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本編
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しおりを挟む「プリシラ・シュガーパックといいますっ!よろしくお願いします、王子様!」
桃色がかった金色の髪がふわふわと跳ねる。
空のような大きな瞳で王子だけを見つめる美少女が、慣れない様子で拙いカーテシーをした。
少女は花咲くように笑う。
その顔立ちはドールのように整っており、婚約者である王子をちらりと見上げた僕は、気付いてしまった。
王子が、一瞬少女の笑顔に見惚れてしまっていることを。
「無常だ……」
水面を見つめてぽつりと呟いた。
僕はシュリエル・エバンス、一応は公爵令息。
透き通った水面に映っているのは、青みがかった銀の髪と、深い水底と同じ色の瞳をした、根暗そうな男。
当然ながら、僕本人だった。
全体的に青色な僕は、表情の無さも相まって陰鬱な印象を与える。
あの、明るくて人懐こい彼女とは大違いだ。
僕は男だし、あの子は女の子。
僕は毎日体力作りをしているから、細いとはいえ筋肉はしっかり付いているし、背もそこそこある。
必然的に手足もひょろ長い。
髪は腰あたりまで伸びてサラサラと靡く。
手入れは大変だけれど、王子の婚約者なのだからと頑張っている。
一方、あの子は驚くくらいに小柄で華奢。
珍しい桃色のブロンドは肩につくくらいで、癖っ毛なのかふわふわとしている。
小動物みたいにぴょこぴょことした仕草は、元気さ、溌剌さを十分に伝えてくる。
「好きに……なってしまうの、かなぁ……」
水面に指を入れると、僕の指にぐるぐると水が絡み、遊ぶように跳ねて、ちゃぽんと落ちた。
水の精霊の悪戯だ。くすくすと笑う声だけがする。
ここには僕以外誰もいない。唯一僕のほっとする場所。だからこんなにジメジメうじうじと、愚痴を吐いてもいい。
こうなったのには、訳があった。
僕が物心ついた時には、既にディルク・アスタナ・ルルーガレス第一王子殿下の婚約者だった。
エバンスという公爵家から産まれたという。しかし僕にその記憶はない。
何故なら、この青みがかった銀髪――聖銀色――を持って産まれた瞬間、『水の巫子候補生』として教会に引き渡されるからだ。
このルルーガレス王国では、聖銀色の髪を持つ者は、貴族、平民、貧民でも関係なく教会に集められ、育てられる。
生まれつきの魔力量を増やす為に気の遠くなるような過酷な修行に耐えて、魔術技巧を磨く。
その国でたった一人である『水の巫子』になる為の修行。
歴代の水の巫子にも力の強さはまちまちだが、力の強い水の巫子は四肢の欠損すら治癒でき、呪われた呪具や土地を一瞬で浄化する。また、枯れた大地に恵みを与え、植物の成長を促進し、豊穣させることも出来る。
その多大な恩恵を国に引き留める為、王族と縁付けられる。
歴史を紐解けば、水の巫子と婚姻する王族、と言っても王弟だったり従兄弟だったり。つまり、政治に関わらない、継承権10位以内の王族と結ばれることが多い。
でも、僕に関しては事情が違った。
僕は生まれついての魔力量が高く、また純度の高い聖銀色を持っていた。同じ水の巫子候補生の中でも最も清らかな魔力を持っているために、一眼で分かる。
髪が違う。
つまり、月の光に透かすと光の粒を塗したように輝くのだ。
成長すれば水の巫子となるのは確実だった。
それに付け加えて、公爵家の血筋から産まれている。
男同士の婚姻は、高価な妊娠薬が必要ではあるけれど、男女の自然妊娠よりも確実に孕み、生まれる子は優秀なことが多い。
そういった数々の理由によって結ばれた婚約だった。
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