【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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本編

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お疲れな様子のクライヴ様を癒して差し上げなくてはならない。そして、僕を妙に避ける態度の謎も解かなければ。

僕はクライヴ様をお部屋に連れ込むと、クライヴ様だけのために調合した薬草茶ーー少し苦めの、回復力を高めるものーーを淹れた。

クライヴ様が飲み終わる頃を見計らい、魔道具や湿らせた布巾を準備し、パンパンと太ももを差し出す。


「さぁ。クライヴ様。こちらへ」

「シュリエル……!?」

「この膝枕というものが良いと、ジタリヤ様から聞きました。女人と比べては硬いやもしれませんが、どうぞお使いください」


……ごくり。

クライヴ様の咽喉が上下し、おずおずと、膝枕に横になって頂けた。

うっすらと黒くなってしまった目元に布巾を当てる。湿った布巾の中身は僕の魔道具で、やや熱めの温度になる柔らかい板のようなものを仕込んでいる。

温まると布巾の水分が蒸気になって、目元の血行を良くしてくれるのだ。

それに加え、ほんの少し、『気のせい』と思うくらい軽く治癒を施す。
これなら反動もほとんどない。目を閉じている今ならきっと気付かないけれど、回復はするはずだ。

案の定、すぐに寝息が聞こえてきた。

黒い艶やかな髪を撫でて。
健康的に焼けた肌を撫でて。
いつも威圧感すら感じる美貌は、寝ていると少しあどけなくて、……可愛い。


「クライヴ様。……お慕い、しています。元気になって……」


起こさないようにそっと、口付けを贈った。








数十分後、ハッと目覚めたクライヴ様は、珍しく動揺したようにおろおろしていた。
目線が合わないし、前屈みで頬も赤く、何か……隠しておられる?

怪しいと思った僕は、クライヴ様が逃げられないよう、その両手を包み、胸に引き寄せる。
これでもう、僕の目を見るしかない。


「クライヴ様。何か、悩んでおられるのでしょう?僕では、お力になれませんか?頼りにならないでしょうか?僕は、全力で貴方様をお支えすると、婚約した時に誓ったのです。」


困惑に瞬き、俯きそうな金色の瞳。しっかりと見つめて、逸らすことは許さない。


「クライヴ様も以前、僕に仰って下さいました。次は僕の番です。どうか、少しだけでも、貴方を悩ませるものを取り除くお手伝いがしたいのです……」

「シュリエル……!すまない、君を不安にさせてしまって……」


クライヴ様はぐっ、と唸ったあと、僕を見つめて力なく目を伏せてしまった。
そこでピン!と察する。


「も、もしや……僕が、クライヴ様を悩ませて… …!?」

「違う!いや、ある意味そうだが、違うんだ、俺の弱さが原因で……!」


ぐっと額を抑えたクライヴ様は、はぁ、とため息を漏らし、観念したように話出した。


「このところ、『練習』をしているだろう。シュリエルは優秀で、……随分と解れてきたと、思う」


急にその話!?
思ってもみなかった角度から切りつけられ、固まった。


「ももを借りたり、向かい合わせで昇華していたが……もう、いよいよ、抑え切れなくなってしまっていて、困っている。どこにいても何をしていてもシュリエルのあられのない姿を思い浮かべては発情してしまいそうに……」

「わっ、わーっ!」


僕は頭が沸騰しそうになったのだが、クライヴ様の真剣で、憔悴したような様子に気付く。

本当に、お辛そうなのだ。
昏い瞳に浮かぶ、絶望。


「婚姻が一年後だなんて……!俺の性欲はシュリエル限定で高まってしまうようで、君の側にいると頭に靄がかかったように、ソレのことしか考えられなくなる。もしかすると気付いたら無意識のまま襲いかねない。自分で自分が恐ろしいんだ。
 しかしそれで距離をとって、君を不安にさせるなど本末転倒。だから赤裸々に話したが、……格好悪いだろう。こんな、俺は」

「そんな!そんな、まさか!大好きです、クライヴ様…っ!」


僕は火照った顔を自覚したまま、クライヴ様を抱き締めた。
なにこの、可愛い人。

僕を襲いかねない、なんて。そんな、婚姻まで、僕を大切にしようとしてくれて。
クライヴ様の誠実さに、胸が打たれる。


確かに処女性は重要視されてきた。しかしそれも、昔の話。

魔道具で、体内に残った他人の魔力の残渣を検知できるようになった今、重要視されるのは貞淑性。
だから、特に印なども現れない男の処女性を大事にしてくれるのは、ひとえに、僕を大事に扱ってくれているということ。

僕らより上の年代では、婚約中に関係を持つことははしたない、という意識があるから、もしそうなれば僕たちへ向けられる視線も変わってくる。そのことまで気にしてくれている。


「クライヴ様。挙式はともかく、婚姻だけ、早めましょう?我慢のしすぎはお体に良くありません」

「君は、それで、いいのか……?我慢の効かない男が夫でも?」

「愛しいです。クライヴ様。僕だって、その、最近は、早く一つになりたいと、思うようになりましたし……」

「っ、シュリエル!」


ガバッと力強く抱き締められる。く、苦しい。
苦しいけれど……僕も、力一杯、抱き締め返した。









僕とクライヴ様は、婚姻、つまり、書面上で夫婦となる日を早めることにした。それも、一週間後!

お披露目を伴う挙式は変わらず、卒業してすぐを予定している。そちらは、衣装やら招待状やら式場の用意やらで動かせないから。


本来挙式の日に婚姻届にサインをするのだけど、この婚姻に関しても記念になるように、ちょっとした儀式をすることにした。

挙式は王城にて、王妃様(といっても男性の方だ)主体で行われるので、婚姻式は教会で。

リュミクス神様に、ご紹介したい。この素敵な人が伴侶で、僕を大切にしてくださる方だと。

ルルーガレスの時に親代わりになっていた枢機卿も僕の考えを歓迎して下さった。
教会関係者だけのおごそかな婚姻式は今後、水の巫子や候補生の結婚では流行るかもしれない。

そんな訳で、急遽バタバタし始めた時のことだった。










朝、クライヴ様と登校していると、ジタリヤ様が駆け寄ってくる。そのお顔に、困惑と不快感をありありと浮かべて。


「クライヴ殿下。王城から遣いが……」

「何だと?」


コソコソと、ジタリヤ様がクライヴ様へ耳打ちする。んん、聞いてはよろしくない事、なのかな。


「ルルーガレ……おう……来……」


漏れ聞こえた単語が不穏だ。クライヴ様の表情も険しい。
その知らせのせいで、僕たちの浮かれ切った空気は霧散してしまった。


放課後、クライヴ様の部屋に集まって聞かされたことには。


なんと、回復したディルク殿下とシリウス様が、ラウラディア王城に向けて駆け足で来ているらしい。非公式の訪問で、各地に点在する転移魔術陣を用いて、もう、明日にはやってくるのだそう。


「なにを……今更」

「あの女の影響が抜けたか。そうなれば……シュリエルを取り戻そうとしている、としか考えられないな。全く、よく顔を出せるものだ」

「王城に閉じ込めてしまいましょうか。婚姻式を邪魔されてはボクだって我慢なりません」


王城に届いた前触れの手紙には、聖女と仰いでいたプリシラ嬢の影響で酷い仕打ちをしてしまった為、僕に謝罪したい、とあったらしい。

その使者の話では、ディルク殿下は痩せて後遺症は残っているものの、身体的には回復しているのだそう。そして、僕と再婚約出来なければ、王位継承権を剥奪され、王弟殿下のご子息が立太子することも。

……普通そこまで吐かないと思うけれど。その使者に何をしたかまでは聞かないことにした。


「シュリエル、君は学園に居るか?俺は会わせたくないからそれでも構わない。その代わり、ディルク殿とシリウスとやらは俺の好きにさせてもらうが」

「えっと。その……もしよろしければ、面会したいと思います。向こうも、僕に用があるみたいですから、学園に無理やり押しかけられてはたまりません。出来れば、クライヴ様とジタリヤ様にも同席して頂けると安心なのですが」

「分かった。そのように手配しよう。ジタリヤ」

「はいはい、わかりましたよ~」


そうして翌日。
僕たちは急遽学園を休み、王城の一室へと向かったのだった。







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