。男勝りだったらしい。
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