21 / 38
本編
21 トリスタンside
しおりを挟む結婚式の後すぐに、トリスタンは護衛として召集された。それも、新婚の王子夫妻の寝室を守る護衛のうちの一人として。
理屈は分かる。婚姻直後の蜜月と呼ばれる期間は、王子の命を狙うのにうってつけだ。そのため、普段より騎士を増員した。
北側を守るのに四人、西側に四人。側近のトリスタンは執務の補佐もあるのに勘定に入れられたのは、妃殿下たっての希望らしい。
警備上、寝室の音は漏れ聞こえるようになっている。発情期の猫のような声を極力右から左へと受け流し、頭の中で執務の段取りを考え始めようとした。
――――のだが。
その苦痛な時間は、それほど長くは続かなかった。
朝までを覚悟していた警備員全員、呆気なく解散をする。
ユリアナは事後、何故か部屋にトリスタンを呼んだ。用事はこれと言って無いのに、しどけない空気を纏わせながら、『ごめんなさい。トリスタン様のお顔を見ないと、あたし、安心出来なくて……』と宣う。
こちらは側近の仕事もある。彼ら二人に押し付けられた仕事で寝不足の頭の中で、トリスタンは苛々して溢れそうになる殺意をどうにか隠しながら、あともう少しで終わると、自分を励ました。
ユリアナに仏頂面を見せた後、レオナルドの方にも呼ばれて行くと、新郎らしくない、疲弊した顔があった。
「トリスタン」
「はい」
「あの……そうだな。ええと……」
シガールームに連れ込まれると、レオナルドは爆発したかのように話出した。
「なぜ……何故だ?あれが……ドレス姿では確実にあったのに、脱がすと、無かったのだ。その間に、その刹那に、一体何があったのか?意味が分からないし、今も分かっていない。まるで、煙か幻想のように消えていたんだ。……………………お前、むしろお前の方が大きいのではないか?」
ふと胸元を見つめられて、眉間に皺を寄せた。男の胸など、見つめても何もならないだろうに。
レオナルドが何を話したいのか、全く分からない。謎かけのような問答に眠たくなり、早く帰りたいとしか思えなかった。
その時、シガールームの片隅にいた、紳士が聞きつけたのだろう。ふらりと、しかし色香を滲ませながら近づいて来た。
「殿下。青いですなぁ。女性のドレスには“パッド”というものがあるんです。ご存知ですか?」
「ぱっ……ど?」
「そうです、表向きには形を整えるもの……ですが。実のところ、あれを大きく見せるという役割を持つ装備なんです」
「なん……だと……っ!?」
美中年は煙草を咥え、物知り顔で語った。
昨今、あれを盛り上げるためのアイテムが増えていること。女性はいかに最新のアイテムを手に入れるか、男性はいかにその技法を見抜くかという攻防があること。
トリスタンが『あれとは?』と首を捻っている間に、経験豊富な紳士は言った。
「いやぁ、妃殿下がパッドなのはすぐ分かりますよ。明らかに詰めて硬そうでしたからね。経験のある男性ならすぐに分かります」
「そんな……っ!すぐに?其方も?」
「ええ、もちろん。シャルドネ侯爵令嬢のドレスを流用したのでしょう?でしたら詰めるしかないでしょうね。ははぁ、彼女のあれは素晴らしかったですからねぇ……国宝にしても良い。あの柔らかい曲線、ぷるっとした動き、肉感……間違いなく、パッドのない自然な揺れです。ああ、あと20歳若ければ、この手で……」
トリスタンは殺気を込めて紳士を睨んだ。回らない頭でも、ダリアローズの素晴らしいプロポーションを、この男は邪な視線で眺めていた事実は明らかだった。
すると紳士はお茶目に笑い、トリスタンへ言った。
「パールブレス侯爵令息も、新婚でしたなぁ。はっはっ、すみません、羨ましくて。あれを堪能出来るとは……はは、そろそろ怒られそうだ」
主君の初夜が終わりやっと帰れると思いきや、次は夜会の準備だなんだと忙しない。頭が回らない。身体が思うように動かない。ただ命令されたことに反応する機械にでもなったかのようだった。
ユリアナに対して、トリスタンは何も思うところはない。社交界を乗り切る常識も無く、どのような王妃となるのか、まるでビジョンは浮かばないが、主人が気に入ったのなら追従するだけ。陛下に止められている訳でもない。
聖女が正妃になるのは結構なこと。だが、それに伴い不足分を努力することは前提事項。と言うのに、ユリアナにその努力のカケラすら無いことに疑問を抱いていた。まだ蜜月期間で判断するのは酷かもしれないと思いつつ、与えられた夜会の手配を必死にこなす。
ダリアローズはまだ怪我で臥せっている上、傷心中だ。少なくとも彼女への招待状は止めておくよう、レオナルドにも伝えておいたはず、だった。
夜会さえ始まれば、トリスタンの役割はない。さっさと帰り、ダリアローズの見舞いにも行かなければならないのに、ユリアナはトリスタンと一緒でなければ不安だと言う。レオナルドもそれに同意し、居残らされた。顔色が悪いと、勝手に化粧まで施されて。
そして。
夜会にやってきたダリアローズを見て、驚愕した。
透明感溢れる清楚な美少女となったダリアローズを、ダリアローズと認識出来ない。ふんわりとしたシルエットと、薄く紅をひいただけの化粧は少女らしく可憐な一方、揺れる胸元は女の色気が漂う。そのアンバランスさが危うく、トリスタンの胸を音もなく射止めていた。
(うつくしい人だ)
何故夜会にいるかという疑問より、先に来た感情。ああ、あの方は自分の妻なのに。守らなければならないというより、守らせていただきたい。
そのダリアローズをエスコートする幸運な男が、自分ではないことが恨めしい。誰だあの美丈夫は!?
ユリアナは、ダリアローズを睨むように見つめていた。そしてレオナルドがダリアローズに見惚れているのを見つけ、いよいよダリアローズへ憎悪の視線を送っている。
(まるで小妖精の偽物と、本物の妖精姫みたいですね……)
挨拶に来たダリアローズは、極めて理知的な令嬢だった。レオナルドのことをずっと、婚約した時からずっと、慕ってきた令嬢だと言うのに、レオナルドが結婚したことですっぱりと諦めたと言うのだろうか。
凛とした姿勢でレオナルドの愛称呼びを正す姿に、ぶるりと心が震えた。自分を律することに慣れている。長年の恋心を封印し、正しい距離を保とうとしている。
それはある意味当然で、当たり前のこと。だが、つい先日学園を卒業したばかりの令嬢が、こうも毅然とした態度を取れるものだろうか。
トリスタンはダリアローズとほとんど話したことはないが、レオナルドの側には長年いた。
ダリアローズが、並々ならぬ熱量で、レオナルドを愛していたことを知っているからこそ。
(……本当はお辛いだろうに、一切見せないようにしているのですね。なんて理性的で、気丈で、健気なお人なのでしょう)
トリスタンは、この瞬間、ダリアローズの美しい背中から、目を逸らすことが出来なくなったのである。
レオナルドはユリアナとのダンスをなんとか踊った後、
「お前は、帰っていい……」
と、ふらふらどこかへ行ってしまった。
その姿を見て、『なぜ自分に黙ってダリアローズを招待したのか』とは問いただせなかった。伝えた筈だが気のせいだったのだろうか、だが、裏切られたような、ざらざらとした不快な気分が残る。
それよりも、ダリアローズ。声をかけたいのに、なんと声をかければ良いのだろう。トリスタンはダリアローズにとって、想い人と結婚出来なくなった原因の男である。例えばトリスタン以外の男が選出されていたなら、本当の既成事実を作られていたかもしれなかったが、そんなことはダリアローズは知らない。
会話の糸口が全く見つけられなかった。気配を消し、取り敢えずダリアローズの後を追いかけていると、ユリアナが絡み出した。その上、レオナルドを想っていたダリアローズの前で、生々しい話を披露し始めた。
ダリアローズとトリスタンが恋仲にないことなど、社交界じゅうが知っているのに。
(醜悪な……、そうか、いつも殿下の側にいたから、猫を被っている姿しか知らなかったのですね、俺は……)
元々ユリアナから良い印象は受けなかったが、仕事は仕事と割り切っていた。不意に呼ばれて腕に抱きつかれたことも多々あるが、邪魔だとしか思えない。子供に抱きつかれたのと同じで、振り払う際に怪我をしないよう気をつけなければな、と配慮する程度。
子供に接するようにしていたのを、『ユリアナの側では表情が柔らかい』と誤解されているとは知る由もない。
ダリアローズは上手く回る舌と人脈で、ユリアナを見事にやり込めていた。その頭の回転の速さに感嘆すると共に、罪悪感も募った。
レオナルドを探しに行った先で、レオナルド本人がまさか、ダリアローズへ計画を吐露してしまうとは想定していなかった。その前に、ダリアローズ本人の意思を確かめたかったのに。
たしかに自分は共犯者だ。レオナルドと同じく、婚約破棄となってもダリアローズがレオナルドを愛し続けることを不変だと思っていた。仮初の宿木になれるのであれば、自分が適していると。
だが今は、ダリアローズの毅然とした態度を知った。状況が変わった。その上に、レオナルドから彼女への邪な、下心を知ってしまった。レオナルドはダリアローズの能力だけでなく、その身体をも欲している。ユリアナという最愛だけでは物足りずに。
主君というより、一人の下衆な男の欲望を垣間見てしまったのだ。
だから、どうか。清いままの彼女を、レオナルドから隠し、逃してやりたい。あの薄汚い欲望に晒される前に、盾になりたいと、望んだのだ。
(側近なんか、もうどうでもいいです。ダリアローズ嬢に会わなくては)
2,266
お気に入りに追加
4,778
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚
ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。
※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる