訳ありオメガは罪の証を愛している

カシナシ

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前編

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「ココルせ~んせっ!」

「やぁ、リオ!今日もご機嫌だね」

「うんっ!ココルせんせがいるもんっ!」


えへへぇ、と笑う小さな頬を撫でてやると、リオはくすぐったそうに身を捩った。可愛いなぁ、子供は。

ココル先生と呼ばれる僕は、リオに引き続いてたくさんの子供達に囲まれる。先生、というのは神官を敬う敬称でもある。
神官をやっている僕は、一人一人を入念に診察して、僅かなかすり傷だって見逃さない。そこから菌が入ってしまえば、瞬く間に病気になってしまう。
しかし子供は常に動いているから、なかなか見せてくれない。四苦八苦しながらなんとか全員を診終えると、僕は脱力した。疲れた……。


「ふう……」

「ココル様、お疲れ様です」

「タイラー、も、お疲れさま」


にこやかに労わってくれるタイラーは、聖騎士という、教会専属の騎士をやっている。歳は26歳とかで、僕の三つ年下になる。
しかし彼はそう見えないほど余裕があって、将来有望の美青年。こんな、しがないイチ神官である僕にも優しくしてくれる、出来た歳下だ。


「今晩こそ、食事、してもらえますよね?」

「えっと…………その。いや……」

「この前も、そのまた前も断られました。流石にもう言い訳は出ませんよね?」

「でも……う、うん。分かった……」


この圧。整った顔と目力のある瞳で見つめられると、僕は頷かない訳にはいかないような気がして、こくりと首を縦に振っていた。途端に、タイラーはにこりと爽やかに笑う。


「やったっ!嬉しいですっ、ココル様!楽しみにしていますね!」

「は、はぁ……、あ……」


ウキウキと去っていくタイラーに、なぜこんなオメガに構ってくるのかと、ため息が漏れてしまった。




僕は平民には割と珍しい、オメガという、子を孕むことのできる第二の性別を持っている。そして治癒魔法を使える光属性ということもあって、かつては貴族の養子に拾われた。

ただ、愚かな僕は、一生で一度の燃え上がるような恋をして、その後、その火は何もかも無くすまで燃やし尽くした。

オメガはアルファという、孕ませる第二の性別の者と、番になることが出来る。一度成立すれば、二度と変更することのできないもの。その証が、僕の頸に残っていた。

他の人のものだったアルファを奪い、番って、幸せになろうとした証。

その上に、子供も一人、産んだ。手元にいないのは、王族のお子だから。赤ちゃんの時から傍系の貴族に育てられていて、僕は会いにいくことすら禁じられている。

つまり僕は、出産経験あり、一人暮らし、番関係成立済みの、訳あり詰め合わせのオメガということだ。

ただ、オメガが一人暮らしをする上では、フェロモンが出なかったり、他のアルファのフェロモンに影響されない、というのは悪いことではない。発情期も軽くなったから、夫が居なくともなんとかなる。

そのため、僕は神官として立派に自立した生活が出来ているのだけど……。

僕の容姿は酷く幼く見えるため、アルファの庇護欲とやらをよく刺激してしまうらしい。例えば、先ほどのタイラーのように。

だから僕は、これだけ難ありなことを隠していない。僕とお友達になってから『聞いていない!』なんて言われたくないから。はは、若い時は、色々あったなぁ……。


蜂蜜色の茶金髪に、桃色の瞳。童顔で小柄。
16歳の時から多少背は伸びたと思うのだけど、おおむね変わらず、29歳になってしまった。もう、あれから13年も経った。

自分の子を育てられなかった寂しさを埋めるため、子供に携わる仕事を希望して、孤児院を回って治癒魔法をかけている。その際に、護衛をしてくれるのがタイラーだ。今年で三年は一緒にいる。

僕の訳ありな事情も知った上で、優しくしてくれるのだけど、正直、彼の時間を無駄にしたくない。サッサと可愛い綺麗な頸の子とデートして、サッサと番えばいいのに。素敵なアルファなんだから。


「……こん、こんばんは」

「うん。こんばんは。ココル様、ちゃんと来ましたね。偉いです」

「僕、歳上なんだけど……」

「ふはは!永遠の少年神官じゃないですか!ココル様は!」


タイラーはものすごく上機嫌に笑い、エールを頼み出した。
僕はお酒に弱いから、冷たいお茶を。卓の上には、肉!肉!と主張する料理が次々と運ばれて来た。


「良く、食べるねぇ……タイラーは」

「ココル様が食べなさすぎなんです。ほら、こんなに細っこくて……」

「……っ!?」


太い指が僕の手首を摘んだ瞬間、ゾワッと悪寒が走った!
びくりと身体を揺らしたのが分かったのか、タイラーはすぐに手を離してくれた。しまった、取り繕うのが下手だった……!


「ご、めんなさい……、ココル様。調子に乗りました……」

「あ、あ、ええと……ううん、僕の方こそ、ごめんね。驚いちゃって」


僕の持つ『訳あり』の中でも、最も致命的なのが、これだ。僕の頸に跡を残したアルファ以外の男から触れられると、拒否反応が起こる。オメガなら殆ど何も感じないし、ベータでもまだマシなのだけど、アルファだと顕著だ。身体に嫌悪感を植え付けられる感じがする。


「あっ!タイラー、今日は誘ってくれてありがとうね」

「……はいっ!ココル様も、たくさん食べていって下さい!」

「ふふ、遠慮なく」


先ほどの気まずい空気を吹き飛ばそう。僕が明るく言えば、タイラーもノッてくれて助かった。







それから当たり障りない話題で盛り上がり、タイラーも話し上手で楽しく過ごせた。ただ、ちょっと彼は……飲み過ぎてしまったみたいだ。


「うぅ"……」

「タイラー、歩ける?頑張って、ほら……っ」


フードを被って、出来るだけタイラーに接触しないようにしながら、大きな身体を支える。聖騎士の寮まで遠すぎるから、僕の家の方が近い。ちょっと休ませるだけだし、こんなに泥酔してたら、僕の身が危険、なんてことも無いと思う。何より、早くしないと僕の体力が持たない。


「ふぅ、ふぅ……、はぁぁぁあ、やっと着いた……」

「すま、すみま、せん……、ココル、さま……っ、うぅっ」

「いいのいいの。そこ、狭いけど横になって。お水汲んでくるね」


そこそこ小綺麗なアパートだ。ベッドと、ソファと、小さな机くらいしかない。僕のベッドにタイラーを寝かせると、足がはみ出してしまっていた。うわ、大きいんだな……。

コップ一杯の水を渡せば、タイラーはごくごくと飲んでいた。良かった、水が飲めるなら回復も速そうだ。ちなみに酔いに治癒魔法は効かないので、水が一番だ。


「ココル、さま……」

「僕、もう君をおぶって行けないから……、今日はそこで寝てね。さぁ」

「すびませ……はぁ、好き……」

「ん?」


スゥ――ッと、安らかな寝息。
空耳……だよね、きっと。











僕の身長でも、二人がけのソファは寝にくかった。何度も寝返りをしてやっと寝ついたと思えば、重たいものに覆い被さられて、急速に意識が浮上する。


「……っ!?ンッ……!」

「はぁ、はぁ、ココル様……っ!」

「んん~ッ!」


タイラーに、唇を押し付けられていた。屈強な身体に押し潰されていて、身動きが出来ない。

ビリビリするほどの嫌悪感。
番以外のアルファに、こんなにも接触されて、吐き気を催す程の嫌悪感に支配されている……!


「やめっ、やめてっ、タイラー……!」

「可愛い……好きです……!はぁ、めちゃくちゃにしたい……っ」


タイラーは僕の腕を片手で拘束し、次々と衣服を脱がしてしまった。久しぶりに触れられる素肌に、少しの歓喜も湧き上がる。けれど、やっぱり本能的な嫌悪感が拭えない。

ちゅぱっ!ちゅぱっ!ちゅっ、じゅうっ、レロレロレロ……

タイラーの巧みな舌の動きが、唇から首筋へ、鎖骨に胸へと這っていく。気持ち悪いのと気持ちいいのとがごっちゃになって、涙が溢れてきた。


「ううっ……、嫌、ダメだ、よ、……!タイラー!」


そう、叫んだ時だった。

バンッ!とドアが吹き飛んで、見知らぬ黒い影が乗り込んできたのだ。そして、僕の身体に夢中だったタイラーを掴み、腹に一発。


「おゔぇっ……」


う、わぁ……。

昏倒したタイラーと、黒い影の人。ほとんど裸の僕。ぶちまけられた床。

ど、どうするの、これ……。








黒い影の人は、無言で僕に毛布をかけてくれた。そして、タイラーの粗相をした後を片付けて、ドアをさっと直し、意識のないタイラーを担ぎ上げて去っていった。
僕はオロオロとするばかりで、何も出来なかった。全部、黒い影の人がやってくれたんだ。……すごい……。

誰なんだろう。なんで助けてくれたんだろう。

呆然としすぎて、お礼を言うことすら忘れてしまっていた。





次の出勤日には、タイラーは異動となっていた。前々から決まっていたことらしいから、きっと、僕との最後の思い出が欲しかったのかな。可愛がっていた子犬に噛まれたような、ささくれた気持ちだ。

もちろん、彼に襲われたなんて、誰かに言う気もない。彼には僕なんか忘れて幸せになって欲しい。こっちは訳ありオメガだもの。嫌悪感さえ無ければ、無理やりでなければ、一晩身体を貸してあげたって構わなかった。

可愛い年下聖騎士が、どこかで幸せになりますように。
そう願って、今日も僕は祈った。




「あれ?リオは?」

「リオなら、裏手にいるよ~」


いつも一番に迎えてくれるリオがいない。別に順番が最後でも変わりはないけど、少し寂しいじゃないか。
リオは少し僕に似た顔立ちというのもあって、僕の子供ではないのに勝手に思い入れてしまっている。もう、僕の子は13歳で、5歳のリオじゃ全然違うのだけど。

先に皆んなを診察、治癒をした後、リオを探しに行った。裏手に回ると、リオの可愛い茶髪の頭と……黒づくめの男!?何かを渡している……!?


「誰っ!?」

「!」


明らかに焦り出したその男が走り出す!早い!

けど、僕だって早い。一時期は貴族になっても、子供たちと体力勝負をしてきたのだ。足の速さには自信がある!

飛び蹴りを喰らわせるようにして、男に乗り上げる。尚も抵抗しようとするのを、地面に押し付けた。


「この誘拐犯め!」

「……っ!?ちが……っ」

「……えっ」


はた。
待って……、その声。
必死に顔を隠そうとする男のフードを、無理やり引っ剥がすと……うわ!

そこには、かつて愛した人がいた。


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