婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ

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気付くと僕の周りには、男たちがたくさん集まって啜り泣きしながらウンウンと頷いていた。


「もう……っ、可哀想だ……っ、どうだ、上に部屋をとっているんだ、夜中ずっと慰めてやる……!」

「おっ、おれもだ!おれの舌テクはすげぇって評判でな……!」

「俺はもっとすげぇぞ!なんせ奥まで届く……」

「あーあーあーあー、待って。まだ飲み足りない!マスター、おかわりぃ!」


僕が追加のお酒を頼むと、どこからか出てきた手が並々と注いでいく。


「飲め飲め!今日は飲むしかねぇだろ!」

「……はい。そうだよね!」


ぐいっ、と飲むと、強い酒精が喉を焼くよう。

はぁ、これからどうしよ。普通の宿屋で発情期を過ごすことは出来ないから、しっかりした宿屋に移る必要があるけど、お金がない。けれど、オメガの就職先なんて結婚以外殆ど無いし、就職するにしても、結婚しているオメガの方が強い。

オメガには発情期という厄介な周期があって、大体三ヶ月から四ヶ月に一度、五日ほど性欲に狂う期間がある。アルファを誘うフェロモンを撒き散らしながら、理性も何もかも失う。そんな時期に、万全なセキュリティのある家で過ごせるというのは大きなアドバンテージだ。

下手にフェロモンを職場に持ち込まれてトラブルになる例も少なく無い。実際、王城にいたオメガは皆既婚者だった。
既婚者になると発情期の相手をしてくれることは勿論だし、相手がアルファなら、うなじを噛む事によって『つがい』となる。番になるとオメガのフェロモンは番のアルファにしか効かなくなるから、安全なんだ。

ただし、アルファは何人も番を作れるけど、オメガは一生に一人だけ。一度番になったら、もう他のアルファとは番えない。
だから大事な頸だけは守るために、オメガは頑丈な細工を施したチョーカーを装着するんだけど……。


どう考えても、詰んでる。さすがに娼館には行きたく無い。甘ちゃんだと思われようが、そこまでして生きていたくない。あーあ、死ぬかぁ……。

目の前の男たちは、そわそわと目配せをしあっている。誰でもいいから、慰めてほしい。
あれ、視点が定まらない。みんなの顔はぐにゃぐにゃ。顔がいいのはどこ?……どれでもいっか。


「えーとぉ、じゃあ、だーれーにーしーよー」


僕が片手に酒を握りながら、適当に指をさしていた時だった。


「…………っ、アシリス!ここか!」


ガタッ!
手にあったはずの酒が消えた。
あれ、と思うと見知った顔。


「何を、こんな所で!?何をしているんだお前は!」

「ルイじゃないかぁ、どうしたの、こんなとこで……」

「……っ!帰るぞ」

「ええ~っ、これからがいいとこだったのに。それに、もう上の宿取ってるし……」

「親父、キャンセルだ。俺が持って帰る」

「ああ、その方がいい。狼の群れが発生してるからなぁ」


ゴソゴソ。上背のあるルイが乱雑に金を置くとこまで見えて、視点がぐらりと揺れる。
ルイに、担ぎ上げられたのだ。それも、腹がゴリッとした肩に当たって、酔いが今更のように込み上げて。


「ぅっ……ぉぇぇええ」

「お前な……クソ、最悪だ……」


思いっきり吐いた後、記憶が無い。










目が覚めると、豪奢な寝台にいた。ウチの実家より凄いかもしれない。

ぼんやりとしたまま、窓の外を眺めた。青い空。小鳥が飛んでいる。

昨日はもしかして相当遅くまで飲んでいたのか、結構寝てしまったようだ。もう陽が高い。

それでも何となく、起き上がれなかった。

僕の中では、一生懸命、僕なりに愛を示していたんだ。
父に愛されていなくとも、人を愛することは出来る。そしてたくさん愛を捧げた暁には、『ありがとう、私も大好きだ、アシリス』と言ってくれる筈だった。

ところが、だ。
13年もの僕の愛は、ぽっと出の、殿下の(おそらく)どタイプな少年によって、ゴミになった。

消えたい。消えて空に溶けたら、また全く別の赤ちゃんから始められるかな。


「……アシリス、起きた、か……!?」

「んぎゅっ!?」


躊躇いがちに部屋に入ってきたルイが、飛びかかってきた!
びっくりして変な声が出た。何!?


「お前、泣いてんのか……?」

「え……?嘘、あれ?あはは、違……」

「アシリス……っ!クソ、彼奴らめ……!」


そのままぎゅうと抱き締められ続けている。だるい腕で、ぽんぽん、とルイのおっきい背中を撫でた。


「嫌だな、涙は目を潤す為に生理的に出てくる時だってあるんだから、そんなに怒らないでくれ、ルイ。僕を捻り潰したいのなら間違ってないけど」

「あ、ああ、すまん、力が強すぎたな……」


ようやく離してくれたルイ。どうやら昨日、僕が粗相をしたことなど水に流し、しばらく家に置いてくれるらしい。やったね。持つべきものは友人だ。

昨日は僕とキール第一王子殿下との婚約解消を耳にして、すぐに僕を追いかけたらしい。
はは、しっかりとパートナーを務めた学園の卒業パーティーの次の日とは、誰も思わなかっただろう。殿下の奇襲作戦は成功だ。

昼食もしっかり頂いて、また客室に戻らせてもらう。ルイの実家、ノーランド辺境伯家。ここは王都のタウンハウスだけど、それでも他の貴族とは一線を画す格の高さ。


「あ~~……」

「お前、なんかやっぱ変じゃないか?俺の所の領地で休むか?」

「ありがとう。そうだねー……」


何をする訳でもなく、ルイとお茶を飲んでいる。

ルイは確か、騎士団に入隊予定だったと思う。この間卒業したばかりの僕たちは、働き始めるまで少し間が開く。だからこんなにゆっくりしていられるのだろうだけど、わざわざこんなにべったり張り付かなくてもいいのに……?


「ルーイ。僕、燃え尽き症候群かも。なーんもやる気が出ない。人生の迷子だ……」

「あの下半身の緩い奴のせいだろ、お前のせいじゃない。お前の人生を振り回した挙句に、自分勝手に捨てて。忘れるな?俺だけじゃない、お前と友人と、その家も、今回の件でかなり怒り狂っている」

「え、何で?」


ルイの言っている意味が、頭にすっと入ってこない。んんん?


「……お前をよく見ている人は、たくさんいたって事だ。さぁ、もう少し休め。今まで働き詰めだっただろ?」

「そっかぁ……うん、分かった」


相変わらず、ルイの言葉の意味を理解しにくかった。けれど反論する元気もなくて、僕はまた瞼を閉じた。
閉じている間に、霧になって消えれたらいいのに。
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