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番外編(リスティアの花紋)
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――――――――アルバート side
運命の番。
アルファとオメガで一対だけという非常に稀な確率で、フェロモンの相性の良い組み合わせがある。
その人間に出会えば周りは見えなくなり、アルファはラットを、オメガは周期でもない発情を起こし、互いを求め合う。……のだとか。
アルバートはすでにA級冒険者に上がっており、森で出会う遭難者や、瀕死な冒険者たちを度々救助することがあった。それはアルバートにとって、辺境伯の息子として息を吸うように当然のことだった。
助けた中でも女性は、アルバートに惚れやすかった。屈強な美丈夫に命を救って貰ったのだ。しきりにお礼の名目で誘いを受けるようになったが、『恋人がいる』の一言で断れば、『なんだぁ、ざーんねん』とカラッと笑い、諦めてくれる者が多かった。
ジェシーというその女性を助けたのも、そう。木苺を取りに来たという女性を群がるオークから助けた所、急に顔を赤くして発情しだしたのだ。そのフェロモンは今までになく、アルバートの脳を揺さぶった。
(……なんだかこの人、キツイ匂いがする……)
『あなたが!あたしの!運命……っ!』
『……?』
ジェシーからぶわりと放たれた発情フェロモンは、強烈だった。思わず伸びてしまいそうになる手を、咄嗟に押さえつけた。リスティアの香りとは全く違うそれに、すぐに理性が戻ってくる。
(……危険な気がする、これはだめだ)
衣服を脱ぎ出したジェシーを適当なシーツでぐるぐる巻きに拘束し、抱き上げて一目散に町へと走る。診療所に着くまでジェシーが勝手にアルバートの首元にしがみついてきて不快だったが、それは後だ。
『爺さん、頼む。今日の救助人だ』
『おや、町の英雄じゃないか。発情期かえ。アルファなら相手を……』
『お願いぃぃ!!早く抱いてェェェェ!!』
『断る。俺には愛しい恋人がいる』
爺に任せて診療所を出れば、ジェシーの感触が纏わりついているような気がして不愉快だった。その上、首元にキスマークまで付けられており、アルバートはポーションで消しながら『なんで浮気した証拠消しみたいなことを……』と腹立たしくなった。
その結果、夜更けるまで魔物を蹂躙することとなった。
ジェシーはアルバートのことを調べたのか、付き纏うようになった。アルバートの巡回する森へわざわざやってきて、助けを求めるのだ。
こんな訳の分からない人間を助けたくないのに、長年培った習性で助けてしまう。毎回会うたびに発情期フェロモンを浴びるが、初回ほどのインパクトは薄くなり、ただただ不快しか残らない。
アルバートはフィルと同じく、嫌われようとした。
リスティアの前では見目麗しいアルファでいたいが、それ以外ではかなり無頓着なアルバート。森にいればいるだけ汗はかき、埃や泥を被り、汚らしい格好になった。それでもジェシーは諦めない。
とある人物の下働きをしていて金がないといえば、『あたしが出してあげる』と返された。
救助時は麻袋に詰めて持ち運んでも、『誰にも見せたくないってことなんだね!』と嫌になる程前向きで。
『俺には愛する人がいる。お前とどうにかなることは一生ない』と言えば、『そいつが悪いんでしょう、あたしが説得してあげるから会わせて!』と言う。
それから、ジェシーはアルバートの屋敷を探るようになった。
アルバートの跡を追うことは出来ない為、どこから現れるかで検討を付けたのだろう。徐々に近付いていく。
そして、嫌がらせのように小動物の死体を撒くようになった。
本人は『あたしじゃない』と言うが、犯人はジェシーしかいない。その上に、『どんな反応だった?』と嬉々として聞いてくる神経。
死骸をリスティアの目に入れないよう、毎日毎日掃除する。ここまでくると、アルバートは心から疲弊していた。
何度叩いても蘇るアンデッドのように、手応えがない。自分の手段では合っていないかもしれない。だが、運命かと言われればもしかしたらアレがそうだったのかもしれないと、思うところはあった。
オメガの発情フェロモンに当てられたことは多々あったが、あれほど脳を揺らされることは無かった。おそらく、リスティアによって最上位アルファになっていなければ、抵抗できなかったかもしれない程の。
『ノエル、どうしたらいい……』
『もっと早く言えばよかったのです。リスティアに姿隠しの魔道具を貸してもらうのは?』
『……何と言って?』
『ストーカーにつけ回されてるから、と』
アルバートは黙った。それであの女は諦めるのか考えてみたが、フェロモンで嗅ぎ分けられてしまいそうだ。
『あとは、もうその女を町から追い出すようにするか。冒険者ギルドに、その女が町にいる限り行かない、と言うのは?』
『そうしたいが、あそこ以外のギルドは隣の町になって、俺も困る。早くSSS級になりたいのに……』
『そうですか……では、隣町のギルドに転移で連れて行きます?面倒極まりないですけど』
『そこまで迷惑はかけられない。お前も修行中の身だ』
『そう言ってくれると思いました。ではもう、不敬罪でしょっぴいてしまいましょう?』
『……ううむ……』
なるほど、と思うと同時に、女オメガに対して不敬罪を適応したと実家に連絡するのも気が引けた。それだけの価値があの女にあるとは思えなかった。
アルバートは、あれが運命だとは思いたくないし知られたくもない。その思いが、リスティアへ相談したい気持ちを妨害していた。
――――――――リスティア side
「じゃあ……本当に、運命の番だって、可能性は高いんだね……」
「恐らくは。だが、俺はティア以外に惹かれたことはないしこれからもない。大体、運命だというのはフェロモンの相性だけの話。人格などは度外視だし、早く消えて欲しい」
「そっか……」
「その言葉、後悔はありませんね?」
しんみりした空気に、ノエルが槍を放った気がした。相変わらず穏やかそうな笑顔に一物抱えている。
「アルバート、やっと言いましたね。では、あの無礼極まりない女性を追い出してしまって構いませんね?」
「それは、もちろん、出来ることなら。俺の頭ではもう限界だ」
「アルは優しいから……あっ!いや、ノエルも優しいけどね?その……方向性が違うと言うか」
「素直に言って頂いても構いませんよ、リスティア。私は正直言って、あまり情を持てない質ですから」
「そんなことはないよ。でも、頼りにしてる、ノエル」
「……ええ。任せて」
ノエルが綺麗に笑うと、とても頼もしかった。
運命の番。
アルファとオメガで一対だけという非常に稀な確率で、フェロモンの相性の良い組み合わせがある。
その人間に出会えば周りは見えなくなり、アルファはラットを、オメガは周期でもない発情を起こし、互いを求め合う。……のだとか。
アルバートはすでにA級冒険者に上がっており、森で出会う遭難者や、瀕死な冒険者たちを度々救助することがあった。それはアルバートにとって、辺境伯の息子として息を吸うように当然のことだった。
助けた中でも女性は、アルバートに惚れやすかった。屈強な美丈夫に命を救って貰ったのだ。しきりにお礼の名目で誘いを受けるようになったが、『恋人がいる』の一言で断れば、『なんだぁ、ざーんねん』とカラッと笑い、諦めてくれる者が多かった。
ジェシーというその女性を助けたのも、そう。木苺を取りに来たという女性を群がるオークから助けた所、急に顔を赤くして発情しだしたのだ。そのフェロモンは今までになく、アルバートの脳を揺さぶった。
(……なんだかこの人、キツイ匂いがする……)
『あなたが!あたしの!運命……っ!』
『……?』
ジェシーからぶわりと放たれた発情フェロモンは、強烈だった。思わず伸びてしまいそうになる手を、咄嗟に押さえつけた。リスティアの香りとは全く違うそれに、すぐに理性が戻ってくる。
(……危険な気がする、これはだめだ)
衣服を脱ぎ出したジェシーを適当なシーツでぐるぐる巻きに拘束し、抱き上げて一目散に町へと走る。診療所に着くまでジェシーが勝手にアルバートの首元にしがみついてきて不快だったが、それは後だ。
『爺さん、頼む。今日の救助人だ』
『おや、町の英雄じゃないか。発情期かえ。アルファなら相手を……』
『お願いぃぃ!!早く抱いてェェェェ!!』
『断る。俺には愛しい恋人がいる』
爺に任せて診療所を出れば、ジェシーの感触が纏わりついているような気がして不愉快だった。その上、首元にキスマークまで付けられており、アルバートはポーションで消しながら『なんで浮気した証拠消しみたいなことを……』と腹立たしくなった。
その結果、夜更けるまで魔物を蹂躙することとなった。
ジェシーはアルバートのことを調べたのか、付き纏うようになった。アルバートの巡回する森へわざわざやってきて、助けを求めるのだ。
こんな訳の分からない人間を助けたくないのに、長年培った習性で助けてしまう。毎回会うたびに発情期フェロモンを浴びるが、初回ほどのインパクトは薄くなり、ただただ不快しか残らない。
アルバートはフィルと同じく、嫌われようとした。
リスティアの前では見目麗しいアルファでいたいが、それ以外ではかなり無頓着なアルバート。森にいればいるだけ汗はかき、埃や泥を被り、汚らしい格好になった。それでもジェシーは諦めない。
とある人物の下働きをしていて金がないといえば、『あたしが出してあげる』と返された。
救助時は麻袋に詰めて持ち運んでも、『誰にも見せたくないってことなんだね!』と嫌になる程前向きで。
『俺には愛する人がいる。お前とどうにかなることは一生ない』と言えば、『そいつが悪いんでしょう、あたしが説得してあげるから会わせて!』と言う。
それから、ジェシーはアルバートの屋敷を探るようになった。
アルバートの跡を追うことは出来ない為、どこから現れるかで検討を付けたのだろう。徐々に近付いていく。
そして、嫌がらせのように小動物の死体を撒くようになった。
本人は『あたしじゃない』と言うが、犯人はジェシーしかいない。その上に、『どんな反応だった?』と嬉々として聞いてくる神経。
死骸をリスティアの目に入れないよう、毎日毎日掃除する。ここまでくると、アルバートは心から疲弊していた。
何度叩いても蘇るアンデッドのように、手応えがない。自分の手段では合っていないかもしれない。だが、運命かと言われればもしかしたらアレがそうだったのかもしれないと、思うところはあった。
オメガの発情フェロモンに当てられたことは多々あったが、あれほど脳を揺らされることは無かった。おそらく、リスティアによって最上位アルファになっていなければ、抵抗できなかったかもしれない程の。
『ノエル、どうしたらいい……』
『もっと早く言えばよかったのです。リスティアに姿隠しの魔道具を貸してもらうのは?』
『……何と言って?』
『ストーカーにつけ回されてるから、と』
アルバートは黙った。それであの女は諦めるのか考えてみたが、フェロモンで嗅ぎ分けられてしまいそうだ。
『あとは、もうその女を町から追い出すようにするか。冒険者ギルドに、その女が町にいる限り行かない、と言うのは?』
『そうしたいが、あそこ以外のギルドは隣の町になって、俺も困る。早くSSS級になりたいのに……』
『そうですか……では、隣町のギルドに転移で連れて行きます?面倒極まりないですけど』
『そこまで迷惑はかけられない。お前も修行中の身だ』
『そう言ってくれると思いました。ではもう、不敬罪でしょっぴいてしまいましょう?』
『……ううむ……』
なるほど、と思うと同時に、女オメガに対して不敬罪を適応したと実家に連絡するのも気が引けた。それだけの価値があの女にあるとは思えなかった。
アルバートは、あれが運命だとは思いたくないし知られたくもない。その思いが、リスティアへ相談したい気持ちを妨害していた。
――――――――リスティア side
「じゃあ……本当に、運命の番だって、可能性は高いんだね……」
「恐らくは。だが、俺はティア以外に惹かれたことはないしこれからもない。大体、運命だというのはフェロモンの相性だけの話。人格などは度外視だし、早く消えて欲しい」
「そっか……」
「その言葉、後悔はありませんね?」
しんみりした空気に、ノエルが槍を放った気がした。相変わらず穏やかそうな笑顔に一物抱えている。
「アルバート、やっと言いましたね。では、あの無礼極まりない女性を追い出してしまって構いませんね?」
「それは、もちろん、出来ることなら。俺の頭ではもう限界だ」
「アルは優しいから……あっ!いや、ノエルも優しいけどね?その……方向性が違うと言うか」
「素直に言って頂いても構いませんよ、リスティア。私は正直言って、あまり情を持てない質ですから」
「そんなことはないよ。でも、頼りにしてる、ノエル」
「……ええ。任せて」
ノエルが綺麗に笑うと、とても頼もしかった。
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