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本編
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しおりを挟む「ダリア。彼女が聖女の、ユリアナだ」
初めて聖女であるユリアナを見た時、ぷるぷると緊張に震える姿は小動物のようだと思った。まるで強大な敵に立ち向かうように勇気を振り絞り、怯えたようにぎこちなくも、可愛らしい笑顔を浮かべている。
彼女の桃色の髪は、ふわふわと靡いていた。レオナルドよりも青空に近い、空色の瞳は、もうすでに潤んでいる。
ユリアナは元々は平民だ。たしか学園に入る前に淑女教育を行ったと聞いた。この様子ではおそらく、期間があまりなく突貫工事だったのだろう。ダリアローズを前にして、萎縮しているようだった。
「ユリアナ様、初めまして。ダリアローズ・シャルドネと申します。ダリアローズとお呼びくださいませ」
「あ……え……っと……。こ、こんにちは、ダリアローズさま……」
「……」
ダリアローズはできるだけ柔らかく、にっこりと笑顔を浮かべ、彼女の自己紹介を待った。桜色の唇は震えているが、何の言葉を探しているのか、ぱくぱくとして働かない。
怯えている姿は、いつかのコゼットを彷彿とさせた。震える頼りなさげな姿で周囲の人間を味方につける……ダリアローズの苦手なタイプである。
「あっ……!ごめんなさい!あ、あ、あたし、喋るのが上手じゃなくて、あの、えと、そのう」
「ふふっ、大丈夫だよユリアナ。ダリアは優しいし、淑女としてお手本みたいに完璧だから、たくさん教わるといいよ」
「は……はい。レオ様が言うなら……そうします……」
ダリアローズはくっと奥歯を噛むようにして耐えた。
『レオ様』とは?レオナルドという尊い名前を省略するなんて。それが許されるのは本来、家族もしくは婚約者であるダリアローズだけ。
それなのに、レオナルドはそれを許すばかりか、ユリアナのことも呼び捨てにしている。
(先に王城で紹介されたのかしら。……気弱そうに見えるけれど……実は、油断ならないのかもしれないわ)
ゲームの中では、入学してから偶然出会うこととなるはずであった。遅刻しそうなユリアナが走って門へ潜ったところで、第一攻略対象であるレオナルドと鉢合わせて転んでしまう。
現実的に考えれば、側近が防ぎそうなものだが。
ダリアローズの知らない所で、レオナルドと聖女が初対面を交わした。そこで意気投合したのなら……聖女も、前世の記憶がある転生者なのかもしれない。
レオナルドの他の攻略対象も、この場に揃っていた。
ユリアナの護衛を担当している聖騎士、ルドルフ。彼は少し年上だが、若くして上級聖騎士となるほどの実力派。精悍で実直そうな騎士だ。
魔法師団長令息の、エイドリアン・ビア侯爵令息。少女のように可愛らしく、それでいて魔術オタクの一面もある彼は、レオナルドの側近として名を連ねている。
そして攻略対象最後の一人が、トリスタン・パールブレス侯爵令息。レオナルドと並ぶ美貌の令息で、財務大臣令息だ。剣術や魔術を嗜み、護衛兼側近とされている。表情筋の死んだ冷徹な男なのに、人気投票ナンバーワンなのが解せない。
この三人の攻略対象たちに関しては、ダリアローズはあまり親しい訳ではない。正直なところ、レオナルド以外であればどの攻略対象を攻略して頂いても構わないと思っている。
しかし、ダリアローズがゲーム通り我儘で高飛車な性格だと思われては敵となる可能性もあるため、これまで最低限、『害は無いんですのよオホホホ』とアピールはしてきた。
聖騎士のルドルフには孤児院支援を。
魔法師団長令息のエイドリアンには魔術回路の論文を。
財務大臣令息のトリスタンは、特に何もせず。女嫌いの彼には、近付かない。下手に機嫌を取ろうとするのも、賄賂と見做されるのも良くない。これが正解。……の、はずだ。
彼らはダリアローズとユリアナ、レオナルドの視界に入らないように少し離れた場所で控えていた。
ルドルフは存在感を消し、エイドリアンは何か腹にイチモツ抱えているような笑顔で、トリスタンはいつも通りの完璧な無表情の中、レオナルドだけが王子様然とした、柔らかな笑顔を浮かべている。
(…………今の所、レオナルド様が一番危うい気がするわね……)
聖女は姓を持たず、使徒として扱われる。大抵は俗世から切り離され、生涯独身に費やすか、神殿関係者と結ばれ静かに過ごす者が多い中、ユリアナは貴族社会への参入を決めた。
後ろ盾は神殿であるため、専属の護衛聖騎士と共に。
神殿と王家の権力は、それぞれ独立した権力を持つ。ゲームと現実は絶妙に少しずつ違い、レオナルドとユリアナは、本来は結ばれるべきではない立場にある。
学園生活が始まって数ヶ月が経過した。
(どうしましょう……ユリアナさんって、コゼットの上位互換みたいな子だわ)
ゲームのユリアナは天真爛漫で陽キャ代表のような性格だったのに、現実のユリアナはおそらく転生者なのか、性格が違う。ダリアローズたちが近くを歩いていただけで『ピッ!』と怯え、ぴるぴると涙を溜め出し、逃げていく。
しかしそれが男性には良いらしい。一人、二人とユリアナの世話を焼こうとする男子生徒は増えていき、反比例するように女生徒からの顰蹙を買っている。ただ、聖女という立場が強いため、誰も手を出していないのが救いだ。
他の攻略対象に近づこうが、くっつこうが、好きにすればよい。彼らはダリアローズが、レオナルド一筋であることと、ゲームとは違い我儘放題ではないことを知っている。彼らと結ばれたとしてダリアローズが嫉妬することは、無い。
問題は、ユリアナの狙う攻略対象が、さっぱり分からないこと。
(レオナルド様じゃないといいのだけど……そうは思えないのよね……)
ユリアナがレオナルドに近付く時、必然的にダリアローズの視界に入った。ダリアローズ目線では、どうしても、ユリアナはレオナルドを狙っているかのように見えた。かと言って、他の攻略対象にも近付いているため、狙いが分からない。
ユリアナは淑女として学ぶ気がないのかと問い詰めたくなるほど、礼儀に拙かった。誰か教えてあげればいいと思いつつ、下手な貴族に任せられもしない。結局、ダリアローズとレオナルドが頼られることが増えていった。
昼食の取り方や、茶会の作法、踊り方。
その全てで、ユリアナはいちいちレオナルドに触れた。
「あっ、よ、よく、分かりません……レオさま」
そう言って、彼の袖をくい、と控えめに引く。控えめな時もあれば、ダンスの授業ではレオナルドの胸元に飛び込むこともあった。
それをしていいのはわたしだけなのに。ダリアローズは内心、憤っていた。
レオナルドの、制服に隠されたその筋肉質な体を、衣服を通じて頬に触れさせていいのは、婚約者である自分だけ。
それを、ユリアナはふらつくフリまでして。レオナルドもレオナルドで、困ったように抱き起こし、淡く微笑んでいる。
そんな柔らかい笑顔では、誰も彼も惚れてしまうに違いないのに、根っからの王子であるが故にやってしまうのだ。
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