レスられた高嶺の花は自由にすることにした〜なので、迫られても困るのですが〜

カシナシ

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思春期を過ぎると、ベルフィーナを見つめる男の視線は熱を孕み、舐め回されているような不快感を伴った。
透けて見える下心を目の前にして、どれだけ熱心に口説かれ美辞麗句を囁かれても心を許すことはなかった。

そんな時、出逢ったのがウォルターだった。

図書室で真面目に、目立たないように黙々と勉学に励む姿は、色目で見てくる男たちとは違って落ち着いているように見えたし、実際にそうだった。

一学年上ということもあって、試験の傾向やコツを教えてもらっていても、一度も口説いてくるような事はなく、それはベルフィーナにとって新鮮だったし、嬉しかった。

恋人となってからも、一度会話でサラッと出した観劇や書籍を、ウォルターは覚えていて、わざわざ取り寄せてくれた。

学生らしい、街を眺めたり、カフェで話したりしたデートは、毎回とても楽しくて幸せだった。

本当に、結婚式の日は、世界一幸せだと思ったのだ。

そしてそれは今考えても正しく、幸せの頂点だった。










「ふふ、ふ……。」


ベルフィーナは思わず笑ってしまった。

両親から、離縁の手続きは完了したと言う知らせを受け取ったのだ。

また、デリックら浮気相手のパートナーにも事の詳細の確かめる手紙を出したと言う。要は『貴方の旦那さん浮気してますけど、知っています?』というメッセージ。

慰謝料請求はしていないが逆にそれが恐ろしかったのか、どの家も金をかき集めてブランドン伯爵家へと送り、浮気をした男は愛想をつかされ離縁や別居を余儀なくされた。

遊び相手の男性はウォルターの金目当ても多かった。ウォルターが浮気しまくっており、その妻が実家に帰ったと聞いた時点で、もう金払いは悪くなりそうだと勘付き離れ始めた男たち。
独身には遠慮なく、ウォルターが支払った額相当の慰謝料請求をしたので、借金を背負ったりしばらく生活がキツいのは自業自得である。


特に毎年奥様を孕ませていた子沢山のデリックは、『まるで獣ね』と馬小屋へ隔離され、愛する子供たちの顔も見れなくなったらしい。

婿養子だったため離縁するのは簡単だが、子供は父親にも懐いているのが悩ましいのだとか。デリックは生涯身を小さくし、反省しながら生きる他ないだろう。

ウォルターの親からは謝罪の機会が欲しいと要望があり、後日場を整えることにはなったが、受けて立つに決まっている。文句を一言言ってやらなければ気が済まない。

不貞相手は一人、あたかも夫の不貞を知って身を引いた可哀想な妻、のように演出はしたが、『男相手に浮気された女』であるのは間違いのない事実。
相手へダメージを与えたと同時に、令嬢としては致命傷をくらったベルフィーナ。それはもう承知の上で、やってくれと父親に言っているので後悔はない。もう貴族社会では生きていけないし、そのつもりもない。

大事な事は、もう、既婚ではなくなったということ。









今日は飲もう。飲むしかない。そう思ってふんすと意気込んで酒場へと向かうと。


「……あれ、ベル、また奇遇だね。」

「ダグラス。……と、スペンサー様。」

「……レイヴィスでいい。」


そこには、明日共に王都へ向かう筈のダグラスと、レイヴィスがいた。彼らも今来た所らしく、酒が来るのを待っているようだった。

来い来いと手招きされ、躊躇するも、解放感でいっぱいだったベルフィーナはまぁいいかと素直に従った。


「マスター、麦酒もう一個!……ベル、機嫌良さそうだね!」

「ええ、ありがとう。わかる?」

「分かるよー、何か一仕事終えたみたいな顔してる。」


鋭い観察眼だ。確かにそのような気持ちに近い。しかし、一言では言い表せない程複雑な感情は、まだまだベルフィーナの腹底にこびり付いている。


「乾杯。明日から、宜しく頼む、ベル。」

「ええ。レイヴィス様。」

「レイヴィスでいいと言っただろう。」

「んん、でも、」

「ダグラスはダグラスなのに?敬語も堅苦しい、普通に話してくれ」


それは彼の柔和な雰囲気もあって呼び易くて。とは言えない。逆に言えばレイヴィスは親しみにくいという事だ。
整い過ぎた美貌に殆ど動かない表情は、いくら美形でも近寄り難い。

ベルフィーナはここでは冒険者『ベル』として名乗っているため、愛称を呼ばれていても気にならないが、人の名前をどう呼ぶかは気を遣う。


「はぁ、貴方にはいつも勝てないわね。分かった、レイヴィス。」


そう諦めたように言うと、レイヴィスの口角は僅かに上がり、喜んでいるように見えた。


「……わぁー、珍しいモン見れた。明日は雪の備えをしなきゃ。」

「何よそれ?」

「レイだんちょーが呼び捨てを強引に進めるし、笑ってるし……こんなだんちょー見た事ない。」

「うるさい。」


わぁっ、照れてるー!と騒ぐダグラスは、レイヴィスを冷やかして楽しそうだ。とても仲が良さそうでほっこりする。
そうなのか、珍しいのか。何か幸運にあやかりたいな、とベルフィーナはレイヴィスに内心手を合わせ祈る。


「ベルも、今日は少し……ホッとしてる?いつもはもうちょっと……ピリピリしてたから。」

「え、そう?ごめんなさい、無意識だったわ。」


ダグラスの言葉に驚く。そんなにも態度が悪かったとは。貴族令嬢として名折れだ。


「いや、全く問題ない。むしろもっと警戒していいくらいだ。冒険者で、女性一人なんだから。」

「そ、そうそう!しかもこの街ではわりと新参者の方だし?」

「そう言われるとそうね。少し……落ち着いたのかも。」


ニコリと微笑むと、フォロー出来たと思ったのか二人とも安心したように頬を緩ませた。

実際は、柔らかなベルフィーナの微笑みに見惚れていたし、二人の背後にいた者たちも巻き添えを喰らっていた。





酒と食事をちまちまと飲み食いしていく。そこに貴族のマナーはなく、取り皿はどんどん汚れていくし好きなものをそれぞれ乱雑に頼むし、小さな卓の上はあっという間に混沌とした。

このように雑に食事をするのは初めての事。しかし誰も見咎める人などいないし、取繕う相手もいない。心から楽しくなってくる。


「はは、アイツは本当に根っからの変態だからね。ベル、明日からは気をつけるんだよ。さりげなく接触するプロだから。」

「……魔術を使っても避けろ。私が許す。」

「こっわ!ほら、レイだんちょの顔、見て。この顔で令嬢を避けすぎて、もうまともな令嬢からは鑑賞物だと思われてるの!そしてまだ寄ってくるのは大体強心臓のまともじゃない……、」

「ダグラス、お前も人の事言えないだろう。」


二人の話す騎士団員は、変態かクソ真面目のどちらかしか居ないらしく、その逸話は全て面白かった。今回のように、塩漬けとなった案件を潰すための遠征中は特に戦闘狂の変態が増えるのだそう。

いつの間にかベルフィーナは、くすくすとした淑やかな笑いではなく、声を上げて笑っていた。

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