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番外編

5 二人の決別

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キールは茶金髪と桃色瞳を持つ少年を少し探したが、直ぐに諦めた。見つけても、不仲になった原因をまだ解消していない(昇進していない)から、すぐにまた喧嘩になってしまうだろう。

ココルがいなくなって数ヶ月すると、離縁申請書が教会から送られて来て、キールは何も考えずに署名をした。もう、変わってしまったココルを愛せる気もしなければ、縋りつこうとする自分も許せなかった。

ココルのいない家は、瞬く間に汚れていった。これまで勝手に綺麗になっていた家は、キールだけでは手のひらを返したように混沌とし、キールは通いの家政婦を雇った。

家政婦は派遣で週に二日しか来ない、平民のオメガ男性。番も既にいて、たまにこうして小遣い稼ぎをするらしい。
家政婦を雇うのに、キールは服を買うのを我慢しなくてはならなかった。想定より家政婦の給金は高かったし、そもそもキールの給金は低かったことに気付く。


「ココル……」


ココルの住んでいた形跡は、なんとなく捨てるに捨てられ無かった。キールの唯一愛していた人。

どこで間違ったのかと言えば、アシリスを手放してしまった時か。理性で考えれば、アシリスを手元に置いたまま、ココルを愛妾にすべきだった。

しかしココルは純真そのもので、愛妾という言葉すら知らない彼に、愛妾になれなどと言えなかった。そうすればたちまち離れられてしまうと、確信していた。


「は、はは……、愛の代償は、こんなにも大きかったのか……」


キールの端正な容姿は、みるみるしなびた。それでも少し残った美形さを使って、ココルの影を追うように、似た風貌の少年を引っ掛けようとするものの、いざという場面で、キールの下半身は全く反応しない。
ココルと育んだ輝かしい愛は、過去のものになったというのに、あれを超える情熱を見つけられないのだ。


噂話でアシリスと辺境伯爵令息が番になったと聞かされ、助け出そうと動く……前に、王家の影に捕まり、ノーランド辺境領から遠く離れた場所へ遠征させられた。何度かそれを繰り返してやっと無理だと諦めがついてからは、もう黙々と鍛錬をこなす他、選択肢は無くなっていた。でなければ殉死する。


騎士を辞める事も許されず、昇進することもなく、最愛にも見限られたキールは、もう二度と満たされることはなかった。








――――――――――――――――




ココルは光属性魔法に関しては、実直に鍛錬をこなしていた。目眩しばかり派手だった魔法はなりをひそめ、今ではふわりと優しく光るだけ。劇的に改善した。

無知は罪だ。そう自戒したココルはキールから離れて神官となり、真面目に仕事をこなした。そして様々な懺悔者からの相談を受けているうち、ようやく、長年の婚約者を奪われたらどんな気持ちになるのか、想像がつく様になった。

(奪ってしまってごめんなさい、なんて言葉は、まるで意味がないどころか、逆撫でするようなものだ……)

あの日。キールが婚約を解消するのに連れて行かれたココルは、とんでもないことになったという混乱と、アシリスに冷たく見つめられて恐怖の真ん中にあり、泣き出してしまった。キールに頼るしか無く、アシリスの目の前でがっつり抱き合ってしまっていた。

自分のことしか考えてなかった。それどころか、何でも持っているアシリスは、更に慰謝料に鉱山なんてもの――ココルのイメージでは、ザクザクと無限に金を掘り出せる山だ――を貰っていくと聞き、もう一生働かなくて済むなんていいな、とまで思っていた。それは全くの筋違いだと気付きもせずに。


(ぼくより、アシリス様の方がよっぽど辛いはずだったのに。あの方は、ぼくたちを責める言葉を一つも吐かなかった……)


自らの無知によって、婚約者を奪ってしまったアシリスの幸せを願って、祈る。謝罪に行くことはしなかった。自己満足でしかない上、幸せそうな噂は聞いている。そこにわざわざ、簒奪者であるココルを思い出させるのは不快でしかないだろう。


最初で最後の恋も終えたし、オメガとして子も成せた。思い残すことは無かった。

頸にある、キールに噛まれた消えない跡を指でなぞるたび、胸が痛みに疼く。しかしそれもココルに与えられた罰。忘れるくらいなら、ずっと痛くていい。

そんな彼は周囲の神官の中で密かな人気となるのだが、それはもう少し先の話だった。





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