3 / 19
本編
3
しおりを挟む気付くと僕の周りには、男たちがたくさん集まって啜り泣きしながらウンウンと頷いていた。
「もう……っ、可哀想だ……っ、どうだ、上に部屋をとっているんだ、夜中ずっと慰めてやる……!」
「おっ、おれもだ!おれの舌テクはすげぇって評判でな……!」
「俺はもっとすげぇぞ!なんせ奥まで届く……」
「あーあーあーあー、待って。まだ飲み足りない!マスター、おかわりぃ!」
僕が追加のお酒を頼むと、どこからか出てきた手が並々と注いでいく。
「飲め飲め!今日は飲むしかねぇだろ!」
「……はい。そうだよね!」
ぐいっ、と飲むと、強い酒精が喉を焼くよう。
はぁ、これからどうしよ。普通の宿屋で発情期を過ごすことは出来ないから、しっかりした宿屋に移る必要があるけど、お金がない。けれど、オメガの就職先なんて結婚以外殆ど無いし、就職するにしても、結婚しているオメガの方が強い。
オメガには発情期という厄介な周期があって、大体三ヶ月から四ヶ月に一度、五日ほど性欲に狂う期間がある。アルファを誘うフェロモンを撒き散らしながら、理性も何もかも失う。そんな時期に、万全なセキュリティのある家で過ごせるというのは大きなアドバンテージだ。
下手にフェロモンを職場に持ち込まれてトラブルになる例も少なく無い。実際、王城にいたオメガは皆既婚者だった。
既婚者になると発情期の相手をしてくれることは勿論だし、相手がアルファなら、頸を噛む事によって『番』となる。番になるとオメガのフェロモンは番のアルファにしか効かなくなるから、安全なんだ。
ただし、アルファは何人も番を作れるけど、オメガは一生に一人だけ。一度番になったら、もう他のアルファとは番えない。
だから大事な頸だけは守るために、オメガは頑丈な細工を施したチョーカーを装着するんだけど……。
どう考えても、詰んでる。さすがに娼館には行きたく無い。甘ちゃんだと思われようが、そこまでして生きていたくない。あーあ、死ぬかぁ……。
目の前の男たちは、そわそわと目配せをしあっている。誰でもいいから、慰めてほしい。
あれ、視点が定まらない。みんなの顔はぐにゃぐにゃ。顔がいいのはどこ?……どれでもいっか。
「えーとぉ、じゃあ、だーれーにーしーよー」
僕が片手に酒を握りながら、適当に指をさしていた時だった。
「…………っ、アシリス!ここか!」
ガタッ!
手にあったはずの酒が消えた。
あれ、と思うと見知った顔。
「何を、こんな所で!?何をしているんだお前は!」
「ルイじゃないかぁ、どうしたの、こんなとこで……」
「……っ!帰るぞ」
「ええ~っ、これからがいいとこだったのに。それに、もう上の宿取ってるし……」
「親父、キャンセルだ。俺が持って帰る」
「ああ、その方がいい。狼の群れが発生してるからなぁ」
ゴソゴソ。上背のあるルイが乱雑に金を置くとこまで見えて、視点がぐらりと揺れる。
ルイに、担ぎ上げられたのだ。それも、腹がゴリッとした肩に当たって、酔いが今更のように込み上げて。
「ぅっ……ぉぇぇええ」
「お前な……クソ、最悪だ……」
思いっきり吐いた後、記憶が無い。
目が覚めると、豪奢な寝台にいた。ウチの実家より凄いかもしれない。
ぼんやりとしたまま、窓の外を眺めた。青い空。小鳥が飛んでいる。
昨日はもしかして相当遅くまで飲んでいたのか、結構寝てしまったようだ。もう陽が高い。
それでも何となく、起き上がれなかった。
僕の中では、一生懸命、僕なりに愛を示していたんだ。
父に愛されていなくとも、人を愛することは出来る。そしてたくさん愛を捧げた暁には、『ありがとう、私も大好きだ、アシリス』と言ってくれる筈だった。
ところが、だ。
13年もの僕の愛は、ぽっと出の、殿下の(おそらく)どタイプな少年によって、ゴミになった。
消えたい。消えて空に溶けたら、また全く別の赤ちゃんから始められるかな。
「……アシリス、起きた、か……!?」
「んぎゅっ!?」
躊躇いがちに部屋に入ってきたルイが、飛びかかってきた!
びっくりして変な声が出た。何!?
「お前、泣いてんのか……?」
「え……?嘘、あれ?あはは、違……」
「アシリス……っ!クソ、彼奴らめ……!」
そのままぎゅうと抱き締められ続けている。だるい腕で、ぽんぽん、とルイのおっきい背中を撫でた。
「嫌だな、涙は目を潤す為に生理的に出てくる時だってあるんだから、そんなに怒らないでくれ、ルイ。僕を捻り潰したいのなら間違ってないけど」
「あ、ああ、すまん、力が強すぎたな……」
ようやく離してくれたルイ。どうやら昨日、僕が粗相をしたことなど水に流し、しばらく家に置いてくれるらしい。やったね。持つべきものは友人だ。
昨日は僕とキール第一王子殿下との婚約解消を耳にして、すぐに僕を追いかけたらしい。
はは、しっかりとパートナーを務めた学園の卒業パーティーの次の日とは、誰も思わなかっただろう。殿下の奇襲作戦は成功だ。
昼食もしっかり頂いて、また客室に戻らせてもらう。ルイの実家、ノーランド辺境伯家。ここは王都のタウンハウスだけど、それでも他の貴族とは一線を画す格の高さ。
「あ~~……」
「お前、なんかやっぱ変じゃないか?俺の所の領地で休むか?」
「ありがとう。そうだねー……」
何をする訳でもなく、ルイとお茶を飲んでいる。
ルイは確か、騎士団に入隊予定だったと思う。この間卒業したばかりの僕たちは、働き始めるまで少し間が開く。だからこんなにゆっくりしていられるのだろうだけど、わざわざこんなにべったり張り付かなくてもいいのに……?
「ルーイ。僕、燃え尽き症候群かも。なーんもやる気が出ない。人生の迷子だ……」
「あの下半身の緩い奴のせいだろ、お前のせいじゃない。お前の人生を振り回した挙句に、自分勝手に捨てて。忘れるな?俺だけじゃない、お前と友人と、その家も、今回の件でかなり怒り狂っている」
「え、何で?」
ルイの言っている意味が、頭にすっと入ってこない。んんん?
「……お前をよく見ている人は、たくさんいたって事だ。さぁ、もう少し休め。今まで働き詰めだっただろ?」
「そっかぁ……うん、分かった」
相変わらず、ルイの言葉の意味を理解しにくかった。けれど反論する元気もなくて、僕はまた瞼を閉じた。
閉じている間に、霧になって消えれたらいいのに。
571
お気に入りに追加
2,614
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。

そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
僕の策略は婚約者に通じるか
藍
BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。
フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン
※他サイト投稿済です
※攻視点があります
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。
とうや
BL
【6/10最終話です】
「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」
王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。
あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?!
自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。
***********************
ATTENTION
***********************
※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。
※朝6時くらいに更新です。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる