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27 ウォルター(4)
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久しぶりに会ったベルフィーナは、最後の記憶より、ずっと艶やかで、美しかった。
儚げだった美貌は強い意思と力を持って、ウォルターの前にいた。
ウォルターの屋敷にいた時よりも顔色は良く、かつて惚れ込んでいた時のベルフィーナと同じ、いや、思わずごくりと息を呑むほど色気の増した女になっていた。
その瞳はどこまでも冷え切っており、ウォルターの顔色を窺う健気な妻は、欠片も見受けられなかった。
ベルフィーナとの最後の対面を前にして、ウォルターにはもう、後がなかった。
平民に成り下がり、あれだけ誇りに思っていた文官は自主退職した。平民になった途端、同僚だと思っていた奴らに雑用やら何やらを押し付けられ、出来ても出来なくても嘲笑われる。醜聞だらけで、計算しかできないウォルターは格好のストレス解消のおもちゃだった。あんな扱いをされるのなら辞めた方がマシだ。
自ら経歴を売り込み商会に雇われたが、下働きの仕事は雑用そのもので、適当にした結果、クビ。
少しでいいから養って欲しくて、駆け込んだ不貞相手の男は全滅した。逃げられないよう家に押しかけたのだが、ウォルターの顔を見せた瞬間、犯罪者のように門番によってつまみ出された。
酒場で知り合った遊び相手もそう。お前のせいで金を巻き上げられたと、逆に身ぐるみを剥がされそうになって逃げてきた。結局、ウォルターは遊んでいるつもりで、遊ばれていた。
あとはベルフィーナと再婚するか、最悪、ベルフィーナの屋敷で使用人として働くしか無かった。
今日の対話でもダメならと、父が『最後の情けだ。ここでダメなら人さまの迷惑になる前にこの世を諦めろ』と言って紹介したのはなんと、パン屋。
なんの変哲もない、知り合いの娘の友人で、平民のやっている、ただのパン屋。
絶対に嫌だった。
だから縋った。ベルフィーナも傷物だ、知らないオッサンと再婚したり修道院へ行くより、今は勢いで離縁してしまっているけれど、愛した男とよりを戻すほうがいいに決まっている。
それなのに。
ベルフィーナはもう、ウォルターのことは視界にも入れたくないと言い切った。愚かだとか、誠実さがないだとか。
あの優しかったベルフィーナの口から吐き出される、辛辣な言葉の数々。
視界が真っ暗になる。それからの会話はほとんどうろ覚えだ。感情的になってしまった事は認める。
だって、そんな、嘘だろう。こんな、まだ別れて一年どころか半年も経たずに、こんな冷え切った声を出す女がいるか?あまりにも薄情じゃないか?
あんなにも尽くしてくれただろう?
良くしてくれていたことは、離縁してから実感するようになった。
結婚をすれば瞬く間に容姿の衰える夫人たちと比べ、ベルフィーナはいつでも眩いほどに美しかった。
領主代行の仕事など、例え専念出来るようになってもウォルターにはこなせなかった。あんな臨機応変さと発想力、実現力の求められる仕事は出来そうにない。
屋敷で働く使用人たちをまとめようにも、表面上は命令に従うが、それだけ。温かかった屋敷は冷たく静まり返り、皆蔑んだ様な目でウォルターを見ていた。
健康的な弁当は無くなり、安く味のやたら濃い、出来合いのものには飽きてきた。常に身体のどこかが不調なのに、今や医者にかかれる満足な金もない。
そうなってようやく、ベルフィーナに謝ろうと思った。反省している、と。
親父は母親の事でもベルフィーナに謝っていたが、母さんは何も謝る事はないと思った。だって母さんは親切心から言っていたし、口調も極めて柔らかなものだったのだから。ほら、ベルフィーナもそう言っているじゃないか。
何も別居までしなくとも、と後で言うとまた殴られた。
結局ベルフィーナを説得するのは上手くいかなかったウォルターは、父親の手配通り平民の元で、粉まみれになりながらパン屋で働く。
ふつふつと怒りが沸いてくる。
どうして僕が、こんなところで、こんなことをしなければならない。
かつて天才(※母親に)と呼ばれた僕が。
頭脳も一切使わない労働にこき使われているだって?
もっと短時間で高収入の仕事なんか、普通の平民にあるわけが無かった。やはり文官、領主代行くらいでなければ頭脳の持ち腐れだ。その為にはやっぱり、ベルフィーナの手助けが必要。
反省はしている。もっと徹底的にバレないように、一人に絞っていたら良かった。今度こそ上手くやる。
だから。お願いだ、ベル。君になら出来るはずだ。
僕をこの地獄から救ってくれ。
ウォルターはパン屋でも体力の無さを理由に辞め、無害そうな容貌と頭の回転を生かし結婚詐欺師となった。
天賦の才を発揮したウォルターはあっという間に指名手配され、数年の逃亡生活の末、鉱山労働者となる。
本人の希望通り男達の慰み者となったが、満足しているかどうかは、報告には無い。
儚げだった美貌は強い意思と力を持って、ウォルターの前にいた。
ウォルターの屋敷にいた時よりも顔色は良く、かつて惚れ込んでいた時のベルフィーナと同じ、いや、思わずごくりと息を呑むほど色気の増した女になっていた。
その瞳はどこまでも冷え切っており、ウォルターの顔色を窺う健気な妻は、欠片も見受けられなかった。
ベルフィーナとの最後の対面を前にして、ウォルターにはもう、後がなかった。
平民に成り下がり、あれだけ誇りに思っていた文官は自主退職した。平民になった途端、同僚だと思っていた奴らに雑用やら何やらを押し付けられ、出来ても出来なくても嘲笑われる。醜聞だらけで、計算しかできないウォルターは格好のストレス解消のおもちゃだった。あんな扱いをされるのなら辞めた方がマシだ。
自ら経歴を売り込み商会に雇われたが、下働きの仕事は雑用そのもので、適当にした結果、クビ。
少しでいいから養って欲しくて、駆け込んだ不貞相手の男は全滅した。逃げられないよう家に押しかけたのだが、ウォルターの顔を見せた瞬間、犯罪者のように門番によってつまみ出された。
酒場で知り合った遊び相手もそう。お前のせいで金を巻き上げられたと、逆に身ぐるみを剥がされそうになって逃げてきた。結局、ウォルターは遊んでいるつもりで、遊ばれていた。
あとはベルフィーナと再婚するか、最悪、ベルフィーナの屋敷で使用人として働くしか無かった。
今日の対話でもダメならと、父が『最後の情けだ。ここでダメなら人さまの迷惑になる前にこの世を諦めろ』と言って紹介したのはなんと、パン屋。
なんの変哲もない、知り合いの娘の友人で、平民のやっている、ただのパン屋。
絶対に嫌だった。
だから縋った。ベルフィーナも傷物だ、知らないオッサンと再婚したり修道院へ行くより、今は勢いで離縁してしまっているけれど、愛した男とよりを戻すほうがいいに決まっている。
それなのに。
ベルフィーナはもう、ウォルターのことは視界にも入れたくないと言い切った。愚かだとか、誠実さがないだとか。
あの優しかったベルフィーナの口から吐き出される、辛辣な言葉の数々。
視界が真っ暗になる。それからの会話はほとんどうろ覚えだ。感情的になってしまった事は認める。
だって、そんな、嘘だろう。こんな、まだ別れて一年どころか半年も経たずに、こんな冷え切った声を出す女がいるか?あまりにも薄情じゃないか?
あんなにも尽くしてくれただろう?
良くしてくれていたことは、離縁してから実感するようになった。
結婚をすれば瞬く間に容姿の衰える夫人たちと比べ、ベルフィーナはいつでも眩いほどに美しかった。
領主代行の仕事など、例え専念出来るようになってもウォルターにはこなせなかった。あんな臨機応変さと発想力、実現力の求められる仕事は出来そうにない。
屋敷で働く使用人たちをまとめようにも、表面上は命令に従うが、それだけ。温かかった屋敷は冷たく静まり返り、皆蔑んだ様な目でウォルターを見ていた。
健康的な弁当は無くなり、安く味のやたら濃い、出来合いのものには飽きてきた。常に身体のどこかが不調なのに、今や医者にかかれる満足な金もない。
そうなってようやく、ベルフィーナに謝ろうと思った。反省している、と。
親父は母親の事でもベルフィーナに謝っていたが、母さんは何も謝る事はないと思った。だって母さんは親切心から言っていたし、口調も極めて柔らかなものだったのだから。ほら、ベルフィーナもそう言っているじゃないか。
何も別居までしなくとも、と後で言うとまた殴られた。
結局ベルフィーナを説得するのは上手くいかなかったウォルターは、父親の手配通り平民の元で、粉まみれになりながらパン屋で働く。
ふつふつと怒りが沸いてくる。
どうして僕が、こんなところで、こんなことをしなければならない。
かつて天才(※母親に)と呼ばれた僕が。
頭脳も一切使わない労働にこき使われているだって?
もっと短時間で高収入の仕事なんか、普通の平民にあるわけが無かった。やはり文官、領主代行くらいでなければ頭脳の持ち腐れだ。その為にはやっぱり、ベルフィーナの手助けが必要。
反省はしている。もっと徹底的にバレないように、一人に絞っていたら良かった。今度こそ上手くやる。
だから。お願いだ、ベル。君になら出来るはずだ。
僕をこの地獄から救ってくれ。
ウォルターはパン屋でも体力の無さを理由に辞め、無害そうな容貌と頭の回転を生かし結婚詐欺師となった。
天賦の才を発揮したウォルターはあっという間に指名手配され、数年の逃亡生活の末、鉱山労働者となる。
本人の希望通り男達の慰み者となったが、満足しているかどうかは、報告には無い。
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