【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

文字の大きさ
上 下
48 / 72
本編

47 本当に何をしに来たのか

しおりを挟む
もう本当に、信じられない。
目を覚ました僕は、ジタリヤ様の妙に冷え切った、淡々とした報告を聞きながら憤慨していた。


ディルク殿下は、クライヴ様をモノにしたいブリジット嬢を見つけ、父親と交渉、成立していた。
ブリジット嬢は当初、腹痛の演技だけで良いと思って快諾(それももやもやするが)。

彼女は、精々30分程度僕を足止めしたら、屈強な男が僕をどこかに連れて行くだけだと思ったのだそう(……非常にもやもやするが)。

しかしいざ打ち合わせ場所に着くと、その屈強な男に刺され、そこで漸く、隣国の王族を名乗る二人組の怪しさに恐れを抱き、僕に逃げるよう言ったのだと。

あんなひどい怪我をしている人を目の前にして、僕が逃げる訳が無い。僕はそういう風に育てられているのだから。そしてその習性を、ディルク殿下も知っていた。


彼らの思惑通り、僕はまんまと怪我人に釣られてしまった。


「許せん……シュリエルの情深い性を利用するなど、鬼畜の所業……、その上、この清らかな体にベタベタと触れやがって……」


クライヴ様が僕を抱き込みながら、低い声でぶつぶつと呟いていた。怖い。殺気が背中から伝わってきてゾクゾクしてしまうので辞めて?




ブリジット嬢の父親であるポップロディ男爵は非情なもので、なんと、その大怪我を含めて承諾したのだという。
ディルク殿下の名前とお顔は有名で、さらにその側近であるシリウス様もついている。信用するのに十分だったみたい。

もうシリウス様が廃嫡されることは決まっているらしいのだけど、それを知らない男爵は、ブリジット嬢をガジェ公爵家で養子にとるという甘言にまんまと乗っかってしまった。

そしてディルク殿下はブリジット嬢をクライヴ様の妃に推薦するとうそぶき、男爵はその生家としての利益を手にする夢を描いていたみたい。

これらは、僕の拉致が成功していたとしても実行されなかっただろう。
完全に彼らは使い捨ての駒だった。


そこまで聞くと、ブリジット嬢は上昇志向の強い父親に感化された可哀想な娘だと感じた。









鍛錬の後なかなか戻ってこない僕を心配したクライヴ様は、僕の魔力を探して魔力視を発動したところ、僕は転移魔術陣に乗せられて港町まで行っていた。

ディルク殿下たちはそこで船を待つ間に、元貴族の使っていた屋敷の地下に僕を閉じ込め、はずかしめようとした。

クライヴ様との婚約を破棄させるためにか。あるいは、行為そのものが目的だったかもしれない。

魔力封じの首輪も、拘束具も、その屋敷を見つけていたのも、おそらくはルルーガレスにいた時から計画していたのだ。
見事なまでの手際の良さだった。


もし、クライヴ様が僕の魔力を覚えていなければ、そして魔力視を持っていなければ、あんなに速く僕を見つけられなかっただろう。
そうしたら……うう。考えたくない。僕はハクをぎゅっと抱えて丸くなる。

媚薬だかなんだかの効果か知らないけれど、ぽやぽやとして熱っぽい。
それに顔も叩かれて腫れている。
少しずつ治してはいるけれど、ひんやり冷たいハクのボディがちょうど良いのだ。


「それで、ディルク王子と側近は、問答無用で、速攻お帰り頂きました。まあちょっとクライヴ様が暴れすぎてぼっこぼこになりましたが、ちゃんと帰れるくらいには治して……いたと思います。多分。
 シュリエル様の拉致監禁、強姦未遂、貴族令嬢の殺人未遂。国交の悪化や戦争も引き起こしかねない大罪人ですけど、腹立たしいことにまだ向こうでは王族と高位貴族なので、納得のいく罰を与えるよう、クラ……いえ、うちの陛下から圧力をかけてます。まぁ、当然ですよねぇ。うちの至宝の水の聖者を害したのですから。ええ。」

「大罪人。ですよね……もう、なんであんな……うっ」


僕はまた思い出して気持ち悪くなってしまった。
込み上げる吐き気は、手もとの桶に。スイちゃんたちが即座に綺麗にしてくれた。

クライヴ様は僕の背中を撫でながら、静かに、めちゃくちゃ、はちゃめちゃに怒っていた。
その目線の先は僕ではなく、顔を真っ青にした騎士達である。


ディルク殿下とシリウス様の滞在していた部屋にいた、騎士たちだ。

不審な動きがあれば即座に報告するように指示されていたのに、彼らが外出した際ものこのこと付いていき、やすやすと出し抜かれ、おろおろと慌てながら帰ってきたのだという。

彼らはまだ経験の浅い騎士たちで、外国の要人に言われるがままだった。ベテラン騎士たちはほとんど僕たちの婚姻式に向けて忙しかったみたい。

それを聞いたら怒るに怒れなかった。可哀想になってしまう。彼らにとっては身分的に逆らえないし、何か機嫌を損ねたら懲罰になるかもしれないのだ。


「クライヴ様。その。僕が口を出すことではないのですが……彼らは僕たちの事情で婚姻式に懸命になってくれていたので、懲罰は無いようにしていただけると……」

「……ああ、君はそういうだろうと思っていた。少しの減給と、辺境の魔窟で鍛え直すのが良かろう。どうも平和ボケしているようだからな。ああ、安心しろ。お前たちだけでなく、全員だ。さっさと退出しろ」

「ハッ!申し訳ありませんでした!!」


バタバタと、青白い顔の騎士さんたちがいなくなって、ジタリヤ様も気を遣ったのか、二人きりになってしんと静まる。


はぁ。明日は婚姻式なのに、こんな憂鬱な気分で迎えるなんて。
数日前は、あんなに浮かれていたのに。


「シュリエル……」

「クライヴ様。助けて頂いて、本当にありがとうございました。危うく、……うっ」

「良い。思い出すな。すまなかった。もっと警戒を怠らなければ……シュリエルが優しすぎることは分かっていたというのに」


また吐き戻す僕の背中を撫でてくれる、大きな手。
湿らせた手拭いで口元を拭ってくれる。
介護かな。

うっ、申し訳ない。王子様にこんなことをさせて。


「ごめんなさい。僕、水浴びを。クライヴ様、少しお待ちいただいても……」

「君の体はもう十分に綺麗になっている。なんせ俺が清めたんだ、それなら安心だろう?」

「それは、そうなのですが、なんだかまだ、」

「シュリエル。どんな卑劣なことをされたってシュリエルは綺麗で、愛しい存在であることは変わらない。いいか、後生だから、俺から離れようとするな。死んでも、国を滅ぼしても、追いかける。逃しはしない」


そういって僕をそっと抱きしめる。覆い被さってくるクライヴ様にされるがまま、丁寧に寝台に横たえられた。

するりと頬を撫でられると、クライヴ様のお指が濡れている。そこでようやく、僕は泣いているのに気付いた。


「はい、クライヴ様……っ、国は、滅ぼしちゃ、だめですよ」

「それなら、大人しく俺の横にいることだな。」


優しい優しいキスは、少し塩っぱかった。






しおりを挟む
感想 194

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...