不誠実な人たち

神月 一乃

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前編

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 何故、あの人を好きになってしまったのだろう。
 新奈にいなはつい思ってしまう。

 新奈が好きになった人は、軽薄な人だった。いつも、新奈に愛を囁きつつ、他の人を愛していた。そして、いつも優先順位で最下位だった。


「おかえりなさい」
「ただいま」
 自分も軽薄だと思う。その人を想いつつ、他の男と結婚したのだ。「忘れられない人がいる」そう夫には宣言した。それでもいいからと結婚を承諾してくれたのは夫だ。だが、夫にも愛人がいることを知っている。
 新奈は男と一切の縁を切ったが、夫は愛人との関係を切らなかった。ただ、それだけの違いだ。

 正直、愛人の管理くらいしっかりして欲しいと思ってしまう。新奈の仕事先に夫の愛人が突撃してくるのは珍しくない。今月に入って四回目、結婚して三年で通算八人目の愛人が今日突撃してきたのだ。
「また、迷惑をかけたようだね」
 この家において、新奈の地位は低い。こういわれてしまえば、新奈は何も言えないのだ。
「仕事変えようかと思っております」
「半年前に入ったばっかりだろう?」
「上長から厳重注意を受けましたので」
 愛人の突撃で。それを言外に含み、新奈は夫に告げた。

 おそらく夫の本命は他にいる。その人を隠したいがための結婚と、あまたの愛人だろう。
「次の仕事先は?」
「またハローワークで探します」
「……そうか」
 ある意味ブラックリストに載っていてもおかしくない。離職理由が理由だ。

 姑に呼ばれたため、夫との会話はそこで途切れた。


 新奈の居場所はどこにもない。
 舅と姑には子供が出来ないことを未だ嫌味を言われる。どうやら新奈は「石女」らしい。関係が一切ないのだから、仕方ないだろうと言いたい。一度そのことを二人に告げたが信じて貰えず、その件が夫の耳に入り殴られそうになった。どうやら、新奈には「石女」でいて欲しいようだ。
「いっそ、子供が出来ないのならお風呂にでも沈めた方がいいかもしれませんわね」
「儂が教えてやってもいいが」
 上品ないでたちで、姑と舅が下品なことを口走った。どうせ仕事も辞めるのであれば、そういう仕事もいいだろうと。

 風俗が悪いとかではない。新奈がどんな理由であれ風俗になど行きようものなら、それを理由に離婚させるはずだ。それが見え透いていた。


 仕事を辞めると上長に伝えたところ、ほっとした顔をしていた。人数の少ない職場だ。一人抜けるだけでも大変だが、あのヒステリックな女性に付き合わなくて済むというのが大きいのだろう。来客とて、あんなのと顔を合わせたら逃げていく。

「春日井さん?」
「高藤さん、今は植松です」
 旧姓で呼ばれたため、驚いて顔をあげれば、そこにいたのはあの人の知人だった。
「結婚したって話、本当だったんだね。ここで働いていたなんて初めて知ったよ。今日からここの担当になった。担当者は誰?」
「お待ちください」
 もうすぐ辞めます、そのことは伏せておいた。

 高藤は見た目麗しい。職場の女性たちがソワソワするのも分かる。

 それきり、職場で高藤と会うことはなかった。


 ハローワークで探すものの、すべてお断りされる日々が続く。職場同士のネットワークというものも侮れないのだ。
「そろそろ本当に風呂にでも行かれたら?」
 辞めて一か月後、姑に早速言われた。誰が行くか。

「やっと見つけた」
 ハローワークで新奈の手を掴んだのは高藤だった。
「まったく、二回目あそこに行ったら居ないんだもん」
「どう……して?」
「あいつと付き合っている時と同じ顔してるよ。うつむいて元気がない」
 あの人のことを口に出さないで。そう言えたらどれほど楽か。新奈は唇をかんだ。
「新奈ちゃんを責めるわけじゃない。あいつが悪いし、そんな顔をさせる夫が悪い。……辞めた理由聞いたよ」
 前の職場にいたおしゃべり小母さんがぽろっとこぼしたのだろう。
「新奈ちゃんは悪くないでしょ。愛人いるならきちんと管理しなよって話。で、今も職探しているんだよね」
「はい」
「よかったらうちで働かない?」
「……それは」
「大丈夫。俺もあいつと縁を切ったから」
 にこりと微笑む高藤に、新奈は首を傾げた。そう言えば、いつから新奈を「ちゃん付け」で呼んでいるのか。
「あいつと繋がりがある連中と全部切ったのは知ってるよ。俺も含まれていたし。今はあいつと付き合いはないし、繋がりもない。だったら大丈夫なはずだ。新奈ちゃんの能力は俺も知っているし」
「でも……」
「どこかに迷惑をかけるなら、一緒でしょ。煩い女なら俺が追い払うから」
 これ以上、あの家にいて舅と姑の顔など見ていたくもない。それが後押しとなり、高藤が作った会社へ入社することにした。


 会社に常にいるのは新奈一人だ。他に数名いるが、朝と夕方くらいしか顔を合わせない。高藤は昼にも戻ってくるため、一番顔を合わせている状態でもある。
 新奈が働きだして数か月。あの女が何度か来たが、そのたびに何故か高藤やら他の従業員がおり、顔を合わせることはなかった。それに業を煮やした女たちが、新奈の仕事終わりに外で待つようになると、駅まで送ってくれるようにすらなった。

 そのことで気に入らないのが夫とその親だ。新奈が新しい会社の従業員を「誑し込んだ」と煩い。義両親も新奈の情報を愛人さんたちに渡していたようである。おおよそ想像はついていたが、きついものがある。


 そして、事件は起きた。

 その日たまたま一人で帰宅することになった。
「!!」
 声をあげる間もなく、後ろからスタンガンを当てられた。何とか振り返り、あてた人間を確認すると、そこにいたのは何度か顔を見たことがある愛人と、高藤の会社従業員、みかどだった。

 ここまで嫌われ続ける人生なのか。そんなことを思いながら、新奈は意識を失った。
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