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本編

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足を引き摺るようにして寮へと戻り、頭の中を整理する。
既存の執務に追加が何件あるのか。
今日の講義の復習と、予習。


ここで役にたつのが、長年、魔術技巧を極めた成果だ。

空気中に含まれる程の微量な水分を万年筆に纏わせ、高速で動かす。自動速記と呼んでいる。

利き手が腱鞘炎にならなくて済むように開発せざるを得なかったものだ。


僕が集中して机に向かっている間、広めの寮室には、膝ほどの小さな丈のスライムたちがちょこちょこと動き回る。

普段彼らは僕の影の中に潜んでお休みしている。
従魔を持つ貴族はほとんどいないから、あまりおおっぴらには出せないが、こうして人目のない所では出せる。

彼らは存外器用なので、腕を生やして、薬草をすり潰したり濾過したりしてポーションを作ってくれているのだ。


「みんな、お疲れ様。もう……だいぶ作れてるみたいだね、いつもありがとう」


僕が声をかけると、みんなぴょこぴょこと触手を上げて、また作業に戻っていく。あと少しみたい。


彼らがやっているのは水の巫子としての仕事。従属させたスライムは多過ぎて、一度に呼ぶ時は『スイちゃんたち』と呼んでいる。


中でも、一際器用な個体は白っぽい半透明の『ハク』。影を通じて彼に僕の魔力を多く渡す事で、仕事の中でも重要かつ繊細な部分を任せられる。


ポーションに使う『水』の生成もそうだが、魔術符の複製も、彼はこなせるのだ。

魔術符と言うのは特殊な紙に描いた、魔術陣のこと。様々な種類があって、一回きりの使い捨てだけど、誰でも使える。

しかし、作る側の魔力の質や、魔術技巧が問われるものだ。

人々はその魔術符を使う事によって、自分の属性ではない様々な魔術を使える。魔術技巧が無くとも、魔術符を起動させるだけで。


主に教会に納品する分の『治癒』や『浄化』、『水生成』は特に求められる魔術技巧は高度ではないが、一枚一枚、魔力を込めて魔術陣をせっせと複製するのが大変なのだ。

そこをハクに命じればさくさくと作ってくれるので、とても助かっている。


「ハクはどう?わ……10枚も出来たんだね。ありがとう」


つるつるぷにぷにした頭を撫でると、照れるように身を捩っている。可愛いなぁ、もう。


ただ、当然ながらその作成には僕の魔力を使う。
魔力量は鍛錬を積むほど多くなっているはずなのに、僕の生活はちっとも楽になっている気はしなかった。


教会を擁護しておくのなら、これは僕が学園へ入学する際に『これまで行ってきた仕事は変わらず続けますから』と自ら言い出したことなのだ。

枢機卿は僕の負担を鑑みたのか、

『学業を第一優先にしなさい。何も作れない日があっても構わない。大事なのはお前の身なのだから』

と言ってくれた。

けれど、僕の水の巫子としてのプライドから、何があっても続けていた。

だって、僕にはそれしかないから。











粗方執務や学習を終えると、僕には楽しみな時間があった。わずかな趣味の時間。

魔道具作成である。

こつこつ、魔術陣を組み立て、時にズレて失敗したりしつつも、調和し完成すると自分でも見惚れてしまうほど見事な魔術陣が出来上がる。


その感覚が病みつきになってたまらない。


算術で、公式によってぴたりと答えが導き出せた時の快感に似ているかな。それのもっと強いもの。


「矢でも量産するかな……、いや、寝てても目元を温めるものの方がいいかな。疲れが取れそう」


『それがいい!』という風に、ハクが僕に絡みつく。
むにむに。ぷにぷに。
ふう、これでもかなり癒されるけれど、彼らはひんやりしているからね。


作成者の込めた魔力で起動する魔術符と違い、魔道具は魔石を魔力源とする。だから、作成者、使用者共にさほど魔力を使わないのも、気に入っている。


僕のカバンに使っているのも、手製の空間収納袋だ。
時間停止、空間拡張最大、重量無視、認識阻害、防刃防汚、摩耗無効、所有者追跡、からの非所有者からの帰還。
色々と詰め込むほどに難易度は上がるけれど、組み合わさった時の快感は、しびれてしまうくらい。


これがあれば、どれだけズシっと重たい書類を渡されても大丈夫だし、機密文書などを盗まれる心配もない。僕以外の人にこの鞄は開けられないし、鞄ごと盗まれても手元に返ってくる。

他にも、食べる時間を節約するためスイちゃんたち専用の調理器具や魔導コンロを用意し、料理を作ってもらったり。

小さな保温のマグカップは、一番最初の作品だったか。眠気覚ましの薬草茶は、机に置いておくといつの間にか冷めてしまうために作った。

書類を複製する複写機や、自動で洗濯をする洗濯機、掃除機。
生活の効率を高めれば、その分思考に時間をかけられる。

ディルク様をお支えする為に必要なものを作っただけなので、人様に見せられるような出来ではない。

だから僕は、これらの魔道具は極力人に見られないように、引っ込めておくのだった。




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