【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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本編

23 転入

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――――――在校生 視点


転校生がやってくるらしい。


隣国ルルーガレスの水の巫子であり、公爵令息だという。そして驚いたことに、あの『鬼神』クライヴ殿下が惚れ込んで連れ帰ったなんて言われている。

あの鬼神が惚れ込むなど想像も出来ないが、その情報だけで、まず普通の水の巫子ではないことは確定した。

確かルルーガレスには『至宝』と呼ばれる水の巫子がいたと聞いたけれど……まさかな。そんな国宝のような人間を易々と手放す訳がない。


と思って登校すれば。






ルルーガレス、手放しちゃったか……。


すぐに分かった。立ち姿、歩く姿、座る姿さえ気品よく美しいのだが、それよりなにより目を引くのがその美貌と、女神の寵愛を受けた聖銀の髪。

あれほど輝く神秘的な聖銀の髪は、初めて見た。


我先にと話しかけるクラスメイトに戸惑い、しかし好意と興味しかないと分かったのか、照れてほんのり頬を赤らめ、ぽつぽつと話し出した愛らしさと言ったら。鬼神が隣を陣取り睨み付けているのも気にならない程だ。


ルルーガレスとは言語が違うのに、流暢なラウラディア語を話しているのも、魔術技巧の高さも、頭の回転の良さも素晴らしい人だった。


何より、優しい。
優し過ぎる。


これまで鬼神の威圧にひれ伏していたこのクラスは、シュリエル様の優しさに包まれ中和されるようだった。

たった一日で、僕たちはシュリエル様の魅力に骨抜きにされてしまったのだった。











――――シュリエル 視点


学園生活は予想以上に暖かく迎えられた。これまで通り遠巻きにされると思っていたのだが、パンに群がる小鳥のように、ワッと話しかけられて戸惑ってしまった。

物珍しいから構ってくれるのだと分かっていても、嬉しかった。
友人が増えていくのは、胸がほかほかする。


驚くことに、クライヴ様は僕が水の巫子として働くのは週に一回だけで良いと言った。学園が週に5日で、二日ある休日のうちの一日だけ。
それも、三時間程度。
平日に薬草を育てたり、ポーションや魔術符を作る必要もない。
ディルク殿下の補佐のような仕事も、当然ながら、無い。








僕はソワソワしてしまうほどに自由だった。いざ時間ができると何だか落ち着かない。


「今までどんだけ酷使されてきたのですか……」


ジタリヤ様がドン引きしたように言い、今流行っているという恋愛物語を数冊寄越してくれた。
まだぽかぽかと暖かい陽気の中、木陰で読むなんてすごく贅沢なこと。

さわさわと風に髪を遊ばれながら、本を大事に受け取った。隣には張り付く様にしてクライヴ様が、僕の書いた『夢見の力』の手記の複製を読んでいる。


「落ち着く……」

「ボクは本より女の子とケーキでも食べる方が好きなんですけどね」

「ケーキ……」


女の子と、というのは内心動揺したが、それよりも気になったのは甘味の存在。
甘味があったら最高だろうなと思いを馳せた。

教会では清貧が美徳。神官が贅沢の権化である甘味を食べるなんて……と、厳密には禁止ではないのに周囲の目を気にして、食べたことが無かった。

思えば、僕の食事は栄養をどれだけ手早く摂るか、毒殺の危険を回避するか。あとは容姿を損なわないことを目的としたものだった。

これからは、その制限を緩くしても良いかもしれない。


「その、ジタリヤ様……甘味は、どこで購入出来ますか」

「!じゃあ今度の休みに、とっておきのところへ……」

「それは俺の役割だぞ、ジタリヤ。シュリエル、俺が案内しよう」

「す、少しくらいいいじゃないですか~!ボクだってこんな美人とデートしたい!」

「デート……」


デート。
僕には縁遠い言葉が出てきた。

それは確か、恋人同士がくっつき合うことを目的とした、二人きりの会合だったはず。

クライヴ様と?と考えると、胸と頬が熱くなってきた。


「おい、シュリエル。君はどれだけ隔離生活をしてきたんだ?免疫がなさ過ぎるだろう……心配過ぎて離れられないではないか」

「クライヴ殿下、そんな時のためにボクがいますよ!さあ!」

「お前は安心できない」

「ふふっ、だって今シュリエル様はフリーですからね!」

「捌かれたいか」


お二人の軽快なやり取りのお陰で笑いが止まらなくなってしまい、結局読書どころではなくなった僕は、読書は自室に帰ってからにすることにした。
















こちらの学園の寮は、恐らく『水の巫子』だからかわからないが、とても広い個室を与えられた。少し狭いくらいの方が僕は落ち着くのだけど、貰えるものは貰っておこう。せっかく用意してくれたのだしね。

予習と復習を長めに行ってもまだ寝るには早くて驚く。じゃ、じゃあ、身体の手入れをしようかな。


ハクが指揮をして、スイちゃん達は僕の身体を湯船に浸からせ、髪を丁寧に洗い、もみもみとマッサージを施す。
スライムのぷよぷよした触手はとても気持ちがいい。
いつもより時間をかけても、それももう終わってしまった。


魔道具作成もいいけれど、ここはジタリヤ様に貸してもらった本でも読もう。

ハクに淹れてもらった安眠を促す茶を飲みながら、優雅に本を開き、

瞬時に閉じた。


「なっ、なっ、こ、こっこここ」


お茶を吹き出さないで良かった。
急いでタイトルを見直す。『秘密の楽園~ブルーローズガーデン~』、うん、普通のタイトル、だよね?

冒頭から喘ぎ声が出てくるのだけれど。
普通、なの?これ?流行り?みんな、読んでるの?

……少し読み進めても、やっぱり自分にはまだ早いものだと感じ、顔を真っ赤に熱らせながらもう一回閉じた。

どうしよう、読まずにジタリヤ様に返却したら気を悪くしてしまうだろうか。







実は僕はまだ、閨教育を受けていない。

性教育、つまり、生殖に関する身体の構造などは習ったが、閨での作法や技巧などは婚家――つまり王家で行う予定だった。それも、男児であれば精通してから。


17歳になっても、僕のあれは精通していなかったのだ。


一般的に、遅くとも15歳までには精通し、魔力量の多い程、精通するのが早いと言われている。

例外として、聖銀の髪を持つ少年には時折、精通の遅れが見られる。
僕の友人も15歳の時だったかな、朝から騒がしかったような気がする。


だから一際輝く聖銀色を持つ僕は、まぁまだだろうな、とのほほんとして気にしていなかった。


けれどジタリヤ様の発言から、彼はもう結構、異性交友と言うか、進んでいると知った。今までそう言った話題をしてこなかった僕は驚いた。

まだまだ大人の庇護下かと思っていた同級生は、もう、大人の階段を登っていた。

急に何故だか焦りを感じる。もしかして、まだ精通していないのはおかしい?


ごくり、と喉を鳴らしながら、一度避けたその、艶本を手に取った。


もう僕に婚約者はいない。
ディルク殿下はいないし、王家に関係もない。従って閨教育をされる予定もない。

自分でそのあたりを学んでおかねば、困ることになるかもしれない。いや、そうに違いない。


そう、これは、勉強だ。


僕は、顔を真っ赤にしながら、時に手で顔を覆い、どきどきと胸を高鳴らせながら、その本を読んだ。

気付けば、朝になるまで。




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