上 下
12 / 19
番外編

1 キールの計画

しおりを挟む

ココルに出会ったのは、学園で迷っていたのを助けた偶然から。
孤児だった名残か、どこかおどおどと見上げてくる大きな桃色の瞳。可愛い。相当可愛い。

貴族社会でおどおどする奴は、気弱で隙が多く、私は嫌いだったはずなのに……ココルは違う。胸をキュンと鷲掴みにされるような、愛らしさだった。

婚約者のアシリスと比べると、全く違う。
アシリス・ウォーカーは動じない。
いつ何時どんな無茶振りをしても『ご用意あります』と返してくる。いつだってアシリス・ウォーカーだ。

ココルは少し指が触れただけで顔を真っ赤にしてしまうが、アシリスは目を瞬かせて『失礼しました』と言うだけ。
ココルの作る菓子は素朴で味わい深いが、アシリスは料理人に指示をして、ありふれたものを作らせるだけ。

頭では分かっている。アシリスは次期王子妃に相応しい教養を身につけているし、性格的にも弱気とは程遠く、頭も口も良く回る。ストレス耐性もあり、学園では友人に囲まれ、人脈も形成している。

ただ、私が愛しているか、といえば、そうではなかった。

運命共同体だとは思っていた。共に闘う戦友のようなもの。オメガとは言え、彼の強かさに隙は無い。

彼の魔法属性も、一般的ではない。昔々は呪術と一緒くたにされて恐れられていた闇属性。魔法に関する研究が進んだ今は、別物だと分かっている。

但し、そういった昔の文献に触れたり、対策を取る機会の多い私からすれば、なんとなく穢らわしいイメージがついてしまったのは仕方のないことだった。

触れると同時に洗脳される、とか。
目を合わせると魅了される、とか。

ありえない事だとは分かるものの、アシリス・ウォーカーなら出来そうな気もして、気が休まらない。表面上だけは、婚約者の義務を果たしていた。






ところが一方、ココルはどうだ。

周りが皆貴族の令息令嬢の学園に、突然放り込まれた子兎のよう。目立たないよう小さな体をますます小さくさせて、講義内容も分からず、魔力操作の方法も分からず、ただただ翻弄されていた。可哀想で不憫で仕方ない。

度々励ましていたのは、同情からだった。

そう思っていた頃に、ココルが人々を癒す現場を目撃した。

神の降臨と見紛うような光の柱が立ち上り、目が眩む。そして目を開けると……光の粉がちらちらと舞う中、複数の人間を、一度に癒していたのだ。

あれは歴史的瞬間だった。それから何度も見せ……いや、魅せてもらったが、いつ見ても素晴らしかった。

惹かれずにいられる人間がいるだろうか?

治癒をされた人間も、ココルを神だと間違えて崇める始末。学園が休みの日にそうして治癒を施すココルは、市井人気が高かった。

ふむ……。これは、何とかなるかもしれない。







ココルをなんとしても手に入れたい。その思いで一計を案じた。

ココルに手を出そうとする男共を蹴散らし、親睦を深める。薄めの発情剤を飲み物に混ぜ、混乱するココルを大事に、それでいて激しく抱いた。

発情期におけるオメガの妊娠確率は、ほぼ100パーセント。避妊はあえてしなかった。王族の子供が出来れば、殺すことは出来ない。つまり、ココルを王家で保護せざるを得ない。

ココルの人気の高さから、彼を愛妾などという、一時の慰めのための地位には置けない。妃として迎える。

第二妃に、というのも不可能だ。正妃と婚姻してから三年、子供が出来なければ、二人目の妃を迎えられるという法律だからだ。つまり、この時点でアシリスを婚約者から下ろすことは決定していた。

ただし、惜しむらくはあの有能さ。ココルは真面目で、勉学にも一生懸命取り組む姿勢を見せているのだから、数年かければ立派な王子妃になれる。ただ、その数年の間に足元をすくわれないよう、補佐する人間が必要だった。
アシリスにピッタリだった。長年、私のために働いてくれたのだ。ココルのためは私のためと同じこと。


あわよくば、アシリスの父親、ウォーカー公爵に、ココルを養子として受け入れてくれないだろうか。

まぁ、それはもう少し先でいい。
ココルが貴族としてのたしなみを身につけ、高位貴族としてもやっていけることを示さなければならないし、繊細なココルの精神的負担を考えても、急ぎすぎるのは良く無い。

アシリスは多少驚きはしていたものの、すぐに婚約解消を了承してくれた。やはり従順でいい。もう少し待っててくれ、用意が出来たら迎えに行くから。



そう、ココルを愛でながらホクホクと思考していたのに……。

父が長期外交から急遽帰ってきてからだ。
事が上手く進まなくなったのは。

しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

処理中です...