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第二章 二回目の学園生活

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「私たち二人は、……貴方のことを愛しています」

「ティア。心から愛している」


 どっ、どっ、……心臓が、痛いほどに打っている。
 リスティアの眠気など一瞬で吹き飛んだ。真剣な二人の表情が、どうしようもなく格好良くて、綺麗で。
 どちらからも、熱い視線をもらっている事実にくらくらした。薄々、気付いていたが、まさか、こんなに直球でくるとは。


「初めて会った時から貴方を慕ってきました。本に熱中している姿も、チェチェを愛でる姿も、真剣に調合している姿も綺麗で……愛らしい」

「俺も、ティアの努力家なところや、気高さに惹かれた。笑顔の可愛さや、掴みどころの無い謎めいた感じでいて、どこか危ういところ……全てが愛おしい」

「……っ!」


 二人に容赦なく褒め称えられている。誰か違う人と間違ってないか確認したい程、自覚はなかった。
 とても、とても嬉しい。嬉しいが……どうしたらいいのか分からない。
 そう困惑するリスティアへ、二人は畳み掛けるように言い募る。


「困ったことに、どちらも譲れない。私たち以外の者に掻っ攫われるのが不安で、時期尚早に告白してしまったことをお許しください」

「決めるのはもちろん、ティアだ。しかし卒業パーティーは目の前で、その前に誰か決めろというのは酷だろう。それで話し合って、こうなった」

「なる、ほど……?」

「幸いにして、どちらも嫌、と言うわけでは無さそうですよね?先ほどの注文を却下しないあたり」

「それは、うん。勿論、嬉しかったよ。二人に大切に思われていると表すようなものだから。でも……ごめんなさい。僕はまだ、婚約を解消したばかりで……」

「知っています。……貴方が、まだ、殿下を慕っていることは」

「………………えっ?」


 リスティアのマルセルクへの気持ちは無くなったはずだ。それよりも、二人から気持ちを貰えて嬉しいと、素直に喜んでいる。
 問題は、マルセルクに振り回された自分が、二人のことを信用しきれていないこと。

 そんな人間では無いと、知っている。理解している。しかしまた信じて傷つけられるのは、あまりにも辛い。
 何も知らないリスティアではないからこそ、臆病になってしまっていた。


「まだ慕っているなんて。……ちが、」

「殿下と会っている時のリスティアは……可愛らしい表情でした。最近は、少しずつ我々にも見せてくれるようになりましたが、やはり、長年相思相愛でやってきたのです。すぐに切り替えは出来ないでしょう」


 いつの事なのか。思い当たりがありすぎて、リスティアには分からない。マルセルクはリスティアと仲睦まじい様子を誇示するかのように、人目のある中で会い、距離を詰めてきたから。

 切ない表情のノエルに、ひどく胸が痛む。

(僕のせいで、悲しませたくない……)


「それは、殿下の作戦だ。僕を逃すと王太子になれないから……そうさせられた、だけで」

「そうだとしても、相思相愛と評判になるのに納得の睦まじさでした。ですから、それも理解した上で、この想いを伝えておきたかったのです。これからは遠慮なく口説かせて頂きます、ね。もちろんあなたを困らせることはしません」

「どうか、側にいる権利を」


 向かいに座っていた二人は、リスティアの両隣にやってくる。そして、意味ありげに微笑んでいるなと思っていると……。


「っ!」


 チュッ。ちゅ。

 ノエルは右頬に、アルバートは左のこめかみに、口付けを落としてきた……!


「ふぁ……っ」

「ふふ。可愛い。真っ赤ですね。ほら、唇も……」


 ノエルにつんつんと唇を突かれる。長い指が、ふにふにと唇の柔らかなところを、悪戯に歩いている。

 顔が赤い自覚はあった。こんな、婚約者でもない友人、それも、美人と美形に挟まれているからだ!

 アルバートはごくりと唾を飲み込んだ後、ぎこちなくリスティアの耳にキスをしようとしたのか。しかし遠慮がち過ぎて唇は触れず、吐息だけが、ふ、とかかった。


「ひゃあッ……!」


 ピクン!

 飛び上がってしまったが、後の祭り。リスティアは自分のはしたない声にビックリして、もう顔を上げられない。

 その為、二人が咄嗟に腰を引いたのにも気付かなかった。


「も、も、もう、勘弁して……!」

「ふ、ふ。か、可愛すぎます……っ。でも、今はそうですね、やり過ぎました」

「わ、悪い。その……わざとでは」

「アルバート、君もやりますね」

「……すまない」


(僕、早速困らせられてない……?困るというか、嬉しいというか……、心臓が、追いつかない)











 二人から愛を告白されたが、返事はまだ要らないと言う。しかしリスティアを口説く気満々な二人に対して、リスティアは混乱の中にいた。

(そりゃあ……嬉しい。嬉しいけれど……)

 とても大事な友人。ちょっぴり、ドキドキする親友。好きな人、と言うには、まだ怖い。


 その次の日には、マルセルクが花束を持ってやって来た。

 それも、朝から。人目など一切気にせず。


「……リスティア。どうか、受け取って欲しい。他意はない」

「マ……、殿下」


 マルセルクは少し痩せたことで、より精悍な顔立ちになった。見目はやはり非常に良いが、もうフィルと婚姻している既婚者。お披露目も何もしていない書類上の婚姻でも、噂話に目のない貴族なら誰しもが知っていること。

 そんな中、マルセルクから『真実の愛』を示す可愛らしい花束を受け取る勇気は無かった。
 悔しいことに、繊細な花びらを付ける可愛い花は、リスティア好み。花に罪は無いとはいえ、受け取るには、あまりに重い。


「卒業式に、アレを着てくれないのか……?新しい衣装を、注文したと……」

「おや、さすが耳が早い。元婚約者が何を着ようと、殿下の許可は必要ありませんよ?」


 青筋を立てたノエルが、美麗な笑みで口撃している。ド迫力でマルセルクすら圧倒していた。そんな中、アルバートはすっとマルセルクに近寄り、流れるように花束を受け取った。
 何故受け取ったのかとリスティアが首を傾げていると、


「これは殿下から買い取ります。後で代金を払いますので、リスティアの前から立ち退いて下さい」

「この……っ、り……リスティア!どうか後生だ、私とあの衣装を着よう……!」

「………………申し訳ありません」


 名前を連呼するマルセルクの前に、アルバートが立ち塞がる。その間に、リスティアはノエルに連れられてその場から立ち去った。幼馴染の鮮やかな連携プレーに、マルセルクはどうすることもできなかった。

 アルバートはその後、花束を学園の庭師に寄付した。そうすることで、花瓶に生けられて随所に飾られる。
 マルセルクは花束を持ち帰る惨めな思いをしなくて済み、花も皆に鑑賞されて、リスティアもホッとしたのだった。

 アルバートはリスティアの目を見て、あの花を気に入ったことに気付き、あの行動をとった。それを聞いて、リスティアは、きゅっと胸を掴まれるような思いをした。





 リスティアの好きな花を知っている。それほどに真実リスティアの事が好きであれば、もう構わないで欲しかった。マルセルクは一度目の記憶があるということだから、恐らくあの宝剣で自死したはず。リスティアの血を使ったのなら可能なのだろう。

(何を考えているのだろう……?)

 再び結婚などしたらまた、リスティアを失うとは考えられないのだろうか?それとも、リスティアが死んだ後に起こった出来事を、取り消すためにだろうか?

 しかしその最期の話は、マルセルクからは聞かされなかった。

 自分が死んだ後、何が起こってマルセルクが自死したのか気になる所ではあったが、それはもう、関与すべき事ではなかった。


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