虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

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 マルセルクがフィルに関わり始めたのは、学園へ入学して、半年ほど経った頃だった。当時、二人とも16歳。

 リスティアには初めて発情期が来て大変だったのと同時に、マルセルクも成長期の性欲を持て余していた。

 マルセルクの閨の教育係は、絶対に孕む可能性のない、ベータの男娼だったらしい。その男娼を抱くことで有り余る欲を発散している、とリスティアは聞いていた。

 リスティアが張子で自分を慰めるのと同じように、マルセルクは男娼を『使う』。だから口を出してはいけない。そう閨教育で教わった。

 フィルは入学してからというものの、ある意味で有名で、マルセルクはそんなフィルを面白いものを見つけたように近付き、ある日、言った。

『フィルという、男爵令息がいるんだ。男娼には飽きたから、これからは彼にお願いしようと思う』

 その時どう返したのか、リスティアは覚えている。それは違うのではないか、と強く感じたから。けれどやっとのことで口に出せたのは、おそらく、言いたいこととは違う事。

『男爵令息といえど貴族ですから、男娼のような扱いは不服なのではないでしょうか』

 リスティアが言うべきことはきっと、もっとあった。妊娠でもしたら、とか、妃の座を望んだらどうする、とか。問題は沢山ありすぎて、むしろ何故気付かないのか分からないほどに入れ上げているのか。
 そう自分の思考回路に翻弄されていると、マルセルクはさらりと答えた。

『リスティアは優しいな。しかし、お前には想像も付かないことだろうが、彼は喜んで役目を担うと。また飽きたら変えるかもしれないが』

『……そうですか』

 その言葉に、リスティアは少し安心してしまったのだ。フィルをお気に入りにしているのは、今だけだ、と。
 これ以上言えばしつこいだろうと判断したリスティアは、『今だけ』『結婚まで』と唱えて過ごすことになった。


(…………フィルがいなければきっと、他の令息を見つけていただろうな)

 思い返しても、『マルセルクと魔力の相性さえ良かったのなら何の問題もない結婚生活だった』、とは言えなかった。

 大錬金術師のレポートを読んで、幸せな結末があったかもしれないと想像してみたが、やはりフィルを――誰かを抱きに行くマルセルクの背中しか思い浮かばなかった。

 何故なら、マルセルクはリスティアを置物のように、王太子妃という台へ飾れば満足なのだ。

 それなら政略結婚とはいえ、最初から愛がない方がまだ良かったかもしれない。王妃のように、番にならなくて済んだかもしれないのに。












 ノエルとアルバートとは、図書棟や、休日のキールズ侯爵家でしか会えない。彼らは、マルセルクの婚約者という立場のリスティアに慮ってくれていた。


「あまり向こうを刺激してはいけませんから。本当なら一日中だって側に付いていたいのです。貴方を一人にするなんて危なくて仕方ありません」

「え……と、そんな、僕は大丈夫だよ?え?学園にいるし……」

「私が婚約者なら、まず一人にはしません。こんなにかわいい人を」


 ノエルは心配症なのか、別れ際にいつも眉を下げる。真剣に見つめられると身の置き所が無くなるようで、リスティアは曖昧に笑った。
 かわいい人、なんて。オメガは、アルファから見ると庇護欲を抱く対象だ。自分が特別だなどと、勘違いしてはいけない。

 アルバートも顔には出さずとも、同意見のようだった。


「この間フィル・シューに絡まれていたような事が起きるかもしれない……ので」

「ああ……でも、害までは無いんだ。ただものすごく不快なだけで」

「それでも、貴方の気分を害している」


 気をつけて、と、毎回本当に惜しむように別れるのが、リスティアには擽ったくて堪らない。心配をかけているのにじんわり温まるような心地に、申し訳ないような、そのままでいて欲しいような、複雑な気持ちになった。

 確かに、あの常識とかけ離れたオメガは、何をするのか分からない危うさを持つ。それを良く言えば『天真爛漫』なのだろうが、リスティアにとっては迷惑な話。
 今更マルセルクと別れられてはむしろ困るため、下手に手は出せない。不快感を極力軽減するには、回避するしかなかった、のだが。









「リスティア様ぁ!やぁっとお話出来ましたぁ~!あっ、マル様には内緒でお願いしますね!」


 全く関係のない令息に呼び出されて連れて行かれると、側近二人に守られるようにして悠々と座っている、フィルがいた。
 彼の肝の太さには頭が下がる。それもまた、生まれ持った才能だ。


「アハッ!ぼく、なんと!この度、妊娠しました~ッ!」

「おめでとう!」

「素晴らしい!」


 ぱちぱちぱちと、側近二人が手を叩いている。何がおめでたいのか?
 フィルはまだ薄い腹を撫でながら、ねっとりとした目付きでリスティアを見上げた。


「それでぇ、やっぱり子供には父親が必要でしょう?……リスティア様、マル様を譲ってくれないかなぁ……?」

「……」

「マル様もね、これだけぼくに嵌まっちゃってるから、今更リスティア様を抱いたところで満足出来ないと思うの。ね?ぼくも、愛妾より、ちゃんとしたお妃様がいいし~。あっ!リスティア様、お仕事をしたいならマル様に言っといてあげるよ!『補佐に採用してあげて』って」


 その言い分は、的確にリスティアの胸を抉った。まさに一回目のリスティアのこと。しかし、ここで感情を表しはしない。
 リスティアもまた、負けず嫌いだからだ。


「それは、必要ありません」


 フィルは、まんまと、嵌った。ノエルとアルバートの罠に。
 笑みが溢れないよう、極力無表情でいて、かつ、辛さを堪えているような顔を作った。


「そこに王族の子供がいるのなら、無視は出来ません。殿下は避妊についてしっかり学んでいるはずですから、つまり、貴方に対して既成事実を作りたかったのでしょう。それならば、私は、残念ですが身を引きます」

「「えっ」」


 にこにことしていた側近二人が、拍手をやめて怪訝にリスティアを見ていた。その不思議な反応など無視して、フィルへと問う。


「……この話は、殿下に?」

「うふふっ!ありがと、リスティア様!さすが、頭いい人は理解力が違うねぇ~!殿下にはまだなの!だってほら、サプライズしたいもんっ」

「そうですか。サプライズ……いいですね。それなら、その時、私との婚約解消も伝えたら、より喜ぶのではないでしょうか?」

「えっ……いいの!?」

「はい。私も……殿下が喜ぶのなら、協力します。ですので、フィル殿、お身体を大切にして下さいね」

「……ほんと~?嘘、じゃないよね?」


 ジトリと目を向けられる。あまり素直に頷いたからか、フィルは怪しんでいるようだった。側近二名もこそこそと何か焦った様子で話し合っているが、もう後には引けないだろう。リスティアは儚げに微笑む。


「もちろんです。マルセルク様に秘密裏で、陛下と王妃殿下に会えるよう手配しますね」








 早速ノエルとアルバートに報告し、マルセルクに気付かれないよう動く。
 フィルの妊娠は、多くの人に知られていないといけない。それも、マルセルクの知らない所で。

 学園では知人を通じ、家族に触れ回るよう伝えておく。じわじわと広がる、マルセルクの失態。


 そんな中でも、マルセルクから呼び出しがあったため、リスティアは素知らぬ顔で会いに行った。恐らく、婚約者としては最後の茶会になるだろう。




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