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美少年と騎士とダグラスから離れ、次にベルフィーナが目指すのはフラワードラゴンの討伐だ。陽はまだ高く、早めの昼食を取る。

宿屋で出てきた夕食だ。時間経過のない空間収納から出したスープと、刻んだ野菜を炊き込んだ穀物は湯気の出るほど熱いまま。こんな時、空間属性で良かったと心から思う。

ウォルターは風属性を持っていて、暑い時は涼ませてもらったり、風が強くて髪型が崩れそうな時周囲の風を相殺してもらったりして、その度にきゅんとしていた。

今なら自分でそれらに似たことを出来るようになってしまった。そして、ウォルターは殆ど魔術を使わない生活をしているし、何より隣にいることはない。

もう、彼に涼ませてもらうことも、髪型の崩れを気遣ってもらうこともないのだと、思う。

妻を気遣う気持ちがないのなら、魔術を使えるのか使えないのかは問題外なのだけれど。


「……はぁ、いけない。忘れよ、忘れよ。」


気合を入れ直す。婚約したての、優しかったウォルターの亡霊に惑わされてはいけない。あの頃の彼はもう、この世に存在していないのだから。






フラワードラゴンというのは、ベルフィーナの学んだ『一般魔物学』によれば、花を好むドラゴン。
それも、希少で効果の高い、言い換えれば、高級ポーションの元となったり基剤油となる、魔素をふんだんに含む草花を根こそぎ喰らい尽くす草食のドラゴン。

その草花を採取する人間を敵視している為、目を合わせれば間髪入れず襲いかかってくるという短気なドラゴンだ。

字面だけ見れば、背中や頭に花を蓄えた呑気な竜を思い浮かべるが、実際のフラワードラゴンを目にすれば、一瞬で認識を改める。

細く長い首の先に付いた蛇のような頭に似合わない、小山のように大きな身体。
主食が地面に生えているせいか、退化した小さな翼が申し訳程度にくっ付いている。

ベルフィーナは、不意打ちを狙ってその首に斬撃を放つ。
しかしドラゴンの鱗は硬く、ベルフィーナの刀では表面を少し削っただけで、致命傷とは程遠かった。

襲撃者に気付いたフラワードラゴンは、尾と首を振り回して威嚇する。
短距離転移で難なく近づいては離れ、空気圧を込めた拳でドラゴンの体躯を打つ。打ち続ける。


「はぁ、く、ふ、」


息も絶え絶えだ。早朝からオークの討伐に消費した魔力が効いてきた。もっと節約しておけばと後悔する。

結界を纏わせた剣でも通らない。この鱗は魔法耐性が高すぎる。
頭だけ結界で覆って真空にし、窒息を図る。少し、すこーしだけ動きは鈍くなったが……とても時間がかかりそうだ。決定打に欠ける。

フラワードラゴンが苦しみに、身体を振り回すのを避け続けながら考える。他に手はないか?

その時だった。


「助けはいるか?」


聞き覚えのある声。ベルフィーナは即座に答える。


「お願い!」


その瞬間、キンッ、と高い音と共に、フラワードラゴンの蛇の頭が宙を舞った。呆気に取られて一拍、反応に遅れる。

まだ生きている!めちゃくちゃに振り回された長く太い尾はベルフィーナに向かっていたのだ。


「ぐぅっ、」


当たる――と思ったのだが、思いの外衝撃は少ない。気付けば力強く抱き寄せられ、その場から引き剥がされていた。
ベルフィーナのいた場所に、鞭のようにしなった尾が叩き込まれ、地面は陥没した。

危なかった。助けてくれた男――レイヴィスと呼ばれていた騎士を見上げると、彼はベルフィーナをそっと下ろし、瞬く間にドラゴンへ向かっていく。

早い。瞬間移動をするかのように駆けて、ドラゴンの胸にある、僅かに丸く盛り上がった部分を一気に突き刺した。柄に触れる程深く刺さった剣を引き抜くと、今度こそドラゴンは生命活動を停止させ、その巨体を地響きさせながら倒れていった。


「……大丈夫か。」

「ええ。ありがとうございます。助けてくださって。」


今度は正真正銘助けられた。力の差は歴然としすぎて悔しさはない。しかし何故彼の剣は届くのだろう、とドラゴンを見る。


「ドラゴンの胸の辺りには、竜心という、心臓のようなものが埋まっているんだ。それを、防御力の高い鱗の隙間から的確に狙わないといけない。」

「そうだったのね。知らなかった……。」

「しかし、貴女が散々弱らせていた為に狙いやすかった。普段はこう易々とやられてくれないんだ。」


学園で身に付けた魔物の知識は、魔物のどの部分が素材になるか、どんな効果があってどんな品物となるのか、という観点でのものが多かった。ドラゴンと闘ってわかったのは、奴らの弱点も倒し方も分からず、力任せでは倒せないという事だ。


「弱ってはいたけど、あれじゃいつまで経っても致命傷は与えられなかった。貴方のお陰です。……悔しいけれど。」

「いや!待て。それはダメだ。……貴女の補助なしには倒せなかった。この売却した利益は折半……いや、七割持っていっていい、どうだろうか?」

「え、それは悪いです。」


譲り合う二人は押し問答の結果、ベルフィーナが六割持っていく代わりに空間収納へ入れ、レイヴィスの信頼する商人の元まで運ぶこととなった。
ベルフィーナの分が少しだけ多いのは、これだけの大物を時間経過による劣化なしで運べるからだ。


「改めて宜しく。……レイヴィス・スペンサーだ。魔術騎士団の団長をしている。」

「こちらこそ。ベルです、スペンサー様。ただの中級冒険者。魔術騎士団……、」


薄々どころではなく濃いめに察してはいたものの、言われると驚いてしまう。領主の私兵にしては立派な鎧、高すぎる実力。そして王族の雰囲気を漂わせるあの少年。

傷心旅行中の身としては、煌びやかすぎるその一団は少し距離を置きたい相手だった。


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