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第三章 三人の卒業、未来へ
13 ノエル side
しおりを挟むミカ・パーカーは、リスティアの誘拐騒ぎに関与はしていなかった。協力を断ったのは賢明と言うべきか、小賢しいと言うべきか。
ただ、マルセルクを励まし、リスティアがあたかもまだ未練を持っているかのように唆していた。
遠い国の王族に勝手に絵姿を送った時に、キールズ侯爵家から抗議をしているのにも関わらず、妙な画策をしたこと。それはノエルやアルバートに突撃してきたオメガ令息たちからきっちり証言が取れており、再びノエル――――つまり、キールズ侯爵家から謝罪を求めた所、ミカを連れたパーカー伯爵がすっ飛んできた。
「申し訳ございませんでした!この愚息が、二度もご迷惑をおかけして……っ!」
キールズ侯爵家の応接室で、伯爵がミカの頭を絨毯に押し付けながら頭を下げていた。
ノエルの両親は不在で、ノエルとアルバートとリスティアだけ。決して侯爵の不在時を狙ったわけでは無いと言う伯爵のことを、ノエルは信用しきれない。
しかし親が不在で良かったかもしれない。リスティアに良い格好を見せようとする父親がいれば、ノエル自身の鬱憤が晴らせないからだ。
そう思いながら、ノエルは目を細めて親子の後頭部を眺めていた。今日はゆらゆらしてないな、と。
「お前も謝るんだ!」
「……ごめんなさい」
「それが謝罪か!?ちゃんとあやま……」
「もういいですよ、お二人とも」
とにかく謝ればいいと、まるで舞台に立ち、遠くの観客にも聴かせるような、大袈裟な謝罪。わざとらしい謝罪を受ける程、暇ではないのだ。そんな時間があるならリスティアを愛でさせて欲しい。
アルバートも同じ気持ちなのだろう、虫ケラを見る目で彼らを見ていた。
ノエルは愛想良く笑うと、戸惑う彼らの顔を上げさせる。
「伯爵はミカ様の言葉を信用して、リスティアの絵姿を勝手に先方へ送っていましたし、その後もご令息が『何もしていない』と言えばそれを信じたのでしょう。親ならば子を信じる。まさに理想の親子ですね」
「へっ?は、はぁ、そ、そうです。さすがキールズ侯爵令息、分かっていらっしゃる」
「ええ、そして、私はあなた方の謝罪に意味はないと理解しました。もうお引き取り頂いて結構です」
「は……はい?」
ノエルの言葉に、俯いていたミカがばっ、と顔を上げる。太々しくも拗ねたような顔をしていた。
「どうしてそんなことを言うのですか!……リスティア様!ねぇ、あなたはこんなことで怒るような小さい器の方ではないでしょう!?」
「残念ながら、私はこんなことで怒るような小さな器の男ですよ?」
リスティアは薄ら笑いを浮かべて、挑発し返していた。これだ。自分たちに愛されたリスティアは一層美しく強く輝く。
その姿に見惚れつつ、ミカを睥睨した。ミカはリスティアを褒め称えるフリをして、許しの言質を取ろうとしているのだ。そのどこまでもこちらを舐め腐った態度に、我慢の限界だった。
ノエルはパンパンと手を叩いた。
「あなた方のお迎えも到着しているようですから。ええ、入ってください」
「え……」
その合図に応接室の扉が開くと、顔を真っ赤にした青年が入ってきた。歯を噛み締めて、泣きそうなほどに目元を充血させ、それでも礼節は通している。
「あっ……うそ、え、ど、どうして?」
「キールズ侯爵令息、ウィンドム辺境伯爵令息、ヴィクトル伯爵令息。この度は婚約者が失礼致しました。責任を持って、引き取らせて頂きます」
青年は何かを堪えるように、しっかり言葉を発声し、深く頭を下げた。その誠意ある姿勢の青年にならば、任せられると確信する。
(ああ、でも、婚約者の本性は知らなかったのでしょう。お手紙に添えておきましたが、ちゃんと読んでくれたようで良かった)
「貴方のお家からの謝罪は不要ですが、お気持ちは受け取っておきます。あくまでパーカー伯爵家とミカ様だけですよ、今後我々と関係が無くなるのは」
「なっ、そ、それだけは……!」
「ち、ちが、これは、わたしは……っ」
「行きましょう、義父上、ミカ。しつこく謝ればいいものでもありません」
青年は手際良く、喚く中年と、呆然としたミカを追い立てて連れ帰ってくれたのだった。
ミカ・パーカーは犯罪は起こしていない。ただ著しく心象を損ねたため、キールズ侯爵家やそれに連なる一派から断絶の宣言をされただけ。ただしそれは、貴族社会では致命的な醜聞となった。
幾度となく愛し合った婚約者から、白い目で見られるようになったらしい。それでも責任を感じている青年は婚約破棄をすることなく、婚姻はすると言う。それは三人共、構わなかった。ミカの手綱を引く人物がいた方が安心だからだ。
後日ミカの父親、パーカー伯爵から連絡が届いた。
何故余計な事ばかりしたのかと問い詰めた所、婚約者に『お人よしな君が好きだ』と言われたからだと言う。人のためにお節介を焼いているうちに、自分の采配によって人へ影響を与える事に心地良くなっていった。
また、何故リスティアを再婚約させたがったのか。それはまだミカの幼い頃に、青年がリスティアを褒め称えていたのを覚えており、面白くなかったという。王族と婚約解消となったのに、次に侍らせているノエルとアルバートも、自分の婚約者より上等なアルファ。その嫉妬心から、三人をばらばらにしようと思ったらしい。
犯罪にまで手を出す度胸はないが、少し行き過ぎた親切くらいならば咎められることはない。
それでお節介にみせかけた悪意を押し付けていたのか、とノエルは納得した。全て彼の思惑通りにはいかなかったため、被害は無い。無いが、ノエルとしては、ミカが婚約者の信頼を取り戻すのに、できるだけ苦労してくれればいい。
パーカー伯爵はキールズ侯爵家に再び訪れ、侯爵当主へも正式に謝罪をしたために、制裁は軽めとなった。伯爵とミカの、数年の入領禁止。特産品等の取引の停止。これはミカが嫁いでも続くため、肩身の狭い思いはするだろうがそれだけだ。
むしろ、憧れのリスティアを陥れようとするミカを知り、冷え切ってしまった婚約者との結婚生活の方が、ミカには堪えるだろう。
(愛する人から愛を返してもらえないのは、死ぬほど辛いでしょうね……しかし、あの婚約者の方はクソ王子より余程誠実そうで良かったですね、ミカ・パーカーは)
リスティアがマルセルクと再婚約する羽目にでもなれば、間違いなくもっと辛い目に遭っていたのだ。このくらいの罰は受けて然るべき。
ノエルはその手紙をアルバートに見せた後、念入りに燃やしたのだった。
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