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本編
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しおりを挟む「ふう……」
少し行儀は悪いけれど、肘をついた手に顎を乗せて、ため息を吐く。
周りからも同じようにため息をつく声が聞こえた。皆んな、僕と同じように寝不足なのだろうか。
クライヴ様とたくさん触れ合った次の日は、基本的に寝不足である。
どうも、腰についている未熟な息子が昂って痛くて、悶々としてしまう。
放っておけば治ると知っているのに、頭に思い浮かぶのは、僕に覆い被さるクライヴ様のこと。
爛々と光る獣のような金眼が、普段冷静そのもののクライヴ様と違って、とても本能的で、とても、いい。
激しくなる口付けや、肌を這い回る器用な手なんかを思い出すと、全く、眠気なんて吹き飛んでしまうのだ。
ようやくとろとろと眠れたのが、空の白み始める頃、なんてのも、最近じゃ珍しく無い。
「シュリエル様。朝から危険物振り撒くのは勘弁して下さい」
「ジタリヤ様……?」
「シュリエル様のせいでは無いと分かってますけどねぇ……全く、あの男は」
今日はクライヴ様はご公務があるとかで休み。
ジタリヤ様は僕を守る!と意気込んでいるけれど、本来クライヴ様の側にいるべきなのだから大変申し訳ない。
しかし。そんな素晴らしいタイミングを、僕は逃すことはしない。
「そうだ、ジタリヤ様。放課後、時間はありますか?相談したいことが……」
「勿論大丈夫です。ああ、ええと、本当、ボクが刺されそう……」
何故だろう?
内容が内容なだけに、頬を赤らめてしまった僕を、隠すように上着をかけられてしまった。
待ちに待った放課後。僕の部屋でもジタリヤ様の部屋でもダメだと言う事で、勝手にクライヴ様のお部屋にお邪魔している。
持ち主がいないのにいいのかと聞けば、ジタリヤ様は側近として合鍵を持っているし、僕も婚約者だから問題ないらしい。
「それで、ご相談とは?」
「あっ、ええと、その、まずは以前お借りした本を……ありがとうございました。お返し、しますね」
愛用の鞄から丁寧に取り出して渡す。どれもこれも何回も読み尽くしてしまった。僕にはまだ早いと思っていた、過激な恋愛物語。
でも、クライヴ様と触れ合い始めて、そう遠く無く自分に降りかかる出来事なのだと認識し直した。
だから、その、顔が赤くなるのは仕方のないこと。
ジタリヤ様にお願いしなくては、前へ進めない。
「ちゃんと読みました?」
にやにやと笑うジタリヤ様に、僕は意識して真顔を作る。元・王太子妃を目指していた身だ。
頬は霧化した冷水で少し冷やせばいい。
「はい。とても面白かったです。新たな世界を開いたようで」
「うわっ、急に真顔にならないでくださいよ。なんですか」
「その、困ったことに、比喩表現が多くて、分かりづらかったことがありまして。もっと、具体的な行為を解説した本などがあれば、貸して頂けないかと」
「ふむ?ふむふむふむ?はぁ~なるほど……?」
「その、男同士で……する時に、絶対、何か準備が必要、ですよね?それから、必要な道具とか、後片付けとか……」
「何を話しているんだ?」
「ピャッ」
ぽん、と肩に置かれた手に、文字通り飛び上がる。せっかく付けた貴族の仮面があっという間に消し飛んだ。
何故こんな早くに、とか、こんな至近距離になるまで気付かなかったとか、考える余裕はなかった。
もしかして会話を聞かれていたのかもしれないと、みるみる顔を赤くした僕に、クライヴ様は訝しみ、ジタリヤ様を睨む。
ジタリヤ様は両手を振って、ぷるぷると顔と手を横へ振った。
「ち、違う違う!冤罪です!やましいことはないですから!しゅ、シュリエル様は相談があったようでして……!」
「相談?シュリエル、俺では乗れない相談なのか?ジタリヤの方が適任だと?」
クライヴ様の目つきが鋭い。すっぽりと腕の中に抱き込まれ、顔を逸らせない。
ヤバイ。怒ってる?そんな、クライヴ様を頼れない男と思ったことはないのに。
パタン、と扉の閉まる音がして、ジタリヤ様が逃げたのを知る。くうう、さすが側近、優秀な逃げ足だ。
僕は観念した。
「その……………………この先、どんな困難が待ち受けるのか、知らないままなのは、怖かったのです…………」
「困難とは?」
「く、クライヴ様との触れ合いで……っ、準備、と仰ったでしょう?」
疑問符に囲まれたような顔をするクライヴ様。
僕は、知っているのだ。
婚約したということは、婚姻すること。
そして、夫婦の生活があるということ。
つまり、『接合』するのだ。
ディルク殿下とプリシラ嬢がしていたように。
……あれは男女のものだったけれど。
男同士は、妊娠薬を飲まなければ子を孕まないけれど、『接合』は愛を確かめる行為。
それはジタリヤ様に借りた恋愛物語でも、そう描かれている。
僕とクライヴ様の体格から、恐らく僕は抱かれる側だろう。それはディルク殿下と婚約していた時から覚悟はしていた。
しかし、問題がある。男同士で接合するには、僕の体には穴が一つしかない。
そしてそこは出口であり、決して入り口ではないのだ。
そこを入り口たらしめるには、絶対に何かが必要なのだが、それについて言及した物語は無かった。
僕は困った。
まさか、クライヴ様に何かさせる?いやいや、そんな事出来るはずがない。不浄の場所だ。自分でなんとかしないと。下半身はあまりよく見て欲しくない、という事情もある。
それに、もしかしたらクライヴ様は抱く側だから、そっちの知識はないかもしれない。
だから恥を忍んでジタリヤ様に聞いたのだ。手慣れていそうな彼ならば、さらっと教えてくれるのでは、と思って。……失敗したけど。
「準備、とは、僕の身体の準備、ですよね?ならば、知識だけでも先に仕入れていたくて。」
「それも、俺がする予定だ。言っただろう、シュリエルの閨教育は俺がすると」
「で、ですが!」
「しかし、不安にさせたのなら悪かった。そうだな、今日は……そちらの準備を、進めていこうか」
クライヴ様は、慄く僕の顔を見て、ニヤリと笑った。
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