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第二章 二回目の学園生活
46 ノエル side
しおりを挟む(よく堪えましたね、私……、可愛かった……無理……)
先日のリスティアを思い出し、ノエルは顔を覆った。寮へ続く中庭の小道で、周りの生徒は急に立ち止まったノエルを怪訝そうに避けていく。
下手くそな舌遣いのキス。ノエルの舌に応えようとして戸惑い、涙を浮かべて。
あれで経験があるなど、到底信じられない。いや、リスティアのことは信じている。つまり、王子がろくにキスもしなかったのだろう。業腹のような、安堵するような複雑な気持ちだ。
不憫だと思うのに、リスティアを翻弄出来る事に歓喜を覚えている。
(次はどこでデートをしましょうか……)
これまでリスティアは、王子以外との交流が多くなかった。もう王子のことは吹っ切れていると本人は言うが、あれだけのことがあったのだ。
学園を卒業する時、出来るだけ幸せな思い出に塗り替えてやりたい。ついでにもっと触れ合いたい。そんなノエルの桃色の思考を、一瞬にして醒まさせる存在がいた。
「そのう……ノエル様」
ノエルの目の前には、ミカ・パーカーがいた。もじもじと身体を小さくし、ふるふると頭を揺らすあたり、まだ首が据わっていないのだろう。赤子ならば学園ではなく、乳母にでも預けるべきだ。
オメガ令息が何人だったか。一通り主張を聞いて断る、これを一巡すると、ヒートの状態でアンデッドのように向かってこられ、ノエルとアルバートは彼らを専用の保護部屋に押し込む作業に辟易としていた。
上位アルファで良かった。望まないオメガのフェロモンに抗うことが出来る。とは言えリスティアに知られぬよう動く必要があり、面倒な事この上ない。
家名で脅し、次はスラムにでも投げ込むと宣告し、やっと大人しくなったかと思えば――――今度は発端となったミカ。
リスティアはいないため、ノエルは遠慮なく冷たい目で見下ろしている。
「私のことはキールズ侯爵令息と。呼ぶ機会がありましたら、ですが」
「す……っ、すみませ、そのう、キールズ侯爵令息。どうして、えっと、そこまでリスティア様に?あああ、たしかにあの方は完璧ですが、でも、アルバート様と、堂々と二股をかけられているのですよ?」
ノエルはいよいよミカを白い目で見た。
どれだけノエルがリスティアを好きか、尊敬し、欲情し、妄想しているのか、この者に教えてやる義理はない。それも、リスティアと同格になった途端に、こうして口を出してくるような卑劣な令息に。
同じ伯爵令息だからと言って、リスティアとミカでは月とゴブリン程に差がある。そんな簡単なことにも気付けない者だ、理解力と視野に期待は出来ない。
そう思って黙っていると、ミカはなにを勘違いしたのか、ノエルの方に腕を伸ばす。
「やっぱり、嫌ですよね。どれだけ好きでも、返ってこない愛情は虚しいだけですよ。キールズ様にも、幸せになっていただきたくて……」
「触らないで頂きたい」
びくりとしたミカは、慌てて手を引っ込めた。それは正解だった。それ以上近付くと、その指先をスライスしていた。それほどまでに、冷たい声を発していた。
「リスティアの何を知っているのでしょう?私にとってあの方の代わりは居ない。ところが、あなたはまるで安全圏から引っ掻き回し、要らない親切を押し付け悦に入ろうとしている。何様のおつもりでしょうか」
「えっ……、そ、そんな……ひどい……」
ミカの目がみるみるうちに潤みだし、涙が溢れる。それでも、ノエルに動揺するような中途半端な心は無かった。
「リスティアを排除しようとなさるのもお勧めしません。敵に回るのなら私とアルバートが相手になりますよ。そもそも、そんな男を捕まえて、あなたなら幸せになれると思っています?お互い地獄でしかないでしょう」
ため息と共にそう漏らせば、ミカはいよいよ声を上げて泣き出した。ノエルからしてみれば、当たり前のことしか言っていない。そこに一切の思いやりを持たないのは、もう気持ち的には敵だとみなしているからだ。……被害は、不快感だけなので見逃しているだけ。
「うえぇぇぇん!ひどい!ひどいですぅ!ふぇぇぇ……っ、えぐっ、えぐっ、」
貴族令息ともあろう者が、これ程度で泣くとは思えなかった。ノエルの母だって、おっとりはしていても涙は武器よ、なんて言うのだから、単純に悲しいだけではないはずだ。
第一印象では気弱だとは思ったが、それだけではリスティアを目の敵にはしないだろう。
(何を企んでいる……)
とにかくもうまともに話は出来ないようなので、その場から離れようとすると、そこへマルセルクが出てきたのだった。
まるで、見計らったかのように。
「キールズ侯爵令息?これは、何を?」
「これは、殿下。何でしょうね、突然泣き出したので」
「ち、違いますっ!で、殿下、キールズ様が暴言を……それで、わたし、悲しくて」
「それは頂けないな、キールズ侯爵令息。可憐なオメガを傷付けて泣かせるなど、紳士的ではないじゃないか」
マルセルクはこうなることが分かっていたかのようにすらすらとノエルを責めた。まだ何も言っていないうちに、こちらが悪だと決めつけているようだ。
当然、頭も口もよく回るノエルが黙っているはずもない。
「おや。まともな貴族令息がこんな学園の、人前で見せびらかすように泣く訳がないでしょう。こんな価値のない涙にすら同情するなんて、殿下はなんてお優しい」
「……いや、私はお前の問題ある行動について反省を促そうとしているんだ。彼は被害者だ。ついては、お前をしばらく謹し……」
「よかったですね、パーカー伯爵令息。お優しい殿下が慰めてくれるようです。既婚者ともなると懐が深いようですね。残念ながら、私は意中の人以外に向ける情は一切持たないので、ここで失礼させていただきます」
「うえっ?」
「ちょっ……待て……!」
ノエルは早口で言い切り、瞬時に立ち去る。マルセルクの言い分を聴く必要はない。何故なら、令息を泣かしただけで処分を受けるなど聞いたことがない。初等部だとしてもありえない。無理やりすぎる口実に呆れていた。つまり、その狙いは。
(私たちをリスティアの側から離そうとしているのか……)
引き離して何をしようとしているのかは不明だが、ろくなものではないことが明白。
(まさか、リスティアを無理やり番に……なんて、考えていないだろうな……いや、念には念を入れるべきだな……)
そう思い立ったノエルは、懇意にしている商人へ連絡を取るのだった。
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