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本編
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(32話後半要約:15歳のクライヴはバルディカ族の男を全滅させ、その活躍が有名となって鬼神と呼ばれるようになった)
「……怖いか?俺が」
話終わった後、クライヴ様は伺うように僕を見た。一見無感情に見える金色の瞳を良く見つめると、悲哀。期待。諦め。複雑な瞳の色をしていた。
ゆっくりと首を横に振る。初対面こそ怖かったし、今も脈は速いけれど、怖い訳では無い。
今、唐突に理解した。
「貴方を王族と仰げる方々が羨ましい。クライヴ様だって怖かったでしょう?人を殺めるのは。それなのに、磨いた力を振るい、国民を守ったんです。国民は誇りに思っていることでしょう。僕も、貴方のような凛々しく気高い人が……」
はた、と黙る。いけない。クライヴ様と話していると、頭の回転が悪くなってしまう気がする。頭に浮かんだ言葉をそのまま話すだなんて。
「人が……?何だ?」
「な、何でもないです」
僕は火照る頬を自覚しつつ、目を逸らした。
『貴方のような方が、僕の婚約者だったら良かったのに』だなんて、言える訳がない。
そう思わず言いそうになる程、僕の中でディルク殿下を慕っていた記憶が薄れていた。
ディルク殿下を好きだったことは過去の事で、未だ心配はしているが、もう再び婚約したいなどとは微塵も思っていなかった。
どうかお元気でいて。……それだけ。
もしクライヴ様がラウラディアの第二王子でなく、ルルーガレスの王子だったら、僕を大事にしてくれていただろうか。
僕がもし、長年の婚約者だったとして、隣にいることに慣れてしまったとしても、プリシラ嬢の接触を許さず、夢見の力に惑わされなかっただろうか。
そんな『もし』は意味のない事だと分かっている。
今、クライヴ様は大事に大事に、絹に包むように優しくしてくれている。それが全て。
「僕には人を殺める覚悟が、まだ、ありません。手段はいくらでもありますが、……クライヴ様は、正しく、英雄です」
平民とて、冒険者であれば盗賊の討伐をすることもある。襲い掛かられれば返り討ちにしなければいけない場面もある。
僕は今は水の巫子だから、教会を敵に回したくない人は手を出さないけれど、ルルーガレスを出るのならその称号は無くなる。そうなれば、危険な目に遭う可能性もあるのだ。
「シュリエルが手を汚す必要はない。俺がいるからな」
「えっ……と……ここにいる間は、そうですね……有り難いです」
「……シュリエル。そろそろ、ルルーガレスに帰る必要がないと思い始めてきたんじゃないか?」
唐突な話題転換に、目を瞬く。クライヴ様のお顔は、なんだかとても嬉しそうだった。
「はい。それは、確かにそうです。卒業後の進路を考えると、こちらの方が断然良いので」
「では。……生涯、俺に守らせてくれないか?シュリエル。俺と結婚して欲しい」
はっ、と気付くと。
僕の真向かいにいたはずのクライヴ様は隣に居て、ぴったりと僕の腰を抱いていた。
その上、顎に熱い手のひらの感触。ぐいっと上を向かせられている。
「……っ、……っ!」
えっ、えっ?
はくはくと金魚のように何も言えなくなってしまった。
僕の顔を見て、クライヴ様はにやり、と悪い顔をして笑う。
「ようやく、言えた。ずっと言いたかったんだ、君に会った時から」
「良かったですねぇ、クライヴ殿下」
唐突にジタリヤ様がパチパチと拍手をし、その存在を思い出す。
とんでもなく密着しているのを離そうと、ぐいぐい押しているのに、クライヴ様の胸板はまるで鉄板のように厚くて動かない。
むしろそのむちむちと鍛えられた胸筋を手のひらいっぱいに感じ、恥いった僕はいよいよ縮こまるしかなかった。
クライヴ様の胸に閉じ込められた僕は、しかし、意外なほどとくとくと速い鼓動を聞いた。
クライヴ様も、緊張してらっしゃるのか。
この方と、僕が、結婚。
親友じゃなくて、伴侶。
僕を大事にしてくれるこの方が。
そう思うと、顔が火のついたように熱くなる。じんわりと、胸が温かいもので満たされていく。
嬉しい。
嬉しい!
ずっと一緒、なんて。
「……それで、返事は」
「は、はいっ!とても、とても嬉しいです……っ!でも、その、本当に、僕でよろしいのですか……?」
「シュリエルしかいらない。でなければ結婚などしない。……良かった」
「~っ」
クライヴ様に、ぎゅっと抱きしめられた。
こんなの。こんなのは、ディルク殿下にもされた事がない。
ひぇ、とかすかな声を上げて、僕は気を失っていた。
正式に婚約が結ばれた。将来的には、クライヴ様と共に国内を巡り、王太子殿下、つまり次期国王の耳となる役割を担う。
……手回しが速すぎないかな?昨日の今日、なのだけれど。さては準備されていたのだろう。クライヴ様、一体いつから?
僕は婚姻と共に、ルルーガレスを出てラウラディアの国民となる。
僕の実力は現在・過去を合わせたどの水の巫子より高いらしく、ラウラディアでは新たに『水の聖者』という称号が与えられることとなった。
留学期間の終了を待たずして結ばれた婚約に、ルルーガレスの一部の貴族から反発があったらしい。説明の為に、一度帰国して欲しいと要請があった。
ルルーガレスの水の巫子の、称号も返上しなくてはならない。もしかしたら国を売ったなんて言われるかもしれない。
例え石を投げられたとしても、もう僕は、ルルーガレスに『帰ろう』とはこれっぽっちも思えなかった。
なんてったって、ルルーガレスへ行くのに一ヶ月、往復なら二ヶ月かかる。
貴重な学生の時間を潰したくなくて、卒業してからクライヴ様と共に向かう予定とした。
すると今度は、ルルーガレス国王陛下直筆の手紙まで届いたのだった。
「……怖いか?俺が」
話終わった後、クライヴ様は伺うように僕を見た。一見無感情に見える金色の瞳を良く見つめると、悲哀。期待。諦め。複雑な瞳の色をしていた。
ゆっくりと首を横に振る。初対面こそ怖かったし、今も脈は速いけれど、怖い訳では無い。
今、唐突に理解した。
「貴方を王族と仰げる方々が羨ましい。クライヴ様だって怖かったでしょう?人を殺めるのは。それなのに、磨いた力を振るい、国民を守ったんです。国民は誇りに思っていることでしょう。僕も、貴方のような凛々しく気高い人が……」
はた、と黙る。いけない。クライヴ様と話していると、頭の回転が悪くなってしまう気がする。頭に浮かんだ言葉をそのまま話すだなんて。
「人が……?何だ?」
「な、何でもないです」
僕は火照る頬を自覚しつつ、目を逸らした。
『貴方のような方が、僕の婚約者だったら良かったのに』だなんて、言える訳がない。
そう思わず言いそうになる程、僕の中でディルク殿下を慕っていた記憶が薄れていた。
ディルク殿下を好きだったことは過去の事で、未だ心配はしているが、もう再び婚約したいなどとは微塵も思っていなかった。
どうかお元気でいて。……それだけ。
もしクライヴ様がラウラディアの第二王子でなく、ルルーガレスの王子だったら、僕を大事にしてくれていただろうか。
僕がもし、長年の婚約者だったとして、隣にいることに慣れてしまったとしても、プリシラ嬢の接触を許さず、夢見の力に惑わされなかっただろうか。
そんな『もし』は意味のない事だと分かっている。
今、クライヴ様は大事に大事に、絹に包むように優しくしてくれている。それが全て。
「僕には人を殺める覚悟が、まだ、ありません。手段はいくらでもありますが、……クライヴ様は、正しく、英雄です」
平民とて、冒険者であれば盗賊の討伐をすることもある。襲い掛かられれば返り討ちにしなければいけない場面もある。
僕は今は水の巫子だから、教会を敵に回したくない人は手を出さないけれど、ルルーガレスを出るのならその称号は無くなる。そうなれば、危険な目に遭う可能性もあるのだ。
「シュリエルが手を汚す必要はない。俺がいるからな」
「えっ……と……ここにいる間は、そうですね……有り難いです」
「……シュリエル。そろそろ、ルルーガレスに帰る必要がないと思い始めてきたんじゃないか?」
唐突な話題転換に、目を瞬く。クライヴ様のお顔は、なんだかとても嬉しそうだった。
「はい。それは、確かにそうです。卒業後の進路を考えると、こちらの方が断然良いので」
「では。……生涯、俺に守らせてくれないか?シュリエル。俺と結婚して欲しい」
はっ、と気付くと。
僕の真向かいにいたはずのクライヴ様は隣に居て、ぴったりと僕の腰を抱いていた。
その上、顎に熱い手のひらの感触。ぐいっと上を向かせられている。
「……っ、……っ!」
えっ、えっ?
はくはくと金魚のように何も言えなくなってしまった。
僕の顔を見て、クライヴ様はにやり、と悪い顔をして笑う。
「ようやく、言えた。ずっと言いたかったんだ、君に会った時から」
「良かったですねぇ、クライヴ殿下」
唐突にジタリヤ様がパチパチと拍手をし、その存在を思い出す。
とんでもなく密着しているのを離そうと、ぐいぐい押しているのに、クライヴ様の胸板はまるで鉄板のように厚くて動かない。
むしろそのむちむちと鍛えられた胸筋を手のひらいっぱいに感じ、恥いった僕はいよいよ縮こまるしかなかった。
クライヴ様の胸に閉じ込められた僕は、しかし、意外なほどとくとくと速い鼓動を聞いた。
クライヴ様も、緊張してらっしゃるのか。
この方と、僕が、結婚。
親友じゃなくて、伴侶。
僕を大事にしてくれるこの方が。
そう思うと、顔が火のついたように熱くなる。じんわりと、胸が温かいもので満たされていく。
嬉しい。
嬉しい!
ずっと一緒、なんて。
「……それで、返事は」
「は、はいっ!とても、とても嬉しいです……っ!でも、その、本当に、僕でよろしいのですか……?」
「シュリエルしかいらない。でなければ結婚などしない。……良かった」
「~っ」
クライヴ様に、ぎゅっと抱きしめられた。
こんなの。こんなのは、ディルク殿下にもされた事がない。
ひぇ、とかすかな声を上げて、僕は気を失っていた。
正式に婚約が結ばれた。将来的には、クライヴ様と共に国内を巡り、王太子殿下、つまり次期国王の耳となる役割を担う。
……手回しが速すぎないかな?昨日の今日、なのだけれど。さては準備されていたのだろう。クライヴ様、一体いつから?
僕は婚姻と共に、ルルーガレスを出てラウラディアの国民となる。
僕の実力は現在・過去を合わせたどの水の巫子より高いらしく、ラウラディアでは新たに『水の聖者』という称号が与えられることとなった。
留学期間の終了を待たずして結ばれた婚約に、ルルーガレスの一部の貴族から反発があったらしい。説明の為に、一度帰国して欲しいと要請があった。
ルルーガレスの水の巫子の、称号も返上しなくてはならない。もしかしたら国を売ったなんて言われるかもしれない。
例え石を投げられたとしても、もう僕は、ルルーガレスに『帰ろう』とはこれっぽっちも思えなかった。
なんてったって、ルルーガレスへ行くのに一ヶ月、往復なら二ヶ月かかる。
貴重な学生の時間を潰したくなくて、卒業してからクライヴ様と共に向かう予定とした。
すると今度は、ルルーガレス国王陛下直筆の手紙まで届いたのだった。
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