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プリシラ嬢が入学してから3ヶ月が経って、念願の、ディルク様とのお茶会が開き直された。
僕は勢いよく向かったのだが、途中で失速する。
そこには当たり前のような顔をしたプリシラ嬢が座っていたから。
「ここって本当は王族しか入れないなんて、すっごい特別感ですよね!」
「ああ、今の生徒の中では私とシュリエルだけが使えるのだが、それでは勿体無い景色だろう。そう思わないか、シュリエル。……シュリエル?」
「……ええ……。」
僕の正面に、ディルク様。そして彼の隣に、プリシラ嬢がいた。
丸い卓なのに、わざわざ席をディルク様側に寄せているのがとても気になる。ディルク様も、不自然だと思わないのかな。
僕も今まで、ディルク様と手を伸ばせば届く距離にいたのに、正面では……少し、遠く感じる。
「どうして、シュガーパック男爵令嬢はそちら側に?」
「えっ、プリシラのことはプリシラと呼んで頂いていいですよ?」
「それで、どうしてシュガーパック男爵令嬢はそちらに座っていらっしゃるのですか?」
「もう……ここの方が、よりこの素晴らしい景色を眺められるからに決まってるじゃないですかぁ。ディルク様ぁ。シュリエル様、プリシラと仲良くしたくないみたい……どうしよう、プリシラ、もう帰った方が……」
「シュリエル」
ディルク王子は、僕を諌めるような目で見て、首をわずかに横に振る。
それは、『良くない』ことを示す合図。
はぁ……。彼女のことは、呼びたくない。その存在を認めたくなかった。
「プリシラ嬢。シュリエルをあまり責めないでやってくれ。彼は君と違って人見知りだから、ゆっくり親睦を深めていけばいい」
「そうなんですね!良かったぁ、プリシラ、シュリエル様と仲良くしたくって!ディルク様から聞きました!とても美味しい薬草茶を出してくれるって!今日はあるんですか?」
「!」
「シュリエル、いつものやつを出してくれないか?私とプリシラ嬢に。きっと気に入ってくれるはずだ」
僕の顔面は引き攣っていた。
それは。
それは、ディルク様のお疲れを癒すため、彼の好みに合わせてブレンドしたもの。
「その、聖女様。薬草の香がきついので、お気に召すかどうか……」
「えっ?でも、ディルク様が好きなら、プリシラ、飲んでみたいの!ダメかしら?」
プリシラ嬢は上目遣いで、覗き込むようにディルク様を見つめ、そっとそのお手に触れた!
振り払うと思ったのに、ディルク様はされるがまま、むしろ、ぼんやりとプリシラ嬢を見つめ返していた。
「……シュリエル。用意は、あるのだろう?」
「…………はい。お淹れ、致します」
そう言われては、渋々、淹れるしかなかった。
僕の、ディルク様のためだけの特別な薬草茶を、僕を脅かす存在である聖女に淹れる。
なんて滑稽なのだろう。
完璧な温度、時間、タイミングで淹れた薬草茶。
鼻腔をくすぐる香りからも、いつも通り、美味しく淹れられたと自負しながら、三人分を注ぎ終わる。
「わぁ~っ!ありがとうございます!シュリエル様!」
「いいえ……」
「ふむ。やはり美味い。身体から疲れが抜けるようで……どうだ?プリシラ嬢」
ずずっ。
プリシラ嬢は、まるで音など聞こえてないのか、盛大に啜りながら飲んだ。
そして、ほんの少し、絶妙な具合に眉を下げる。
「どうした?プリシラ嬢?」
「……ごめんなさい、シュリエルさま。プリシラには、ちょっと苦いみたいでぇ……というか、ディルク様、本当に、これ、美味しいと思ってるんですか?」
プリシラ嬢はそう言いながら、ディルク様のお手に、指を沿わせ、つんつんと、弄ぶように触れる。
そんな狼藉を、あろうことか、ディルク様は温かな眼差しで見つめているのだ。
「……プリシラ嬢。その言い方は、良くないだろう。シュリエルが、心を込めて作ってくれた……」
「ええっ?ディルク様、シュリエル様に遠慮されているんですか?王子様なのに?」
「違う。そうではなくて……」
「いくら健康に良くっても、美味しくないものはちゃんと素直に言わないと。シュリエル様だって、心からの感想が知りたいはずです。ね?ディルク様、ちゃんと言ったらいいんです。本当は、苦いって」
「……そうだ、な。本当は、苦い……」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
ディルク様は、言いにくそうなことを言ってしまったような、複雑な顔をしていて、それがまた、彼の真実の声なのだろうと思わせた。
「……申し訳、ありませんでした……」
僕は彼らの飲みかけのカップを片付けると共に、居た堪れなくなって、その場から逃げ出した。
後ろから、不安が、ひた、ひた、と追いかけてくるような気がした。
僕は勢いよく向かったのだが、途中で失速する。
そこには当たり前のような顔をしたプリシラ嬢が座っていたから。
「ここって本当は王族しか入れないなんて、すっごい特別感ですよね!」
「ああ、今の生徒の中では私とシュリエルだけが使えるのだが、それでは勿体無い景色だろう。そう思わないか、シュリエル。……シュリエル?」
「……ええ……。」
僕の正面に、ディルク様。そして彼の隣に、プリシラ嬢がいた。
丸い卓なのに、わざわざ席をディルク様側に寄せているのがとても気になる。ディルク様も、不自然だと思わないのかな。
僕も今まで、ディルク様と手を伸ばせば届く距離にいたのに、正面では……少し、遠く感じる。
「どうして、シュガーパック男爵令嬢はそちら側に?」
「えっ、プリシラのことはプリシラと呼んで頂いていいですよ?」
「それで、どうしてシュガーパック男爵令嬢はそちらに座っていらっしゃるのですか?」
「もう……ここの方が、よりこの素晴らしい景色を眺められるからに決まってるじゃないですかぁ。ディルク様ぁ。シュリエル様、プリシラと仲良くしたくないみたい……どうしよう、プリシラ、もう帰った方が……」
「シュリエル」
ディルク王子は、僕を諌めるような目で見て、首をわずかに横に振る。
それは、『良くない』ことを示す合図。
はぁ……。彼女のことは、呼びたくない。その存在を認めたくなかった。
「プリシラ嬢。シュリエルをあまり責めないでやってくれ。彼は君と違って人見知りだから、ゆっくり親睦を深めていけばいい」
「そうなんですね!良かったぁ、プリシラ、シュリエル様と仲良くしたくって!ディルク様から聞きました!とても美味しい薬草茶を出してくれるって!今日はあるんですか?」
「!」
「シュリエル、いつものやつを出してくれないか?私とプリシラ嬢に。きっと気に入ってくれるはずだ」
僕の顔面は引き攣っていた。
それは。
それは、ディルク様のお疲れを癒すため、彼の好みに合わせてブレンドしたもの。
「その、聖女様。薬草の香がきついので、お気に召すかどうか……」
「えっ?でも、ディルク様が好きなら、プリシラ、飲んでみたいの!ダメかしら?」
プリシラ嬢は上目遣いで、覗き込むようにディルク様を見つめ、そっとそのお手に触れた!
振り払うと思ったのに、ディルク様はされるがまま、むしろ、ぼんやりとプリシラ嬢を見つめ返していた。
「……シュリエル。用意は、あるのだろう?」
「…………はい。お淹れ、致します」
そう言われては、渋々、淹れるしかなかった。
僕の、ディルク様のためだけの特別な薬草茶を、僕を脅かす存在である聖女に淹れる。
なんて滑稽なのだろう。
完璧な温度、時間、タイミングで淹れた薬草茶。
鼻腔をくすぐる香りからも、いつも通り、美味しく淹れられたと自負しながら、三人分を注ぎ終わる。
「わぁ~っ!ありがとうございます!シュリエル様!」
「いいえ……」
「ふむ。やはり美味い。身体から疲れが抜けるようで……どうだ?プリシラ嬢」
ずずっ。
プリシラ嬢は、まるで音など聞こえてないのか、盛大に啜りながら飲んだ。
そして、ほんの少し、絶妙な具合に眉を下げる。
「どうした?プリシラ嬢?」
「……ごめんなさい、シュリエルさま。プリシラには、ちょっと苦いみたいでぇ……というか、ディルク様、本当に、これ、美味しいと思ってるんですか?」
プリシラ嬢はそう言いながら、ディルク様のお手に、指を沿わせ、つんつんと、弄ぶように触れる。
そんな狼藉を、あろうことか、ディルク様は温かな眼差しで見つめているのだ。
「……プリシラ嬢。その言い方は、良くないだろう。シュリエルが、心を込めて作ってくれた……」
「ええっ?ディルク様、シュリエル様に遠慮されているんですか?王子様なのに?」
「違う。そうではなくて……」
「いくら健康に良くっても、美味しくないものはちゃんと素直に言わないと。シュリエル様だって、心からの感想が知りたいはずです。ね?ディルク様、ちゃんと言ったらいいんです。本当は、苦いって」
「……そうだ、な。本当は、苦い……」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
ディルク様は、言いにくそうなことを言ってしまったような、複雑な顔をしていて、それがまた、彼の真実の声なのだろうと思わせた。
「……申し訳、ありませんでした……」
僕は彼らの飲みかけのカップを片付けると共に、居た堪れなくなって、その場から逃げ出した。
後ろから、不安が、ひた、ひた、と追いかけてくるような気がした。
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