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第二章 二回目の学園生活

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「なぁ……リスティア。嫉妬してしまったのか?今までのお前なら、気にすることは無かっただろう?あんなのは、子猫に引っ掻かれたようなものだ」


 近すぎる距離で隣に座り、リスティアの手を取るマルセルク。これまでにも幾度となくされてきた自然な仕草で、互いの手の体温が重なる。

 あれほど恋しくて恋しくて、望んでいた温もり。
 それなのにリスティアの背筋には、ゾクッとした悪寒が走る。手を引きかけ、慌てて律した。

 いけない。いくらなんでも露骨過ぎる。

 それでもリスティアの身体は正直で、密着しようと回された腕に総毛立った。

 いつもの手法だ。
 マルセルクは、そのアルファらしいしっかりした身体を寄せ、初心なリスティアを翻弄して、都合の悪いことは有耶無耶にしようとする。悪魔のように、耳元に唇を寄せて、囁いて。


「あれは、ただの性欲処理なんだ……、リスティアの代わりになんてなれるはずもない。お前の足元にも及ばない者だ。私の心はいつも、お前の元にある。愛しているよ、リスティア」


 チュッ。
 手の甲に口付けを落とされ、流し目を送られる。


(ぐっ……、格好、いい。愛してなんか、いないくせに……)


 深い底知れぬ碧い瞳に捕らわれて、心臓がひっくり返りそうになる。
 ここで流されてはいけない。落ち着かせるために瞼を閉じ、深呼吸を繰り返す。

 顔の良さ。所作の気品。経験値の違い。

 そういったものでリスティアを誤魔化そうとしても、もう二度目。あんな地獄のような結婚生活は、二度と送りたくなかった。

 マルセルクが『愛している』という呪文をひとたび唱えれば、リスティアは嬉しくなって舞い上がり、いそいそと奉仕してしまう。
 もはや呪縛のようなそれを頻繁に使ったマルセルクのせいで、リスティアは何もかもを信用出来ない。


(これはパフォーマンスに過ぎない。フィルを花畑で囲うための)


 婚約解消の機を伺うには、これまで通り、マルセルクを慕う自分でなくてはいけないのに。
 たっぷり三年、溜まりに溜まった気持ちが、勝手に口を突いて出ていってしまう。


「どうして、あのような者を側に置くのです。私は、あのような者にけなされていい存在ではないはずです。貴方の未来の伴侶が侮辱されて、貴方は何故笑っていられる……!」

「……!」


 マルセルクが驚いている。

(何故?)

 そこでようやく、自分の目からぽろぽろと、涙が溢れでているのに気付く。

 不甲斐ないことに、自分の言葉に煽られて、感情が昂ってしまったらしい。
 恥ずかしさに乱暴に袖で拭えば、ぎゅうと厚い胸板に抱き寄せられてしまった。抵抗をする隙間もない。


「……すまない。それ程までに、私を慕ってくれているとは……こんな時になんだが、嬉しい。フィルには、お前に近付かないよう言っておく」


 近付かないように言う、と。

(これまで散々言っても、返事はいつも『立場が違うのだから、気にするな』だったのに)

 今更だった。今更言われても、虚しいだけ。
 涙を見せた途端に態度を変えられても、マルセルクに『ありがとう』など言えなかった。

 リスティアは無愛想に、言っておくべき事を言う。


「……子猫と言うなら飼い主は貴方です、マルセルク様。きちんと躾をしておいて下さいませ」








 学園にいる間、フィルはそれはもう、自由奔放にしていた。それは今も過去も変わらない。

 マルセルクの側近二人だけでなく、婚約者のいる令息でもお構いなし。
 中には本気で入れあげてしまい、婚約者に婚約破棄を言い渡す令息もいた。

 そうでなければ、マルセルクのように、『ただのお遊び』として付き合う人もいる。どちらにせよ、頻繁に体の関係を持っているのは明白だった。

(どうして以前は平気な顔が出来たのだろう)

 フィルの開け放した胸元に咲く赤い跡の、意味も知らなかったから、だろうか。




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