婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ

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「こんなことになって、本当に、すまない。君との婚約を、私側の有責でいいので解消して欲しい。そして私は、このココルと結婚する」


僕は呆気に取られ、目の前で寄り添う二人を眺めた。

この僕、アシリス・ウォーカー公爵令息、長年婚約者であるオメガの僕を捨てて、男爵令息のオメガを取るなんて。

人は皆、男女の性別の他に、第二の性を持つ。精神的・肉体的優位さを持つアルファと、そんな優秀なアルファを産めるオメガ。それ以外はベータという。
貴族社会に限って言えば、アルファはそれなりにいるものの、オメガは産まれにくく希少とされていて、公爵家に産まれた唯一のオメガという時点で、僕はアルファであるキール第一王子殿下の婚約者に定まった、筈だった。


「いっ……一体、何が、あったのでしょうか」

「子供が出来た」

「!」


キール殿下は、傍の男爵令息をきゅっと抱き寄せ、その薄い腹に手を当てる。
今?ねぇ、今それやる?


「長年の献身に報うことが出来ず、申し訳ない。……慰謝料に、王家の持つ鉱山を差し出す。その代わり、これにサインをして欲しい」


すっと差し出されたのは、婚約解消の申請書だった。

走馬灯のように思い出がよぎった。
キール殿下は愚かでは無い。

普通ならば僕とそのまま結婚し、ココルは愛妾かなにかにするだろうと、予想していた。確かにココルに対してかなり親密ではあったものの、僕のこともおろそかにはしなかった。
だから僕は、珍しい子に興味があるだけ、と自らに言い聞かせるようにして、知らないふりをしてきたというのに。

そして彼が愚かでは無かったからこそ、そこに書かれた文言を見れば、どれだけ本気で男爵令息を想っているのか窺い知れた。

5歳から13年もの間、次期王子妃としての教育を受け、手紙や茶会で交流を深め、時として殿下の執務のお手伝いや差し入れもしてきた僕の努力は、ほんの一年前に、平民から貴族となった男爵令息に、簡単に奪い取られてしまった。

混乱の中でも、やるべきことは、この申請書の内容を一字一句確認し、罠などが仕掛けられていないか手を翳してみてから、署名をすること。この鉱山は……まぁ、いいか。あまり興味がないし、僕に選択肢など無い。

アシリス・ウォーカー、っと。


「……ああ、ありがとう。本当に、ありがとう。アシリス、これからも友人で居てくれるかい?私は、君のことは本当に買っているんだよ」

「申し訳ございません、殿下。急ぎこの件について父と話す必要がありますので、失礼させて頂きます」

「あ……それも、そうか」


友人だって?適当に流してはぐらかす。絶対に、もう、二度と見たくない麗しい顔を、きっと見返した。

その時だ。


「あ、あのっ!」


透き通るような、鈴の転がすような声が上がった。
ココル・シャンティー男爵令息だった。

じっ、と見つめていると、身をますます小さくして大きな瞳を潤ませていた。


「ご、ごめんなさい、アシリス様……っ!ぼく、その、本当に、申し訳ありません……っ!こんな、形で、あなたの座を……」


えぐっ、えぐっ、と泣き出してしまった。
あなたの座を?『奪ってごめんなさい』、とでも続くのだろうか。

そんな風に泣き出した少年を、殿下が包み込むように抱き締めて。
そこにはもう、僕の居場所など無かった。










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