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30 最終話
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王都へと帰った日は、レイヴィスとダグラスと三人で酒場へと打ち上げへ。色っぽさはないが、冒険者らしい荒々しい酒場だ。
「くぅーーっ、美味しいっ!」
「沁みるー……最高の一杯っ!」
「いつもより更に美味く感じるな」
特にレイヴィスは解き放たれたような気もしていた。もうあの赤髪をちらりとでも見ることはないと思うと清々したのだ。
同情するようにダグラスがぽん、と肩を叩く。
「良かったねぇ、レイだんちょー。長かったよね……アレの執着」
「ああ……、あの夫なら閉じ込め……いや、適切に管理してくれると信じている。有能な方だからな」
一瞬不穏な言葉が聞こえたが、ベルフィーナは固いナッツを噛み砕くのに集中して聞き逃した。あまり関わりたく無い事である。報酬と一ツ星以外は要らないのだ。
「はぁ、そうだ。ベルはまだ薬屋でバイト続けるの?まだ一、ニヶ月くらいだったかな?」
「ああ、そうだったわね。実は私、もう粗方教わり終わったから独立しようかと思って」
「「は?!」」
飲みかけの麦酒が溢れそうになるも、ダグラスとレイヴィスはぴたりと手を止めた。そんな返答が来るとは予想だにしていなかったのだ。
「もちろんヒルデさんの持つ知識の全ては教わってないけれど、とりあえずやりたいことは出来るようになったのよ。今回の報酬を頭金にしたら機材とか色々買い込めるから、移動する薬屋をしながら冒険者をするの!」
ふふふ、と上機嫌なまま酒を煽る。はぁ、本当にいい気分だ。
ベルフィーナは夢を思い描く。ゆくゆくはどこかに薬草園と工場を作り、製作は人を雇い、ベルフィーナは各地に転移魔術陣の基地を設置する。そして遠い土地であっても販売を可能とするのだ。
実家の父と協力すれば瞬時にやり取りができるから、そちらで販売するのも良い。ここの薬草はあちらには貴重だ。
また、ヒルデと共同制作をしてもいいかもしれない。いいビジネスパートナーになることは間違いない。
そして最終的には左団扇で暮らす。めくるめく妄想にニヤニヤが止まらない。
「え、移動って、王都から出る……ってこと?」
「そうね。でも、たまにはヒルデさんに教わりに戻るわ。転移魔術陣も恒久的に置かせて貰える事になったし」
「し、しかし、薬師として何か売るにはまだ……」
「推薦と商業ギルドの登録なら、もう済ませたから大丈夫よ。ヒルデさんの推薦だからって代表の方が出てくるとは思わなかったけれど」
王女の嫁入りで忙しくしている間にそこまで話は進んでいたのかと、二人はもう、愕然とするしかなかった。
「お、オレ、騎士辞める!ベルについて行く!」
「……っく、俺も丁度、辞めようと思っていたんだ。団長職は机仕事が多いから身体が鈍ると思っていて……」
「二人とも?気持ちは嬉しいけど、辞めたら許さないわよ」
ピシャリ。ベルフィーナは言い放つ。
ドン、と木をくり抜いて作られた粗忽なマグカップを机に叩きつけると、麦酒が少し溢れ出た。
「これは、私の、私による、私のための、女の自立の闘いなの。他の人に横取りはさせない。王都にもちょくちょく戻るんだから、その時は会えるわ。そしたらまた一緒に飲んでくれる?」
「待って。オレ、飲み友なの?ウソ、告白したのに?」
「おい、いつのまに……?!ダグラス!聞いてない!」
「言ってないもーん!ちんたらのんびりしてるレイだんちょーに言われたくないね!」
「ベル。……いや、こんな所ではダメだな。今度また一緒に出掛けてくれないか?大事な話がある」
「あーあーあーもう!離縁したばっかって言ったでしょう!ダグラスも!気持ちは嬉しいけど、今の私じゃ受け止められないの。だから、……飲み友でいて!」
ベルフィーナは逃げの一手を決めた。
ダグラスの告白には、ちょっとどころではなくぐらついた。しかし、やはりモテ男だと誘惑は多いだろうし、知り合ってまだ少ししか経っていない彼を信用するのは怖い。もう、あんな惨めな思いは二度としたくない。
そしてレイヴィスには、ほんのりと好意は感じるがそれだけ。特に何も言われていない。ベルフィーナは何か言われるまで大人しく待つなんて出来ない。
自分の男を見る目が無いのは分かった。信頼できるのは、生まれてからずっと一緒の自分だけ。
ダグラスとレイヴィスが頭を抱えたり、わたわたとしているのを横目に飲み、ケラケラと笑う。
そう、ベルフィーナは元夫という呪縛から解かれたばかりの自由な身。
せっかくやりたいことが明確に見えてきたのだ。薬屋は大概街の中の安全な所にしかない。しかしベルフィーナは戦闘力もあるし、空間収納にいくらでも収納できる。金が貯まれば、家だって。
手始めにオリジナルのポーションだって作り出した。液体ではなく、グミ状であれば冒険者にとって持ち運びもしやすいし、腹が重くなったり花を摘みに行く頻度も気にしなくていい。
ヒルデが保証すると言ってくれたから、信用も問題ない。後は自分の腕の見せ所だ。
……確かに二人にはときめいた。けれど、今はまだ、そのタイミングではなかった。惑わせてくる二人には悪いが、適切な距離を置かせてもらおう。友人として。
後日、フラワードラゴンの売却益を得たベルフィーナはホクホクと早速理想の家を作らせるのだが、彼女は知らない。
レイヴィスとダグラスが私財を注ぎ込み、王子の権力すら使って個室を追加させたこと。
騎士団を『辞める』のではなく、地方に散らばる遊撃隊へ異動。その名目でベルフィーナの旅にぴったり着いてくること。
その事を知った彼女が怒り、家を持ち逃げし王都を発つのだが、騎士団ナンバー1と2の実力vs短距離転移の壮大な鬼ごっこが始まること。
そして、そんなことをしているうちに段々と絆されてしまうこと。
ーーを愛してしまうこと。
すやすやと幸福な夢を見ている彼女は、まだ知らない。
「くぅーーっ、美味しいっ!」
「沁みるー……最高の一杯っ!」
「いつもより更に美味く感じるな」
特にレイヴィスは解き放たれたような気もしていた。もうあの赤髪をちらりとでも見ることはないと思うと清々したのだ。
同情するようにダグラスがぽん、と肩を叩く。
「良かったねぇ、レイだんちょー。長かったよね……アレの執着」
「ああ……、あの夫なら閉じ込め……いや、適切に管理してくれると信じている。有能な方だからな」
一瞬不穏な言葉が聞こえたが、ベルフィーナは固いナッツを噛み砕くのに集中して聞き逃した。あまり関わりたく無い事である。報酬と一ツ星以外は要らないのだ。
「はぁ、そうだ。ベルはまだ薬屋でバイト続けるの?まだ一、ニヶ月くらいだったかな?」
「ああ、そうだったわね。実は私、もう粗方教わり終わったから独立しようかと思って」
「「は?!」」
飲みかけの麦酒が溢れそうになるも、ダグラスとレイヴィスはぴたりと手を止めた。そんな返答が来るとは予想だにしていなかったのだ。
「もちろんヒルデさんの持つ知識の全ては教わってないけれど、とりあえずやりたいことは出来るようになったのよ。今回の報酬を頭金にしたら機材とか色々買い込めるから、移動する薬屋をしながら冒険者をするの!」
ふふふ、と上機嫌なまま酒を煽る。はぁ、本当にいい気分だ。
ベルフィーナは夢を思い描く。ゆくゆくはどこかに薬草園と工場を作り、製作は人を雇い、ベルフィーナは各地に転移魔術陣の基地を設置する。そして遠い土地であっても販売を可能とするのだ。
実家の父と協力すれば瞬時にやり取りができるから、そちらで販売するのも良い。ここの薬草はあちらには貴重だ。
また、ヒルデと共同制作をしてもいいかもしれない。いいビジネスパートナーになることは間違いない。
そして最終的には左団扇で暮らす。めくるめく妄想にニヤニヤが止まらない。
「え、移動って、王都から出る……ってこと?」
「そうね。でも、たまにはヒルデさんに教わりに戻るわ。転移魔術陣も恒久的に置かせて貰える事になったし」
「し、しかし、薬師として何か売るにはまだ……」
「推薦と商業ギルドの登録なら、もう済ませたから大丈夫よ。ヒルデさんの推薦だからって代表の方が出てくるとは思わなかったけれど」
王女の嫁入りで忙しくしている間にそこまで話は進んでいたのかと、二人はもう、愕然とするしかなかった。
「お、オレ、騎士辞める!ベルについて行く!」
「……っく、俺も丁度、辞めようと思っていたんだ。団長職は机仕事が多いから身体が鈍ると思っていて……」
「二人とも?気持ちは嬉しいけど、辞めたら許さないわよ」
ピシャリ。ベルフィーナは言い放つ。
ドン、と木をくり抜いて作られた粗忽なマグカップを机に叩きつけると、麦酒が少し溢れ出た。
「これは、私の、私による、私のための、女の自立の闘いなの。他の人に横取りはさせない。王都にもちょくちょく戻るんだから、その時は会えるわ。そしたらまた一緒に飲んでくれる?」
「待って。オレ、飲み友なの?ウソ、告白したのに?」
「おい、いつのまに……?!ダグラス!聞いてない!」
「言ってないもーん!ちんたらのんびりしてるレイだんちょーに言われたくないね!」
「ベル。……いや、こんな所ではダメだな。今度また一緒に出掛けてくれないか?大事な話がある」
「あーあーあーもう!離縁したばっかって言ったでしょう!ダグラスも!気持ちは嬉しいけど、今の私じゃ受け止められないの。だから、……飲み友でいて!」
ベルフィーナは逃げの一手を決めた。
ダグラスの告白には、ちょっとどころではなくぐらついた。しかし、やはりモテ男だと誘惑は多いだろうし、知り合ってまだ少ししか経っていない彼を信用するのは怖い。もう、あんな惨めな思いは二度としたくない。
そしてレイヴィスには、ほんのりと好意は感じるがそれだけ。特に何も言われていない。ベルフィーナは何か言われるまで大人しく待つなんて出来ない。
自分の男を見る目が無いのは分かった。信頼できるのは、生まれてからずっと一緒の自分だけ。
ダグラスとレイヴィスが頭を抱えたり、わたわたとしているのを横目に飲み、ケラケラと笑う。
そう、ベルフィーナは元夫という呪縛から解かれたばかりの自由な身。
せっかくやりたいことが明確に見えてきたのだ。薬屋は大概街の中の安全な所にしかない。しかしベルフィーナは戦闘力もあるし、空間収納にいくらでも収納できる。金が貯まれば、家だって。
手始めにオリジナルのポーションだって作り出した。液体ではなく、グミ状であれば冒険者にとって持ち運びもしやすいし、腹が重くなったり花を摘みに行く頻度も気にしなくていい。
ヒルデが保証すると言ってくれたから、信用も問題ない。後は自分の腕の見せ所だ。
……確かに二人にはときめいた。けれど、今はまだ、そのタイミングではなかった。惑わせてくる二人には悪いが、適切な距離を置かせてもらおう。友人として。
後日、フラワードラゴンの売却益を得たベルフィーナはホクホクと早速理想の家を作らせるのだが、彼女は知らない。
レイヴィスとダグラスが私財を注ぎ込み、王子の権力すら使って個室を追加させたこと。
騎士団を『辞める』のではなく、地方に散らばる遊撃隊へ異動。その名目でベルフィーナの旅にぴったり着いてくること。
その事を知った彼女が怒り、家を持ち逃げし王都を発つのだが、騎士団ナンバー1と2の実力vs短距離転移の壮大な鬼ごっこが始まること。
そして、そんなことをしているうちに段々と絆されてしまうこと。
ーーを愛してしまうこと。
すやすやと幸福な夢を見ている彼女は、まだ知らない。
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